短編集てきなやつ

シノイロ。

嫌いな彼と僕の話。

雪の降る、真っ白なこの街に、

騒々しい叫び声が鳴り響く。

辺りは真っ赤に染まっていて、

僕は思わず、綺麗だと思ってしまった。


「う˝ぇ˝…っ」


同時に、吐き気が込み上げる。

視線の先には人間だったなにかと、

大量の血液が雪を溶かしていた。

周りはざわざわと騒がしいけれど、

僕の心臓は静かに鼓動する。

その鼓動は、どこか不規則で、

それでもなぜか落ち着きを覚える音だった。


降り頻る雪の寒さとは対照的に、

僕の体温は徐々に高騰していく。

顔が熱くなって、心臓が震えて、

僕の表情は感情と裏腹に口角が上がる。


「死んだ、死んだんだ…!」


僕はずっと彼に苦しめられてきた。


ざまぁみろ。


なんて、心の中では思ってしまった。

無論口には出さないけれど、

それでも僕は彼が嫌いだった。

居なくなってしまえば、

消えてしまえばどれだけ幸せだろうと。

そう考えることも日常茶飯事だった。


だから、僕は嬉しかったんだ。

やっとあの生活から解放される。

やっとあの苦しみから解放される。

もう僕を理不尽に責める奴は居ない。


「う˝…ぁ˝…。」


彼は、目の前で声にならない声を発する。

彼の顔は、ぐちゃぐちゃに焼き爛れていて、

もう身元がわからないほどだというのに。


「なんで、まだ喋れるんだよ…。」


もう彼の声なんて聞きたくない。


「た、すけ…て…。」


誰が助けるか、こんなやつ。

僕は彼の首を締め付ける。

あんなに醜かった彼が、

今はこんなにも美しく感じる。

そうして彼は息をしなくなった。

僕の手で、僕の憎しみを込めて、

彼はそのまま簡単に息絶えた。


こんなに簡単だったのか。

僕はその嬉しさに身震いする。

寒くて悴んだ手から力が抜けて、

手に持っていたナイフが滑り落ちた。


焼き爛れる前の彼の顔は、

嫌でも僕の脳裏に焼き付いている。

無駄に整っていて、外面が良くて、

毎日趣味の悪いサングラスをしている。

こんな寒くて天候も悪い日だというのに。

僕はサングラスを奪い取って、

地面に放り投げて踏み潰す。


その辺にあったブロック塀で、

更に彼の顔を潰して息を吐く。

白い息をふぅっと吐くと、

心にあった靄が晴れていくような気がした。


「これでいいだろ…!!」


掴んでいた首元から手を放す。

僕は彼の首にあったホクロの位置すら、

頭の中に焼き付いているんだ。


これも潰して、


「…あれ、?」


放した手元。

彼の首にはホクロがなかった。


なんで。


なんで、なんで、なんで、なんで。


どうして。


そこで僕は気付いたんだ。

目の前で悲惨な姿になった彼が、

僕の憎んでいた彼ではないことに。


「う、うぁ…、うぁぁぁあああ!!」


冷たく重い枷が、僕の手首に圧し掛かった。

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短編集てきなやつ シノイロ。 @Shinoir_o

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