第6話 悪魔たち、平和な日常でやらかす

 昨日の神社騒動から一夜明けた朝。

 俺の部屋は、いつもどおり──いや、悪魔が二人になっていた分、カオス度が増していた。


「おい、なんでカグラが俺の部屋にいるんだよ……」


「ふっふっふ。私はね、今日から“観察”することにしたの」


「何をだよ!」


「リリムの社会適応能力。今後の魔界にとっても重要なデータだから」


「勝手に人間界を研究対象にするな……!」


 


 神社でこっぴどく怒られたくせに、なぜかカグラはしれっと俺のアパートに来て朝ごはんを食べている。

 しかも俺が作ったやつを、リリムより先に。


「この味噌汁、うす味で健康志向……好き」


「勝手に評価すんな」


「はい、あたしも! 悠人の料理、世界で一番好き!」


「お前は昨日、“なめらか魔プリン”が世界一って言ってただろ」


「それはスイーツ部門!」


「なんなんだよ、その部門分け……!」


 


◆ ◆ ◆


 


 その日の午後。

 カグラが「社会勉強だ」と言い出し、三人でショッピングモールへ。


「ふふふ、こういう“人間観察スポット”って最高ね」


「監視じゃなくて観察ね?」


「言い方の問題よ」


 


 リリムは目を輝かせながら、いちいち看板を指差しては俺に質問してくる。


「ねぇ、“クレープ”ってなに?」


「お前昨日も食ってたろ!」


「あれかぁーっ! あたしの中で“もっちり魔界スイーツ”って名前に変換されてた!」


「変換すんな、脳内で」


 


 一方、カグラはというと――


「悠人、あれ見て」


「え、なに?」


「“福引き”。当たったら豪華景品って書いてあるわ」


「そうだな、でもハズレばっかだぞ」


「私……見てるだけで“どれが当たりか”分かる気がする」


「え、なにそれチート?」


「いや、ただの悪魔的直感」


「信用ならねぇ!!」


 


 それでも「せっかくだから」と福引きに挑戦することに。

 回すのはもちろん、リリム。


「いくよー! 悪魔の運命力、見せてやるっ!」


 ガラガラガラ……


 ……コロン。


「……白」


「うん、ハズレだな。ティッシュだ」


「なんでぇええええええ!? あたし、悪魔だよ!? 不幸を招く側の存在だよ!?」


「いや、そういうのは“福”引かないからだよ……」


 


 一方、カグラは黙って回して――


「……金色?」


「うおっ!? まさかの1等!?」


 会場がざわめく中、彼女は景品の高級炊飯器を受け取った。


「……使い道ないけど、運は勝ったわね」


「ズルい! あたしもそれ欲しかった!!」


「でもリリム、炊飯器ってなにか知ってる?」


「えっ……“ごはんが自動で増える魔道具”じゃないの?」


「ちょっと惜しい。惜しいけど、だいぶズレてる」


 


◆ ◆ ◆


 


 その帰り道。

 駅前でリリムがうっかり立ち止まった拍子に、歩道で大道芸をしていた男性の帽子を踏み潰す。


「あっ、ご、ごめんなさ……ああああっ!?」


 帽子の中には、チップとして入れられていたお札が。


「お金をっ! 潰したっ! 人間のお金を潰しちゃったああああ!!」


「落ち着け、破れたわけじゃないから。むしろ、全部綺麗に平たくなってるから」


「平たくするのって、良いことなの!? ほら、あたし役に立ってる!?」


「……違う意味で、な」


 


 カグラは隣で、くすくすと笑っていた。


「ほんとにリリムって、空回りの天才よね」


「……うるさいっ。カグラだって、駅の券売機で5分間立ち往生してたじゃない!」


「あれは……罠だったのよ。ボタンが多すぎて、どこ押せばいいか分からなかっただけ」


「それを“罠”って言うなよ」


「だって魔界のゲートは“叫んで開く”し……」


「そもそもゲート式の交通機関が間違ってる……」


 


 ツッコミ疲れた俺は、ため息をつくしかなかった。

 でも、気づけば、二人の悪魔は小さなことで笑い合っていて、まるで“普通の女の子”みたいだった。


 


◆ ◆ ◆


 その夜。

 リリムはプリンを片手に、いつものように言った。


「今日も、すっごく楽しかった!」


「……そうかよ」


「カグラとも、なんかんだで楽しかったし。あの子、ツンケンしてるけど根は悪い子じゃないのかも」


「まあ……本気で潰し合うような感じじゃないよな、あいつとは」


「うん!」


 


 その時、隣の部屋から壁ドンされた。

 ……そうだ、まだ壁、吹き飛んだままだった。


「おい、マジでいい加減にしろよ!! いつ修理するんだ!!」


 怒鳴り声と同時に、なぜか部屋の空気が一瞬、ピリッと張り詰めた気がした。


「ひゃっ!? ご、ごめんなさーーいっ!!」


 リリムが慌てて廊下に飛び出していく。


 


 その隙に、カグラはちゃっかりプリンを一口奪っていた。


「ん。人間のプリンって、本当に奥が深いわね……。ところで、あの隣人」


「ん?」


「さっき、魔力の波動……一瞬だけ、変だった」


「は? ただのサラリーマンだろ、隣のやつ」


「そう、見えるだけならね。まぁ、気のせいかも」


 カグラは軽く肩をすくめた。

 けれど、その瞳には一瞬、探るような光が浮かんでいた。


 


 ――悪魔二人との日常は、想像以上に、疲れる。

 でも、案外……退屈はしない。


 


(つづく)


 

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