ギグ・マーガの星に捧ぐ唄

改易庇護之介

第一部 序章 シルバー幼少期

◆序章1 『銀の十字架は地に堕ちる』

 俺の足元に広がる風景は、村すべて。


 場所は教会の尖塔せんとう、辺境でいちばん高い場所――その十字架の上に、俺は立っていた。


 夜空をく月明かりを背に――腰まで伸びた、銀色の長い髪が、冷たい風にふわりと流れる。

 全身を黒い服で覆い、両手には糸繰いとくり専用の赤い手袋。


 ――シルバー・ヴィンセント――


 それが俺の名、人呼んで『銀月ぎんげつより舞い降りし光柱こうちゅう


 空はみ、月は静かにっている。

 それはあまりにも静かで、逆に――不気味さすら感じられる。


 だが、この静けさを、俺は好んでいた。


 誰にも届かない場所。誰にも触れられない高さ。

 この場所こそ、俺にとっての『領域ステージ


 地上で、叫び声が上がる。


「来るなッ……本当にやるぞ! こいつの首、切り裂いてやるからなぁっ!」


 刃を突きつけられた娘の叫び声。


 涙で視界を曇らせ、声も出せずに宙を見上げたまま。

 助けを求める意志はあるのに、その言葉は喉を通らない。


 刃を握る男の声はふるえ、怒鳴るたびに焦燥しょうそうにじんでいる。


 ――臆病者おくびょうものの悲鳴。


 吠えることでしか存在を保てない、獣のそれ。

 俺は、静かに目を閉じた。心に走るのは怒りではない。


 ただ、これが世界の現実かという冷たい感覚だけ。


 この世界は理不尽だ。

 叫ぶ者が勝ち、黙る者が飲み込まれる。


 だがせめて――この夜だけは、この美しさが正義であってほしい。


 月の光をすくうように、右手を掲げた。

 指先から、細い光の線が伸びていく。


 銀糸ぎんし


 母が遺した糸繰りの妙技みょうぎ

 この技を俺は、誰よりも美しく使うと決めた。


 十字架の上で、俺は静かに両腕を開く。

 これが貴様の十字架だ、名も無き強盗よ。

 銀糸が、夜の空間に一閃いっせんを走らせる。


 ――スパァン!


 闇夜を駆ける俺の銀糸。

 その銀糸により今頃、強盗の右腕は夜空を静かに舞っているはず。


 その暗闇を裂くように、銀髪をなびかせて、ふわりと俺が舞い降りる。

 さぞや幻想的な光景に映ることに違いない。




 そして人質の娘の胸もきっと、ドキンドキンと高鳴り恋が始まるに違いない。




 俺は静かに片腕を広げ、銀月を背に立つ。



「我が名は、シルバー・ヴィンセント。

 銀の光柱――今こそ、舞い降りる刻ッ」ギイイイイイイ


 その時、俺の足元がふっと沈むような感覚、そして眼前の大地が起き上がる。


「ん?」


 視線を下げる。ふと気づくと十字架の根元が、見事にスパッと断たれている。

 その切断面には、細くきらめく俺の放った筈の銀の糸が残っていた。


「……まさか今の一閃――俺、自分の足元を断罪だんざい……?」


 夜風が俺の髪を、静かに吹き抜けていく。

 そして十字架が、そのまま風に招かれる様にゆっくりと傾いていく。


 成程、大地が起き上がっているのではない、俺が足元ごと傾いているという訳だな……俺は背筋を伸ばし、深呼吸をしながら、銀糸を巻き戻した。


「――銀の審判しんぱんは、天より地へと落ちる。

 ならば俺もまた、軌跡きせきを刻むまで……ちるとしよう」


 銀髪ぎんぱつひるがえる。月が背を照らす。

 傾きを強めた十字架は、ついに完全に浮いた。


「……ギグ・マーガの星よ。お前が選ぶのは、いつだって痛いほうだ」


 風が下から吹き上げ、空が反転する。


「落下さえも演出に変える星――いいだろう。受けてやる」


 景色が流れ、重力が加速していく。


「……だが、できれば言ってほしかった。事前に……いいいぃぃぃぃい!」



 ド ガ ア ア ア ア ン!!



 教会前の石畳に、俺のシルエット通りの穴が開いた。


 ……沈黙。


「……死んだ?」

「え、うそ……今の、人?」


 人質の娘と、残った強盗が共に恐怖の表情のまま揃って、後ずさっていく。


 ――ちなみに、強盗には普通に両腕がついている。

 銀糸はどうやら強盗の腕ではなく、俺の足元の十字架だけを「断罪」したという事か。


 穴の底。血まみれの身体で、俺は星を見上げた。


 死なない。けれど、痛い。

 ただ生き残るだけの運命に、星が笑っている気がした。


 でも――

「……死んでない、か」


 そう。俺は死なない。少なくとも、この星を得た今は。



『ギグ・マーガの星』



 理不尽を背負い、理不尽に耐え続ける。

 傷つき、砕かれ、笑いながら立ち上がる、それがこの星の宿命。


「フッ……アハハハハッ、ハハハハハハ!」


 笑うしかなかった。

 完璧な演出のはずが、自分で十字架切って落ちるとか、酷い話だ。


 あ、いかん少し俺泣きそう。脇腹めっちゃ痛い。

 そのとき、頭上を駆ける二つの影。


「ルーシェ!? 王女!?」


 扉より早く、怒りのメイスが飛んだ。

 強盗の顔面にクリーンヒット。



 叩き込んだのは、村いちばんの正義の人。

 ――俺の幼馴染、ルーシェ・カランディール。



 肩で遊ぶ明るい茶髪と、蜂蜜色はちみついろの瞳が印象的な世話焼き系美人。

 胸当て代わりの革エプロン越しには豊かな曲線がのぞき、そこに医療ポーチと鉄製メイスを同居させた矛盾の塊だ。

 見た目の柔らかさに反して、振り下ろす一撃は獣並みに重い。暴力系ツッコミの化身である。


 ちなみに胸がデカい。正に俺のライバルである(混乱)



 続いて俺の国、マクガイアの王女。

 ――ラスティーナ・マクガイアが滑り込む。



 月光をすくう紅のロングヘアを小さなティアラで束ね、

 細身のドレスに外套がいとう羽織はおった、まさに『気品と可憐の化身』

 身長は高くないが、姿勢は剣士のそれ。


 紅色の瞳が敵の動きを正確に捉え、短剣のを関節へ寸分違わず叩き込む動きは、王族らしからぬ実戦派の証。


 ちなみに彼女に胸の話をすると、獣に変貌へんぼうする(恐怖)


「これ以上の暴挙ぼうきょは、国家法により許しません」


 犯罪者の頭に、容赦ようしゃなく鉄製の鈍器どんきを投げつける幼馴染。

 王族なのに最前線へ突撃とつげきし、関節をブチ折る王女。


 ……うん、流石だ。


 強盗は白目を剥いて沈黙し、人質の娘は放心状態。


 俺は、血まみれのまま穴から這い出る。

 服はボロボロ。顔は土まみれ。それでも――


「……俺は、まだ立てる」


 全身から白い蒸気が立ち上る。


 骨が音を立てて繋がり、裂けた皮膚が再び張り、互いが互いを求めるように繋がっていく。筋肉が整い、呼吸が戻る。涙は濁流、痛みは有頂天。


 そんな俺の異様な姿に、娘が一歩、後ずさる。

 フッ……違う意味でドキンドキンか。


 約束された恋は未だ始まらず、か……泣くぞ俺。


 血に染まり、笑う男が、蒸気に包まれて起き上がる姿。

 それは、もはや人ではなかった。


「これが、俺の……星か」


 ギグ・マーガの星。

 世界で最も理不尽で、最も痛い祝福。


 だが、それこそが――俺という存在。


「銀糸、巻いて」


 ルーシェが袖を引いた。震える手。

 怒りか、呆れか、それとも……心配か。


「いやー、見事な初舞台だったろ?」


「二度とすんな」


 メイスが脇腹に刺さる。痛い。でも、治る。


「シルバー様……そんな自分の身を顧みず、自らおとりになるなんて」


 月明りの下、頬をそっと赤く染める、ラスティーナ王女。

 その優しげで不安げな瞳が、俺の視線を捉えて離さない。


 というか囮とか……何言ってるんだ、この子。


 とりあえず、気を取り直し、俺は十字架の残骸ざんがいを見下ろし、銀糸を巻き取っていく。


 さて。

 なぜ、こんなことになったのか。


 ――語るとしよう。

『ギグ・マーガの星』を得た、あの日から始まる、すべてを。


 これは、俺の物語。

 運命うんめいに抗い、災厄さいやくを笑い飛ばす銀の星。


 幕は、今――開いたばかりだ。









あとがき


ここまで読んで下さってありがとうございます。

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