第8話 地獄のキッチン!悪魔たちの料理大作戦

 昼過ぎ、買い物袋を両手に抱えてアパートに帰宅。

 俺の部屋には、地獄が訪れようとしていた。


「さあ、いよいよ料理タイムよっ!」


「リリム、張り切りすぎるとまた爆発するぞ」


「今度は大丈夫! 今回は、魔力を使わずに“完全・人間式クッキング”で挑戦するから!」


「それが逆に不安なんだが……」


 


 キッチンに集まったのは、リリム、カグラ、そして料理スキル皆無の俺の三人。

 ……というか、俺は元々関わる気なかったんだけど、何故かエプロンを渡された。


「男の料理ってやつを見せてくれるんでしょ? 悠人♡」


「誰が言い出したんだその設定」


「言い出しっぺはだいたい正解よ」


 


 キッチンに戦闘態勢が整い、最初にリリムが向かったのは、例の“白菜”。


「この子は、あたしが責任持って使う……! 穏やかな波動のまま、いい料理にしてあげるからね!」


「お前それ、もはや調理じゃなくて供養だぞ」


 


 一方カグラは、炊飯器と格闘中。


「この“炊く”という行為、実は奥が深い。水を注ぎ、蓋をし、スイッチ一つで“変質”する……これはもはや儀式」


「普通に炊飯って言ってくれ」


「ちなみに水の分量は“勘”よ」


「待て、それはまずい!」


「すでにスイッチ入れたけど?」


「なにぃぃぃぃ!?」


 


 それぞれが己の道を突き進む中、俺はフライパンで鶏肉を焼き始めた。

 やれやれ、結局まともな料理は俺担当かよ……。


 


◆ ◆ ◆


 


「悠人ー! 包丁って“斬撃魔法の媒体”だったの!?」


「違う! 食材を切る道具だ! 切るだけだ、飛ばすな!」


「えええ、飛ばないの!? それ斬撃として不完全じゃない!?」


 


「悠人、炊飯器が爆ぜた音しなかった?」


「なに!?」


「うそ。……冗談よ。すこし“多めに水を入れただけ”だから、何かに変わるかもね」


「なんにだよ!? 米に戻ってこいよ!」


 


 台所は、混沌そのもの。

 フライパンの中の鶏肉が唯一の安定要素だ。


 


「……よし。じゃあ俺は卵焼きでも作るか。せめて朝食っぽいものを……」


「卵! 私、昨日電子レンジで爆破した卵、リベンジする!」


「それ、フライパンでやれ。絶対に電子レンジ使うな」


「ラジャー!」


 


 ところがリリム、火加減の調整ができず、半生の卵をぐじゃっと潰して呆然。


「ぴえぇ……どうして……?」


「火が強すぎなんだよ。中火、中火」


「ちゅうび……ちゅうびとは、どの火力帯なの……?」


「……今日イチ難しい質問きたわ」


 


◆ ◆ ◆


 


 最終的に、テーブルに並んだのは──


・俺が焼いたチキンステーキ

・カグラが炊いた、謎の水っぽい粥みたいな米

・リリムが半分泣きながら焼いた、崩れたスクランブルエッグもどき

・サラダ(唯一スーパーで買った既製品)


 


「……まあ、見た目はアレだけどさ。なんだかんだで、よく頑張ったよ」


 リリムは箸を持ったまま、じーんとした顔で俺を見た。


「悠人ぉ……! やさしい……!」


「いや、それ言われても困る」


「ほら、冷める前に食べるわよ」


「……カグラの炊いた謎米だけは避けよう」


「え? 聞こえてるわよ?」


 


 そんなこんなで、地獄みたいな料理タイムは、なんだかんだで楽しい晩ごはんになった。


 


◆ ◆ ◆


 


 夜──。

 食後の片付けも終わり、3人でリビングにくつろいでいると、ふとリリムが呟いた。


「ねえ……さっきから、壁の向こう、ちょっと気配が強くない?」


「……ああ。たまに感じる。静かなのに、息を潜めてる感じが……不気味っていうより、重いんだよな」


「カグラ、どう思う?」


「……“堕ちた天の気配”が、微かに混ざってるわ。とても、深く、渇いたもの」


「……やっぱり、ただの人間じゃないんだな、隣のやつ」


 


 そのとき、隣の壁の向こうから、ひとつ、咳払いの音がした。

 そして、かすかに聞こえる、男の独り言。


 


「……料理の煙、またこっちに入ってきたぞ。はあ……相変わらず騒がしい連中だ……」


 


 それだけの言葉に、どこか滲んだ諦念と、かすかな怒気と、そしてなぜか──

 ほんの微かに、懐かしさのようなものが混ざっていた。


 


 ――この男。やっぱり、何かある。


 でも今は、まだそれを知るには早すぎる。


 


(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る