第28話 空中戦


 空中で待っていた俺の前に、ルナがやってきた。


「……ギリアム。なんでこんなところに……居るですか」

「え。いやだって、ルナはイカロスを持ってるんだから、そりゃあ空から来るだろうと思って」


 そんな驚きに満ちた顔をされてもな。

 こんなの誰でも予想するだろ? だから地上の警備は、主に領民の安全のための避難誘導が仕事だとセバスには言っておいた。といって地上からくる可能性も捨てきれなかった以上、そっちも手を抜いたりはできないけど。


「そんなこと……聞いてない」

「あれ? じゃあなに?」

「どうやって……、この高さまで昇って来れたの? と聞いてるです」


 お。良くぞ聞いてくれました。俺はニンマリと笑ってしまった。

 得意げに俺は、クルリその場で一回転。ルナに全身を見せつける。


「ほら、見てくれ!」


 帽子や腕輪、指輪など、5つの魔道具を順番に指さす。


「これぞ魔族たちの魔法知識を借りて作って貰った『5連飛行具』だ!」

「5連……飛行、具?」

「そう。この間の飛行魔道具5個を順番に使うアイデアは良いと思ったんだ、でもあれじゃ全然安定しなくて」


 まともに空中を飛び続けることすら難儀だった。


「だからこれを考えた。飛行魔道具を魔法的に連動させた新活用、バラバラに使うより安定感が増してるから、多少ならこれでおまえに対抗できるぞ?」


 ちなみに魔道具に詳しい魔族たちには「素人考えすぎる!」と怒られた。

 それでも無理を言い突貫でやって貰ったのは、イカロスを持つルナに少しでも対抗するためだ。


「性能の悪い飛行魔道具でも、大きな屋敷が建つほどの値がつくはず……です。それを5個買い取ったうえに、失敗したら壊れてパァになるような改造を?」

「おかげで最近貯めたお金がなくなった。また貯め直しだよ」

「バカなんですか? そんなことしなくとも、ボクが上空からくることを予想してたなら下に居るまま止める方法を考えることだって――」


 呆れたような、慌てたような顔で早口に喋るルナ。俺はそんな彼女に言葉を被せた。


「だっておまえ、死ぬつもりで地上にツッコんでく気満々だったんだろ?」

「――――」


 俺が言うとルナが固まった。

 早口も止まり、ゆっくりと細められたそのジト目でこちらを睨んでくる。俺は続けた。


「そんな勢いで落ちてこられたら、さすがに無事止めきれる自身もない。だからできれば、上空に居るうちにおまえを止めたいと思ったんだ」

「いくらでも……手段ならある。なんなら、地上から高火力の魔法で迎撃するだけで……事足りる、よね」


 なに言ってんだろう、この子は。

 俺は呆れ顔になってしまった。


「いや。無事に、ってのはおまえのことだぞ、ルナ?」

「え?」

「さっきも言っただろ、死なせないけどな、って」


 最初からこっちは言ってたと思うんだけどな。

 俺たちはルナの境遇をどうにかしたいと思っているんだ。


 なので当然、死なせたりもしない。助けて幸せを掴んでもらう。

 ミューゼア嬢がそう望み、ガリアードレもそう望む。なにより俺も、それを望んでいるんだ。魔物の森で初めて会ったときのルナ、あれが彼女の本当の顔だと俺は知っているから。


「とんだお節介……、甘ちゃんは嫌い、だよ」


 はい、お節介頂きました。

 俄然やる気が出てくるってもんだ。睨んでくるルナを前にしながらも、ついつい笑みが零れてくる。


「嫌いなら、どうするんだ?」

「思い知らせる……。考えが甘すぎた、って」

「はは。やってみせろ!」


 俺がそう言うが早いか、ルナが魔法弾を繰り出した。

 鈍い輝きを放つ魔法弾が飛んでくる。それは鋭く、速い。血が湧き立ってくるのを感じた。ああこれだ、これをもう一度見たかった。。


 ガリアードレの奴はこの魔法弾を「その程度」とか言っていたが、トンデモない。実に見事な攻撃だ。小柄なかわりに機敏なガリアードレだからこその言葉というだけで、普通に見たら、威力、弾速共に脅威でしかない。


 俺はあのとき、飛びながらルナが放つ魔法弾を見て思ってしまったのだ。


『こいつと空中で遣りあったら、どうなるんだろう?』


 ――と。


「ふんっ!」


 俺は背中から大剣を引き抜きざま、剣身の腹で魔法弾を弾き飛ばした。


「いい一撃だ、ルナ」

「剣で魔法を弾くなんて……。脳筋、嫌い」


 ご挨拶だ。思わず物申す。


「ガリアードレだって、あのデッカイ篭手で弾いたりしてたろ?」

「どっちも、脳筋」


 あ、舌打ちしたよこの子。いい性格してら。いーよ、いーよ。俺もわからせてやる。次は、こっちの番だ。


「5連飛行具、ゴー!」


 魔道具をブーストさせて、一気にルナへと距離を詰める。

 俺は大剣の腹で、そのまま彼女へと殴り掛かったのだった。


 ◇◆◇◆


 地上、町外れの入口。

 ガリアードレとセバスが、数十体を数える竜牙兵ドラゴントゥースウォリアー――スケルトンを迎え撃っていた。離れたところから、領民たちがその様子を眺めて二人を応援している。


「いけーガリアードレさま、骨なんか吹っ飛ばせ―!」

「セバスさまー、筋肉すごーい!」


 千切っては投げ、千切っては投げ。

 ガリアードレの巨大な鉄篭手が当たれば、盾ごとスケルトンは吹き飛ぶ。セバスの掌打を盾で受けたスケルトンは、盾の後ろで粉々になって骨クズとなっていく。


 攻め入る圧倒的な数のスケルトンを前にして、二人だけで防衛ラインを築いている二人だ。そしてまた、ガリアードレが拳を繰り出した。


「一打必滅なのじゃーっ!」


 ドッカーン、と盾ごと吹き飛んだスケルトンが、後方のスケルトンを巻き込んで粉々になっていく。


「ははは。さすがガリアードレさまです、拳の一撃と思いきや範囲への攻撃でありますか」

「ふふん、ちょっとチカラを入れすぎてしもうたようじゃ」

「では私も、少々チカラを入れてみましょう」


 そう言ったセバスが、フン、と地面に掌を押し付ける。すると前方に近づいてきていたスケルトンの群れが、突然崩れさった。


「ほほう、なんとも面妖。なにをしたのじゃ?」

「振動術と言います。地面から伝わった細かい波が、敵の身体にダメージを与えるのです」

「さすがあのギリアムを鍛えた男、というわけじゃなぁ」

「滅相もない。ギリアムさまは私が教えるまでもなく、天性にて全てを心得ておられましたから」


 自分は切っ掛けを作ったに過ぎません、とセバスは言った。

 そう、ギリアムさまは最初から強かった。

 ただその強さを持て余し、使う方向を見つけられていなかっただけ。


 セバスは一瞬、昔を思い出す。

 幼いギリアムがセルベール公爵領から戻り、真剣に「魔族との戦争に備えたい」と頼んできたあの日。自分勝手だったはずの彼が、黙々と剣を振り、魔物を狩り、ライゼルの畑を守るようになった始まりの日を。


「ライゼルを変えなくちゃ」と言い続けた彼は、領民の信頼を勝ち取り、町を変えた。

 あの成長があったからこそ、今、ギリアムはルナを救おうと戦っているのだ。


「なにをボーッとしておるのじゃ、セバス?」

「はは、ガリアードレさま。……少し昔を思い出してしまいまして」

「心ここに在らずの状態でも、身体はしっかり動いておるのじゃからのぅ。さすがギリアムが信頼を置く戦闘執事バトラーじゃわい」


 懐かしい記憶の旅を終えたセバスが、ふと空を見る。

 そこでは豆粒のようなギリアムとルナが高空で戦っていた。


「ガリアードレさま、気づいておられますか?」

「うむ。どうやらルナは、空から来たようじゃの」

「となれば、この中にはルナ嬢は居りませぬ」

「手加減をする必要もなし、ということか」


 ――え、あれで手加減してたのか!? と見物していた領民たちは、二人の会話に驚きの声を上げた。


「では私から。はぁぁ……! 震掌・波濤滅却!」

「なんのわしだって! 魔王拳・破天一撃!」


 セバスとガリアードレがそれぞれ大技を放つ。

 スケルトンたちは、その一撃で大方が吹き飛んだのだった。


 ◇◆◇◆


 俺が接近して大剣を振るう。

 ルナが光弾を放つ。

 どちらの攻撃も当たらない。


 ルナの空中での機動力は素晴らしかった。全く慣性を感じさせない鋭角な軌道はクイックで、美しさすら感じる。そうか、これがミューゼア嬢の言う「UR級」魔道具、『イカロス』の力なのか。


 対して俺の5連飛行具は、残念ながら動きが悪い。

 この道具をミューゼア嬢に見せたとき、彼女は驚きながら言った。「凄いモノだと思います。これはSSR級ですね、まさかギリアムさまが考案するアイテムだったなんて!」


 彼女が口にする言葉はイマイチわからないことも多いのだが、今、一つわかった。UR級、SSR級、という言葉は凄さの等級だ。そしてSSR級は、UR級に遠く及ばない。


「しつこい。いい加減、ボクに剣なんか当たらないと学習……するべき」

「それを言ったら、おまえの魔法弾だって俺に当たってない」

「こっちはいずれ当たるよ。時間の問題」

「こなくそっ!」


 俺の飛行軌道は、どうしても弧を描く。

 それでもどうにかルナに追いついて大剣を振れてるのは、こう言っちゃなんだが俺が飛行魔道具と身体を酷使しているからだ。急激な方向転換をすると、身体が引き千切れるかのように弧の外側へと引っ張られる。


 その点、ルナはどうなのだろう。

 あんな鋭角ターンをして、身体に負担はないのだろうか。答えは「負担なんかない」だ。

 観察すれば、それはすぐわかる。彼女の身体は、イカロスの魔法の力で守られている。そう言えば、森で空高くまで一緒に上ったとき、周囲からの風も感じなかった。保護されているのだ。苦しそうな表情も、引っ張られてブレる手足の動きも、ルナから微塵も感じられないのは、そういうことなのだろう。


 惚れ惚れする動きで、ルナは空中を舞う。

 ああ、楽しいぞ。今この瞬間が、俺は楽しくて仕方ない。


 ルナがガリアードレと戦っているときの動きを見て、俺は思ってしまったのだ。

 この子と空中で戦ってみたいな、と。


 ああ俺はロクでなしだ。

 ルナが地下室から逃げ出したとき、どこか心の中で喜んでいなかったか?


 これで本気のルナと戦える、と。

 あの子と空中戦をやれるんだ、と。


 本気のルナと、空中戦を楽しめるんだ。

 ――と。


 悪い癖だという自覚はある。だけど強そうな奴を見ると、我慢が利かない。どうしても、戦うことでの対話を望んでしまう。

 鋼黒竜ヴェガドと戦ったときも、そうだった。その昔、戦争でガリアードレと一騎打ちをしたときも、きっとそうだったのだろう。


 だが、その結果奴らとは分かり合えた。

 ルナ、暗殺者として心を閉ざしているおまえにも、もしかしたらこの方法なら俺の気持ちが伝わるかもしれない。俺がそう思うのは、驕りだろうか。


「なに、笑ってる……ですか」

「ルナ、おまえ強いな。凄いぞ」

「世辞です? ……ボクは自分の強さくらい把握してる。地上で戦ったらボクはおまえに為す術なく負ける程度だよ」

「でもここは空中だからな」


 俺は大剣を振り回しながら言った。笑みが零れてくるのは仕方ない。


「空を舞うおまえは、強くて綺麗だ」

「……なっ」


 ルナが狼狽える。俺が本心を言うだけで、彼女は狼狽える。

 そんなにも心はまだ少女なのに、暗殺者なんて業を背負わされて。


 俺は今、腹を立てている。セルベール家のやり方に。


「その強さ、誰かを守るために使ってみないか? きっと、今までとは違った物が見えてくるぞ」

「バカなことを……言うなです。ボクはセルベール家の奴隷、そして暗殺者なんだから。今さらそんなこと……!」

「そんなことはどうでもいい。これからおまえがどうしていくか、いきたいか、それだけが大事なんだ」


 思わず昔の自分を思い出す。

 俺は変われた。どうしていくか、どうしていきたいか、それを教えてくれたミューゼア嬢のお陰で。いや、死にたくなかっただけなのかもしれないけど、それでも俺は変われた。だからルナ、きっとおまえも。


「来いルナ、ライゼルの下へ! おまえのことは俺たちが守ってやる!」

「なんでおまえは、そんな楽しげな顔で……!」


 ルナが叫んだ。

 そして俺に向かって突っ込んでくる。これまでと違い、魔法弾を撃つでなくナイフを手にした直接攻撃で突っ込んでくる。


 接近戦を挑む。それは俺に対する戦闘方法として下策だ。

 だけどそれでも、彼女はそうせざるを得なかったのだ。感情の昂りに身を任せてしまうしかなかったのだ。なぜなら彼女はまだ少女だから。


 そして俺は大人だから、ズルい大人だから。

 ルナが見せたこの隙を、この場で逃したりはしない。彼女が突き出してきた腕を獲り、後ろに回って羽交い絞めにする。


「はっ、放すですっ!」

「無理。ここでおまえを放したら、もう二度と捕まえられなさそう」

「そんなに笑って! 楽しそうに! なんでおまえたちライゼルの奴らは、いつでも……!」

「おまえにだって、すぐわかる」

「ライゼルの笑顔、ズルいです! わかるわけないです! わかりたくもない……です!」


 ルナの声が一瞬震えた。

 いま彼女はどんな顔をしているのだろう。背後から羽交い絞めにしているから見えない。だけど、悲痛な顔をしていたことなんか想像に難くない。


 ああ俺は、絶対に彼女を救ってみせる。


「わからせてやるよ、俺が」

「ッッッ!」


 ルナは暴れるのをやめて、俺に羽交い絞めにされたまま急降下を始めた。

 凄い速度だが、風を切る感覚もない。ルナに引っ付いている俺も、『イカロス』の魔法で身を守られているんだろう。


 地面が見えてくる。

 下はライゼルの中央広場、みんな俺たちのことを見ていたのだろう。落ちてくる俺たちを見て、広場から逃げていく。


「放すですギリアム。このままだと、ボクと一緒に死ぬことに……なる」

「放さないぞ。言っただろ、これは俺が勝つ最大で最後のチャンスなんだ」

「わからずや……ですね!」


 地面が近づいてくる。近づいてくる。凄い勢いで、大地が接近してきた。


「じゃあ、一緒に死ぬです」

「ルナ! 死なせないって言ったろ!」


 俺はルナを抱えたまま、片手で大剣を握り。


大地を揺るがす一撃レビ・デアドス!」


 落ちる瞬間に、必殺技を放ったのだった。


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