リサイクルゾンビ~殺してはいけないゾンビの使い方~


 ゾンビの群れによるパンデミックの収束から、あっという間に三年が経っていた……。


 みんながあくせく働いて、現状をなんとかしようと一心不乱に行動した結果――世界は以前と同じような、平凡な生活を取り戻している。

 取り戻したけれど、そこには当然、以前とは違う変化があった。


 失ったものもある。


 同時に、得たものもあったわけで――



 町を歩くゾンビ。ただし、そのゾンビたちに脅威はない。

 備わっていた鋭利な歯は削られ、丸くなり、噛むための顎の力もなくなっている。


 顎だけじゃなくて、筋力も。一人一人のゾンビから、あらゆる筋力の大半を奪い、今では子供以下の力しか振るえなくなっている(暴力を振るうゾンビも数を減らしていた……そういう教育が施されているからだ)。


 襲ってくるゾンビは、じゃれてきているだけだけど……やっぱり、多少はマシになっても、ビジュアルによる嫌悪感はまだ拭えない。慣れだとは思うんだけどね……。


 プロによるメイク、徹底した消臭と香水のおかげで、以前のようなゾンビらしい姿ではなくなったし、鼻が曲がりそうな腐臭もなくなっている……。顔色が悪くて体温がないことを除けば、遠目から見れば普通の人間と変わらないとも言えた。


 だからこそ、ゾンビに任せることができる仕事が、企業の間で流行したとも言えた。


 ……ゾンビにしかできないことだった。



愛花あいか、あたしの新作が完成したから……あとよろしく」


「師匠? よろしくってどう――ちょっ、師匠!? 徹夜続きだからって説明もなしに寝ないでくださいよーっ!!」



 力尽きたように……それこそ、呻いて、ゾンビのように作業をしていた師匠は、ソファの上に倒れ、一瞬で眠りについてしまった……。

 限界だったのだろうから、無理やり起こすのはやめておこう。どうせ叩き起こしたところで、満足に指示が出せるとは思えないし……。


 わたしの師匠はデザイナーだ。

 主に服を作っている……、師匠の名前を出せば必ず買い手が名乗り出すくらいには有名だ。


 ただ、わたしみたいなちんちくりん(……誰がちんちくりんだ!)には着こなせない、ハイレベルな服ばかりなので、完成したそれをわたしが着ても、服の魅力を充分には引き出せない……わたしが足を引っ張ってしまっている……。


 実際、服もスタイルが良い人用に作られており、当然、高身長だ。わたしの身長ではパンツの裾が余ってしまうので、裾を踏んづけて転んでしまうことは必至――。


 完成した服を見せるためには、モデルを用意しないといけないのだけど……服が人を選ぶ。選択肢もかなり狭まっているから……探すのは楽だけど、反面、仕事の依頼をするための交渉は難しくなる。相手にも都合はあるからね。――上手くスケジュールを組めればいいけれど。


 ひとまず、モデルについては複数人にメールで依頼をしておいて……、その間に広告を打っておかないとね。SNSで宣伝するのと同時に、町中でも目につくように……。

 こういう時、無力となったゾンビは便利だ。


「……はぁ。とりあえず、予約を入れておかないとね……。人目につくルートを徘徊する個体は、すぐに埋まっちゃうし……、酷い時は半年待ちだってあるんだから早めに行動しておかないと――えっと、この服は……サイズは大きめ、だから……」


 スマホで、事務所の近場を縄張りとしているゾンビを検索する。


 ゾンビの顔、体型が一覧となって表示された。思ったよりも多くのゾンビがいるようだ……まあ都内で人通りも多い町だから、徘徊するゾンビも多いよね。


 画面をスクロールして見るけど、なかなか、合いそうなゾンビは見つからない。


「師匠め……っ、着こなしづらい服ばっかり作って……! 似合うゾンビを見つけるこっちの身にもなってよもう……っ」


 違う、違う、惜しい、違う――と選別していると……、一人、見つけた。


 顔も整っていて、スタイルも良い美人さんだ。


 ゾンビになっているのがもったないと感じる、モデル向きの大人の女性――、彼女を選択すると、ちょうど良く、予約が入っていない状態だった。

 もしかしたら、たまたま更新したタイミングでわたしが見つけられたのかもしれない……ラッキー。


 これで師匠にお小言を言われることもない。


「……よし、この人にしよう……えーっと、お名前は……冴島さえじま藍佳あいかさん……、わたしと同じ名前……。いや、いいんだけどさ」


 探せば他にもいるだろうし、名前が同じだからって、キャンセルするのはもったいない。


 それに、彼女に悪い……、彼女の実力とは別のところで選考から落とすのは……、彼女ではなくわたしのミスだ。わたしのミスで彼女の仕事を奪ってはいけない。


「同じ『あいか』同士、仲良くできたらいいんだけど……」


 ゾンビと意思疎通はできない。……できるのかもしれないけど、犬や猫と同じ感覚だと思う。伝わったと思っても、思っているのはこっちだけかもしれない――。

 逆に、伝わっていないと思っていても、伝わっているのかもしれない……。

 でも、すれ違いは、意思疎通ができているとは言えるのかな?


 そんなことを考えながらも、わたしは彼女を指名した。




「このあたりを徘徊していると思うんだけど……あ、いたいた――冴島藍佳さん」


 写真で見た通りのゾンビだった。当然だけど……、新しい破損もない、メイクも落ちていないし、腐臭もない……徹底的にゾンビらしさを消したゾンビである。


 もちろん、噛まれても、噛まれなくとも、感染はしない。

 もうパンデミックは起こらないのだ。


 ゾンビのウイルスは、今はもう、作られたワクチンによって脅威ではなくなっている。

 ゾンビの恐ろしいところは、腕力やしぶとさは当然ながら、それよりもその感染力だろう。あっという間にゾンビが増えた一時期の感染力を考えれば、脅威は力ではなかった――

 だけどその感染力も、科学の結晶、ワクチンによって無意味となった。感染力を解決してしまえば、あとはどうとでもなる……、科学力でゾンビを押さえ込むのは、難しくはなかった。


 感染力もなく、子供以下の力しか持たないゾンビは、脅威ではない。


 脅威ではないとなると、ゾンビを処理することは、無抵抗な人間を処理するのと同じなのではないか? 見た目が人と同じだから尚更、罪悪感がある……。


 だから、ワクチンが作られた当時に活動していたゾンビは、今はこうして、町を徘徊している……、国民で保護をしている形だった。


 ……中には、脅威がなくなってもゾンビを嫌う層は一定層いるけど……、色々と、思想が対立していて、ややこしい問題が浮上してきているのも厄介よね。


 ゾンビの取り扱いに関して、人々が対立してしまっている……、なんだかバカみたい。


 せっかく、パンデミックが収まったのに……。


 新しいパンデミックは、内側から起こるのかな?


「こっちだよ、うん、わたしが手を引くから……はーい、更衣室へご案なーい」


 のろのろとゾンビらしく歩く(だってゾンビだもん)冴島さんの手を掴んで引っ張る。


 近くの更衣室――電話ボックスと同程度の大きさの、カーテンがついた個室だ――に一緒に入って、師匠の服に着替えさせる。


 師匠の服を、彼女が着て徘徊することで、宣伝になる……これが新時代の、怖くもなんともないゾンビの使い方だ。


「わぁ……っ、冴島さんって、やっぱりすっごくスタイルが良いね……、服がよく似合う。傷口も綺麗に縫合されてるし、メイクで腐敗も気にならないくらいになってるし……。体が冷たいのと、生気が感じられないことを除けば、生きている美人さんって感じ――って、こんなことを言うのは酷だよね」


 表情は変わらないはずだけど、わたしの目には、少し唇を尖らせたように見えた。


 ……気のせいだろうけど。


「あっ、嫌? ごめんね。でも、冴島さんを予約したのはわたしだから……、師匠の新作、着てもらうからね。大丈夫、いつも通りのルートを徘徊してくれればいいから……ポーズを取れとか、お客さんに愛想良くしろとか言わないからさ……服だけを見せてくれればいいの。動く肉付きがいいマネキンなんだから――よろしくね」


 着替えを終え、更衣室から出る。すると、偶然、通りかかったOLの女性が、「わあ」と声を上げて冴島さんを見ていた。宣伝の効果は絶大だった……早速、買い手がつきそうだ。


 ……でも、似合い過ぎているからこそ、購買意欲が生まれても引け目で手が伸びないのではないか……宣伝が逆効果になったりして……。


 ま、その時は別のアプローチをすればいっか。


 わたしの名前を冴島さんの管理者として登録して……あとは彼女の背中を押して、決まったルートを徘徊させる。

 このルートはわたしが決めたわけじゃなくて、冴島さんが元々徘徊していたルートだ。

 ……生前、強い想いがあったからこそ、ゾンビになっても徘徊しているのかもしれない……誰かを待って?


 それとも、誰かを追いかけて?


「――さてと、これで広告として機能はするだろうけど……、あっ、やっばっ、QRコードのタグをぶら下げるの忘れてた! あれがないと気に入ってくれたお客さんを確保できない――!!」


 既に遠くへ進んでしまっていた冴島さんを追いかける。


「待って待って、冴島さ――」


 そこで違和感に気が付いた。


 ……ルートから外れている?



 ――ルートから外れているけど、絶対にない可能性ではない。


 ゾンビの習性を利用しているだけで、決まったルート、ってわけではないのだ。わたしたちは彼女たちゾンビが、なぜか決まった道をぐるぐると回っていることを利用し、広告として利用しているだけで……、だからルートから外れるゾンビがいたっておかしくはない。


 まさか、そんな外れを引くなんて……っっ。


「んっ!?!?」


 しかも、冴島さんはルートを外れた上で、歩く道の先は――道路である。

 交通量が多い、車もかなりの速度で飛ばしている、危険な場所だ。


 たとえゾンビでも。


 破損は免れない。


「ダメッ、そっちは道路――」


 冴島さんが車道に出る。

 甲高いクラクションが連続する。


 冴島さんは撥ねられ…………なかった。


 タイヤが地面に擦る音が響き、赤いスポーツカーが、冴島さんの目の前で停まった。



「――――…………冴島、さ――」



「うぉおいッッ!! 危ねえだろうがッッ!!」



「あう、す、すみません!! ……あれ? でも、なんで彼女が道路に……?」


 車道に出た冴島さんが、スポーツカーのボンネットに手をつけようとしたら、運転席の男性が「――触んなッ」と怒声を上げた。


 冴島さんは、声に反応したのか、寸前で手を引っ込める。


「おいおい、てめえのゾンビだろうが!! サービス利用中は、飼い主はアンタになるんだよッ、死なねえゾンビが事故に遭おうがどうでもいいかもしれねえが、こっちは車体が傷つくんだ、その責任をアンタが取ってくれるんだろうな!?」


 修理代が必要だとしたら……スポーツカーなら高額だよね!?


 む、無理っ、わたしには払えない! 師匠に言えばなんとかしてくれると思うけど……、ただ師匠の場合、揉めることも多いんだよね……。


 そういう暴走を止めてくれ、とも、師匠の師匠からお願いされているから……できれば師匠を頼りたくはない。


 なのでここは謝る――ひたすら!


 謝るのは得意だ。


「す、すみませんっ! 彼女に言って――聞くのかは分かりませんけど、厳しく言い聞かせておきますので!!」


「……チッ、ったく、気を付けろ。ゾンビだらけを良しとしてんのは徘徊するルートが決まってるからって前提を忘れるなよ……、自由に動き出したら、たとえウイルスがなくても脅威になるんだからな――。……なんで政府は殺処分をしねえのかねえ……生きにくい世の中になったもんだ」


「…………」


 殺処分。

 そう言われると、やはり反対したくなる。


 いくらゾンビでも……無抵抗な相手を殺処分するのは……人道に反する。


 ゾンビの胸の内までは、さすがに分からないから――。



 スポーツカーが去った後、歩道に連れ戻した冴島さんの手をしっかりと握る。

 今度は勝手にルートを変えないように見張っておかないと……。


 幸い、師匠が目を覚ますまでは少しのまとまった時間がある。

 決まったルートをちゃんと歩くようになるまでは、彼女についていてあげよう。


「ふう……乱暴で、おかしな人でしたね。でも、気を付けてくださいよ、冴島さん。轢かれても、あなたの体は大丈夫でも、師匠の服は傷つくんですから……って、言っても分からないですよね――」


 すると、冴島さんの手が上がった。

 なにかを求めるように、手を伸ばす――なにを求めてる?


「ぁ、ぁが、ぁあ」


「冴島さん?」


「ぁぁ、うぁ、ぁあぃがぁああッ」


 ゾンビ特有の呻き声……。パンデミックの日を思い出してしまう声だ……、トラウマがフラッシュバックしそうになるが、強く頬を叩いて、なんとか誤魔化す――。

 聞き慣れた呻き声でも発生源は冴島さんだ……、師匠の服を着た人に、悪い人はいない……はず。


 悪いのは作った師匠だけだ。


「……冴島さん? どうしてあの車を追って…………もしかして――」


 ゾンビが動く理由。実際のところは分からないけど、専門家はこう答えを出した……生前の記憶が残っていて、それが体を動かしているのだと……だったら。


 冴島さんが気になっているのは、スポーツカー……? それとも、あの男の人……?


「あの男の人、もしかして生前の冴島さんの……お知り合いなんですか……?」



「ぁぁ、うぁ、ぁあぃがぁああッ」

※(――弘人ひろと、私はここにいる、いかないで……置いていかないで!!)



 必死に声を上げようとしている。

 でも、言葉や、正確な意思までは分からない。


「冴島さん、今のあなたはゾンビなんですから……もう、人間の頃のようには戻れません」


「ぁ、ぁが、ぁあ、ぁ、ぁが、ぁあ!?」

※(私を見捨てるの!? 弘人は――もう私に飽きちゃったのっ!?)


「今、ゾンビの生き方は、徘徊する広告塔です。…………、なまじ生前の記憶があると、徘徊させるのは、罪には釣り合わない罰ですよね……」


 罪なんてないようなものなのに。


 ゾンビであることは、被害だ――彼女は被害者なのだ。


 なのに、罰を受けている……。


「たとえ、ゾンビとして多くの人を齧ってきたとしても」


 ――襲ったのだったとしても。


「生かされて、徘徊させられて……、ルートを外れることも、意思を出すこともできないなんて……、これならワクチンが生まれる前のパンデミック時代に、殺されていた方がマシだったのかもしれませんね――」


「ぃがぁああ……ぁが、ぁあ、ぁ」

※(弘人……お願い……もう……っ、殺して、よ……っ)


「冴島さん、戻りますよ。大幅にルートから外れてしまっていますから……こっちです」


 冴島さんの手を引く。


 彼女は抵抗なく、わたしについてきてくれた。


「あなたは死ねません。というか、もう死んでいるので……どうしたって死ねないんです。焼いてしまえば、殺せるそうですが……。やっぱり、国民全員が納得する理由を公表しなければいけないので……たぶん無理だと思いますよ?」


 元のルート上に戻ってきた。


 彼女の背中を押しても歩き始める様子がなかったので、途中まではわたしが前で先導することにする。

 彼女の両手を取って、顔を見ながら引っ張る――まるで泳ぎを教えるために水の中で引っ張ってあげているような感覚だ。


「このまま広告塔として生きることが正解ではないとは思いますけどね……、殺処分する不正解を出さないことを意識している上の人からすれば、これ以上の進展は期待できそうにありません……、だから冴島さん、諦めてください。

 無心で歩いてください。あなたの姿を見て商品を買おうと思ってくれる人がいるかもしれませんから――これは、あなたにしかできないことなんです」


 他の誰でもない、冴島さんにしかできないことだ――。


 だってこの服は、スタイルが良いあなたにしか似合いませんから。



「ゾンビになってもまだ美しい、あなたにしかできないことですよ、冴島さん」




 … おわり

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