久々に、久々の
「腫れ、引いてきたな」
「えっ」
宿泊室の布団に寝転がり始めたのは今日で三日前となる。
体調は一日経つとマシになったんだそうで基本的に宿泊室でゆっくりしていた。
「本当ですね、結構小さくなってる」
見た当初と比較すると痛みが此方に移ってこないくらいの優しさになっていた。
「といっても復帰できるのは最速でも明日か…」
「最速って…。そりゃ今日はまだキツイでしょう?」
サンさんは外していた足を胡座かき直しなんだかゴネた声を出している。
そうして明日の話を出されると今日はやることが無いことを再認したり。
ここまで続くと思わなかったぬいぐるみの件もなんとか一旦片し、つまりちゃんと召使さんにぬいぐるみを作らせたのだ。
作らせたという言い方は腹心地悪いが、つまりスカートを履いた男性の方と女性の召使さんに作り方を渡しただけなのだ。
私は様子を見るだけで、出来たのは、自前の器用さなんだから私より綺麗なぬいぐるみだった。
一人は狐、一人は兎。あ、獣人とは別に動物がいるのでマスコットとして見るのも違和感は少ないそう。
後はエラン様と間接的にやり取りをして今後も件が続くかな〜、な具合。
「そうだ、この後に朝ご飯を食べたらユイダが来るかな」
「ああ、了解です」
ユイダさんも様子を見に来て自身の知識を駆使してくれる。…奥さんは、ああ見えて抜けてるらしかった。
ここまでが今朝の話。
…どうやら、ユイダさんの言うところ、明日からセンジとの修行が解禁になるらしい。
まさかサンさんの言う通り明日だとは…センジ様の俺様横暴も復活かな。
「……無理はしないでくださいね」
隣にはいるが暗闇で寝姿しか見えないサンさんに一匙の不安を投げた。
朝の諸々を振り払う為とびっきり目を閉じた。ここからは今日の話だ。
「おはよう…、違った」
「良い日を」
良い日を…かなり久々に聞いた。此処での挨拶だ。
朝食中のセンジ様が言うにはこのシチューを食べ終わったら大体昼前から稽古となるようだ。
だからユイダさんが丁重に腫れや残った傷を確認する。
「もう痛みがないんだよね」
「そうだな」
「ま、危なかったら直ぐに止めること」
…そんな忠告を最後に、いい
「私?ベランダですかね、見ときます」
「了解。僕も近くで見てるから、頼りないけど心配しないで」
「全然頼りになります!」
というかセンジ様ともサンさんともこの人は一体何年来なのだ…ここで聞かないのが琳菜クオリティ。
全員が階段を下りるのを暫し見届けて、突き当たりで風を受けてみる。
下では両者の睨み合いの時を締め、矢が苛烈に飛んでセンジ様も負けじと間合いに入る。
…正直戦闘はよくわからないので緻密に語れるわけでなく長引いているのだけ分かる、とでも言っておこ。
それでもサンさんの矢の消費が激しいな、と思っていたら、思っていた内に段々といつの間にかセンジを囲み出す。
避けようと踏み出した先も足、たまに矢やしゃがんだ腕で塞ぎ、その戸惑いの隙にセンジ様の直ぐ側で矢を突きつけた。
ちらりとセンジが私を見てから、召使い達も駆け寄っていた。
誰も場を去って砂しか見れないベランダを離れて階段を走る。
「…お、異世界人。帰る準備をしろ、俺が負けた」
「俺様が勝った」
「えっ!見てましたけど!勝ちですか!」
かなり性急になってるな、纏める物…持って帰る物…あれ、思ったより無いな。これじゃあ米の抜け殻を盗めてしまう。
部屋に戻ってもピンと来る忘れ物が無く再度荷物を見下す。
「えっと…一応まとめられたんですけど荷物…あっという間ですね、こんなあっちゅー間ですか?」
「あ?『あ』がどうした?」
「えっと、お別れの際にはセンジ様のお嫁さんにも謝っといてください」
「アイツまた籠もったぞ」
「…ところで、いつここを出れば良い?」
「飯はもっかい食ったらどうだ」
ホールに仁王立ちするセンジ様を横目に自身のお腹の減り具合をヒソヒソ探る。
「えっと…それじゃあ戴きます」
「ところでセンジ様。人の顔をどうこう言う癖はやはり直した方が宜しいかと」
「忘れとったわ、んな話」
「はあ、本当にあの生活終わったんですね。なんだか贅沢でした」
どことない祝い気分で食べた上品なパスタ、の在処の腹を撫でる。
「楽しめたのならよかったんじゃないか」
「いや、もうちょっと、トキメキが私には足りない…」
トロッコが待つ地下へと
さっきと違う地は慣れないし、慣れない位なら一番よくいたあの家にいたい。
そんな想いを持ったら、此方に来るトロッコが光に見えた。
「眠くないか?」
「大丈夫です、疲れてたらサンも寝ていいですから」
響くタイヤの音や鈍い線路の声に目を伏せる。
大体対岸が見えてきて、バッグを膝の上に乗せた。
ホテルじゃなくて屋敷だから殆ど揃っててバッグで済む…便利だな、あそこ。
「サンは寝なくて大丈夫だったんですか?」
「横になってること多かったからな」
席を立ち上がって常に前の様子を見ながら駅を抜け始める。
…久々の街並み。まだまだ前の世界と比べれば少ないが思い出を振り返ると感慨深さが溢れる。
この調子で前世界にも戻れ…!ないか…
長閑な…長閑な、人並み…、あれ?
あの獣人はこちらに近づいてるよね?兎の獣人がね?
「ぁれあれあれ〜?異世界の子!」
「…カンザト」
そうだ、カンザトって名前。この私でもなんとなく覚えていた。
思い出せない方を想定して言うと、お店で私が異世界から来た者だと見破られた兎の獣人さんである。
この説明で済むくらい関わりがないのでよく分からなくても気にしないで欲しい。
「ねえねえ、この前会ったときちょっと失礼だったかしら!初対面の、それも異世界の子に話す内容じゃなかったっていうか〜」
「全然!大丈夫ですよ!」
案外それを考えられる人だったか…。うん、いや、衝撃的ではあったが。
「何を話したんだ…まったく」
「オホホホホホホ!あんたの嫌味かしら!」
ええ、聞かされましたよこちとら。
「貴方といえば…可愛らしい縫い物をしていたそうね?サンから聞いたわ!」
「えっそうなんですか?……あっ」
そういえば極々前…よりは後、サンさんがぬいぐるみの件をこの子に話していたのを人伝に察してた。
「確かに話したな俺様」
「あれに関しては今後どうか出す予定もちょっとあるのでもし良かったら待っててください」
「ふ~ん!気になるけど…それよりかは、様子からして同居生活は順調かしら」
「悪くない、…いや良い方だな」
サンさんがこれまでを振り返る間の仕草を眺める。
「何ていうか…正直私ならそんな生活考えられないわ。恋愛とその他の愛の区別が付かないような獣人だからね」
「……区別、か」
愛なんてのは大層なものだが…、いや待て。この機会によく考えるべきか?
不馴れにも総ての愛を並べ比べ、なぞりっ…
うん、うむ、今することじゃないな。
「んん〜?貴方達もついてないってこと?その姿」
「そうかもしれないな」
「そもそも、こういう話題は同居してるからこそ気まずいものですよ」
「フ〜ン…え、どういう話題なの?」
…私が勝手に自分達による愛の話題と曲解した節があるのかな。
私とサンさんの間に愛とはあるのだろうか、果たして。
愛とは違って慣れた明快な道を進み、珍しく郵便箱をスルーした。
通る間際に魔術相談所を長く眺め、ふわっとあらゆる人の顔が浮かぶ。
思考の海を弄る先に、視線が家に囲まれていた。
「こういう時はとびらとめに仕掛けられた魔術が作用する。この、」
閉まった扉の前で取り出したのは玩具ぐらいのレバー。
勿論捻る後、スイッチを押されたかのようにそのまま扉を開ける。
「へ〜。使えるじゃないですか。普段使いしないんですか?」
「普段使いとなると持ち歩かなきゃいけないからな、大事な物だし誰か家にいるなら必要ないかと」
なんだか、よく考え詰めれば不便のありそうな物だが正味考えるの面倒くさい。
「家に誰にもいない時に使う訳だ。」
「家に誰もいない?お邪魔してるんだけどなあ」
何気ない空白に偲んだ者に即座にレスを与える。
「女狐です!!!!!」
「あっ?だ、大丈夫、臨戦態勢は取らない」
中々ない間抜けなボイスで返され(すぐに整えてたけど)即座居間に飛び込む。
「で、どこまで行ってたの?」
「………と、泊まってました」
家具を見渡しても女狐がいるのはもっと端…何故かキッチン。
「あ~。なんだ、ずっとセンジの所に居たの?」
「そうだ…そうです…ね」
「あれ?サンはなんで敬語?」
「…センジ様との癖で混乱しただけだ」
サンさんがセンジさんとの片が付いたお陰か、様呼びに戻ってるな…心機一転、私も様呼びで一貫するか。
「よし。部屋には何もなし」
乱れがなく止まっていた部屋が淋しく、少し物色をする。
「これ、私が入っていいのかなあ…」
「男じゃないんでしょう?じゃあいいんじゃないですか?」
…もしかして女子の部屋に入った事ない思春期的狐だったり…と思う唇を塞ぎ。
サンさんの居ない間として引っ掛かるのはセンジ様の言葉だった。
「センジ様との対決の後、王決…王を決める試合をサンさんは近日中にやらせて頂くことになったんです」
そう、なんの気まぐれかそれとも片鱗か測り得ないけど、あの勝利により王を決める戦いをこのままやる事になりました。
「へえ…彼そんな事する性格なの?」
「いいえ全く」
ちゃんと言い出したのはセンジ様、今度は屋敷の時と違いお便りで予定を決める事にするらしい。
「それで、気になることがあるんですけど――」
「ふ~ん…」
「ちょっと、思って。まあわかんないんですけど!あの、聞いてくれて有難うございます」
扉をなぞって自室を振り返って…、吐き出した不安も同時に振り返る。
「どうだろうね?本当にそうなるかな?」
「そうなった時もどうにも出来るんですから」
「ま、私もいるしね!」
この狐の笑いを普段は快く考えられなかった…、が今は頼りになるな。陽気には返せずとも安心を顔に目一杯映す。
「じゃ、近い内に来るよ」
「あっそうなんですね…?」
「私は気まぐれだから本当はどうなるかわからないけど」
そう言う女狐の窓を窺う姿だけ目に付けて、扉に移った。
「ふー…」
廊下で息を吐き下ろす。力の無い腕で居間に伸びる壁を押し退けて、情景を見上げた。
「女狐さ…女狐!は、帰りましたよ一旦」
「そうだったのか、もっと話すべきだったな」
「ま〜…あんなんですし。いいんじゃないですか?」
「…聞かれてないと良いな、それ」
ハッと
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