第6話 勇者の戦い
ルードは、耐え難いほどの罪悪感に苦しんでいた。
仕方なかったこととはいえ、何の罪もない善良な女性たちを罠にかけた。
視線の先にいる女性二人。
もう一人の女性にオルナと呼ばれていた女性は、武器の心得があるらしく刀を抜いて周囲の男たちに向けている。
だが、片方の足はもう使い物にならないのか引きづっている。
もう一人の、アーテと呼ばれていた白い女性は。
両手を組み、地面に座って祈っていた。
神に、だろうか?
その姿はルードにとって、とても痛々しく映る。
「は、ははははははははははははははは!まさか、この女現状が見えてねえようだ!」
リーダー格の男が、笑い声を上げる。
客観的に見てそう可笑しいことではないだろう。
かたや荒事を何度も経験している男性が数十人。
かたや女性が二人。
加えて武装している一人は、腱を断たれて片足が潰されている。
彼女たちに残されたのは、このまま嬲られる未来だけ。
「おい、まさか本気か?武器を持っている割に、現状が見えないのか?この如何しようもない戦力差を」
「……っ、逃げて、お姉さんたち」
「うるせえ、ルード!」
ルードは、お頭と呼ばれている男に殴られる。
その痛みが、ルードを冷静にさせた。
――そうだ、今さら、俺が何を言っているんだ。
自分が、この二人を死地以上の場所へと追いやったのだ。
今さら反省しても遅い。
「すぅ」
オルナは刀を地面に下げ、片足で跳ぶ。
とーん、とーん、とーん。
「なあ、嬢ちゃん、抵抗は止めようぜ?無駄に痛い思いをするだけだ」
一人、近づいてくる。
武器として鉄製の鈍器を持っているが、それを持つ手は下がっている。
空いている片方の手で、下卑た視線でオルナへと手を伸ばす。
ルードはこれから映る光景を想像して、ぎゅ、っと固く目を瞑った。
「なあ」
「——まず一人」
鈴の音と、優雅に舞う血飛沫。
周囲の視線が舞った血液に釘付けになる。
「……え?」
ルードが想像していた光景とは、まるで立場が違った。
どうして、男の首が落ちているんだ?
驚きに、思考が停止する。
眼もくれず、オルナは斬り捨てた男を蹴って、後ろへと跳躍。
「な……!?」
銃を持った男が、目の前に現れたオルナを見て驚きから正気に返る。
咄嗟にオルナに向かって銃を構える。
だが、その時にはオルナは男の首に刀をかけていた。
斬る。ばん。
「ぐ、ふ」
男の首が飛ぶ。
そしてオルナも吹き飛ぶ。
オルナは受け身すら取れず地面に転がる。
どれだけ待っても、彼女は動かない。
「…………」
「…………」
沈黙が、その場を支配した。
誰もが、開いた口が塞がらないといった様子だ。
「お、おねえ、ちゃん……」
ルードは茫然と一人呟く。
彼女は、あんなに強かったのに。
もしかしたら、全員に勝ってしまうのではないか、とさえ思ったのに。
あっけなく、死んでしまった。
「う、ぅぅ……」
なぜか、涙が止まらない。
嗚咽が漏れる。
止めようと思っても、止まらない。
このままではお頭に殴られてしまう。
それだけはいやだ。
そう、思っているのにルードの体から悲しみは止まることはなかった。
でも、いつまでたってもお頭から拳が飛んでくる気配は無かった。
「オルナ様……」
アーテが、呟く。
オルナの死体に目を向けていて、彼女も多大なショックを受けているようだ。
「私、は。また……」
だがショックを受けていても、アーテの組んだ手が解かれることはなかった。
「——また貴女を死なせてしまった」
「——気に病まないで、アーテ」
その言葉に、その動きに誰もが目を見開く。
「おいおい、マジかよ……これは夢か……?」
お頭がルードを殴らなかった理由。
それは単純だった。
目の前で起こっている事象に、釘付けになっていたからだ。
「勇者ってのは、こういうものだろう?」
両の足で、ゆっくりと立ち上がる。
刀を軽快な動作で拾い上げ、血を振って落とす。
「蘇った……?」
表現として、端的に表すのならばそうだろう。
まるで、傷が無かったかのように巻き戻る。
それは死さえも乗り越えて巻き戻っている。
「化け物……」
「化け物とは心外だな」
生き返ったオルナは、理解できない事象に畏怖しているお頭に目を向けて笑う。
自嘲的に。
だが、その目は冷酷に満ち満ちていた。
「俺には、君たちの方が化け物に見えるよ」
「~っ、殺せ!」
お頭の命令で、周囲を囲んでいた男たちが戸惑いながらも一斉に飛び出す。
オルナは周囲を一瞥。
「両足があれば、君たち程度」
銃を持っていた男を殺した時とは、比べ物にならないほどの速度で駆ける。
強烈な踏み込み。
袈裟薙ぎ。
人体など、果物と同じであると謳うように分かつ。
「ひっ」
圧倒する様を見て、男たちが狼狽えた様子を見せる。
それは致命的なまでの隙であった。
恐怖を見せた者から、瓦解していく。
斬り殺し、殴り殺し、蹴り殺す。
圧倒的なまでの武が、男たちを圧倒していく。
「ふぅ」
オルナが、軽く息を吐いた。
軽い準備運動を終えたとでもいうべきように。
鮮やかな赤髪に、血は見惚れてしまうほど芸術的なまでな美しさを持っていた。
そして、緩慢に視線をルードへと移す。
「——近づくな、化け物!」
ルードは、オルナの戦いを注視していた。
それが故に、それを頭に当てられるまで気付かなかったのだ。
お頭が、ルードを盾にするかのように。
いや、人質にするように銃をルードの頭に突き立てていた。
恐らく、部下が持っていた銃を取ってきたのだろう。
「少しでも動けば、こいつを殺す!」
ルードは、興奮から一転、恐怖に支配される。
反射的に、体は助けを求めるために視線を彷徨わせる。
「……ぁ」
オルナが、こちらを見ていた。
ルードは自分が助からないだろうと思った。
だってそうだろう?
どれだけのことを、彼女たちにしたと思っている。
それを忘れて、オルナに助けを求めるなど通るはずがない。
「はぁ……」
オルナは、重いため息を吐く。
お頭は彼女一挙手一投足にびくり、と反応している。
「それで、俺が止まるとでも?」
刀を逆手に持ち、振り上げる。
「動くなと言ったはずだ!こいつが死んでもいいのか!?」
「…………」
お頭の言葉にオルナは反応することはなかった。
肩幅いっぱいに、足を広げる。
弓を引き絞るように、上体を逸らす。
「っふ!」
投。
「なっ」
目の前を高速で迫る刀。
お頭は引き金を引く――のではなかった。
「ひ」
しゃがんだのだ。
まるで子供が恐怖から逃れるように。
「そうすると思ったよ、人は皆、命が一番大事だからね」
いつの間にかに来ていたオルナが、お頭の腹を蹴る。
「ぐぼっ!?」
お頭は吹き飛んで、壁に激突する。
ちょうどオルナが投げた刀が突き刺さった場所だ。
オルナは刀を引き抜いて、お頭に振り上げる。
無情なまでに。
「じゃあね」
「ま、待——」
鈴。
お頭の首が落ちる。
カラン、というお頭が身に着けていた装飾品の音がする。
「ぅえ?」
ルードは、その場に座り込んだ。
意味も分からずに。
「俺、助かった、の?」
「うん、どうやらそのようだ。運が良かったね少年」
いつの間にかに目の前に立っているオルナが、笑顔で俺に手を差し伸べる。
烈火のような赤に、ルードは自身の犯した罪すら忘れ見惚れていた。
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