落胆
ガチャガチャとトロッコを微かに揺らし、丁寧に袖が木目をズラす。
また、別の所からきた隣のトロッコから人が流れ出ている。
前の席の人も動き出し…その空気に怖ず怖ず立つ。
線路を抜ける階段、そして地上へ向う階段と続いて若干足が疲労するが。
登り切ったなら珍しい景色が広がった。
「どうだ?ここは」
「うん…なんだか異世界に来て初めてこんな所に来るので、ただ凄いなっていう。…サンさんからしたら何も凄くないのかもしれませんが」
「前も来たので特にな」
スラッと伸びた腕はよく目立つ巨大な屋敷を指している。
「あちらだ」
「あんな…というかこんなものが近くにあるって、もしや此処凄い所なんじゃ…」
「そりゃ、召喚が行えて王を目指せるだけの町だ」
…確かに。エラン様、遠出して田舎に召喚行くわけないもんね。王はわかんないが。
かなり紆余曲折な道達を通ると…いつも真っ直ぐ短い道しか歩いてないからな、特に紆余曲折なんかじゃないと思うんだけど。
歩き続けた足を少々癒して、間近となった屋敷を見上げる。門は確かに豪華だけど圧倒といった感じではない、こんなこと言ったら怒られるか…
門の前に立つ従者の方がサンさんと少し会話した後、扉が緩やかに開いた。
「ようこそ、リンナ様」
「さ、まッ…」
人生で一度も様を付けられると思わなかったので不潔な声が出てきた。
またその奥に進むと、なんとドアノブらしきものがついたドアがある。
「この扉は叩いても届かないだろうな」
「ですね」
他愛もなく。
いよいよ中へ訪れると、同じ服を着ている礼儀正しそうな方々…召使いだと思われる方が
桔梗色の長いスカート、橙色の裾の広いズボン…そして全員深紅の鉢巻で髪(と長毛)まで結っている。
何となくこういうのって縦に並んでるイメージだし横だと些細な違和感がある。
橙色の服をした女性が…いや、スカートだけど男性だった。この世界ではそもそも前世界より男性はスカートを履くのかもしれない。
優雅な立ち振る舞いでこちらに寄り、上品なボイスで言葉を紡がれる。
「お待ちしておりました、^9}·$0*、リンナ様」
「…あっはい」
…なんかわかんない言葉あったな。
など気にする内に鉢巻がそっぽを向いているし他の従者は退いていた。
「リンナ様は私に着いてきてください。サン様はいつもの場所へ」
サンさんが心配に思ったのかこちらを少し覗き、曖昧にしか視線を返せなかった。
私の隣から後ろ辺りに召使いさんが三人付き迫っている。
男性が入口に塞がる布を避けて、その後隣にいた召使いさんが布を摘み上げ私が入りやすいようにしてくださった。
中にはまた何人かの召使いさんがおり、櫛と何かはわからないが恐らく化粧品を用意している人が。
「こちらの椅子におかけください」
なんだか七五三とか成人式とかをフラッシュバックさせながら腰掛ける。
「失礼いたします。」
そう言いながら私の眼鏡を取り上げ、いざ目玉に筆が飛び込んだ――
あ、アイライナー?
ええっと、化粧の歴史って私地味にわからないな。どこが起源でそれがいくつあってどうして分岐するかわからない。
でも確かに異世界の化粧品って面白そー…、後で見せてもらえないかな…
瞼にかけられた重みが消えると続きは頬へと。
ちゃんと両頬パフパフ跳ねさせて、終わったら和紙の上へ送られていた。
そして櫛が私の髪にかかり始める。
引っ張るような強めの力で髪を纏めて、お化粧の方はリップを取った。
淡いオレンジがかったピンク色をしかと見届けると唇にリップが接触する。
髪は長くないので
前髪にかかったのはレースで、珍しい手つきで髪を編まれた。
―――そんなこんなで弄られ完成した私の顔を、今こちらの手鏡で見ようとしているのだ、が。
さて、申し訳無いが酷くなってなきゃいいが。
と覚悟を探りつつ鏡を裏返す…
可愛くなってる〜……!
流石に誰かわかんないって感じじゃないけど眼鏡もかけ直しましたし。
けれど普段の質素な態度に陳腐な顔に対し、こんな乙女は知らないだろう。
今日着てきた服にも合っていて、というか恐らく合わせてくれて、初見だった前髪のレースもかなり可愛く飾られていて良い。
「ありがとうございます!すっごく可愛いです!」
これで皆様に嘘偽りのない顔を返すことができた。
「$`~/~[:~ようで良かったです」
…言葉はわからないのはしょうがないが。
さて、それでは、いよいよ、
センジさんのご尊顔うかかがってやろうじゃない…!!
「…あれ?サンさん」
布を避けて通ったらそこには見慣れた人物がいた。
「迎えだ。顔変わったな」
「顔変わっ…いやでも凄いですよね!感心しました」
「喜んでいただけたなら良かったです」
いつの間にか出ていっていた執事の方もそう返す。
「いきなりセンジ様と会うのも緊張するだろうから」
「そうですね…、有難うございます」
いくら従者の方がついてるとは言え少し落ち着かない気持ちもあるし、かなり有り難いものだ。
艷やかな床を歩いていると、外と繋がっているというか家に繋がっている外にある部屋、みたいなのが。
構造的には和室っぽい感じでここで初登場引き戸である。
緊張する段取りもなくサンさんがスパッと内部を晒して、渋る私の代わりに平然に内側迄行かれた。
…まあ怯えるのも良くない。だっていつかは来るんだし。
ここに来てしまったからにはと私も引き戸を勢い良く開ける…気分で、既に開いた扉を潜る。
内部は…シンプルだけど贅沢さがあり、如何にも偉い人がいるってオーラの漂う場所。なんだか自分の足はここに逆浮き世離れしているような気がしてくる。
とりあえず数人いる中でも真ん中の方にいたサンさんに駆け寄っておいて。
個人的に落ち着いたところで、視界に細々映っていた禍々しく神々しい人物を見上げる。
長い袖を纏った腕に背を後押しされる―
「……なあんだ、期待していたが」
無精髭がムジャくる中で、平伏してしまいそうな威厳ののった声がするのだ。
「不細工じゃないか!」
…
横に視界を移すとサンさんも呆れた表情をしている。
「どうかと思われますよ、おめかしした女性に言うのは」
「いや異世界などというから、ほら、異国の美女をなあ!」
いやあすみませんねえ、別嬪じゃなくて。
けどわざわざ異世界から美人が選ばれるわけないでしょう。アンポンタンか。
「造形も俺と変わらん、我が妻に満たない容姿…いや、そこまでは期待していなかったが」
妻…ですか……。アグレッシブだなあ、爪先まで。
こういう言葉選びキツめの俺様っておっさんだとかなり狭き需要だと思うのだが。
「…聞くに耐えませんよ。貴方の好みなどリンナが知るはずもない」
「あー…いいですよ。ええっと、お初目にかかります?リンナです…」
ヘタレに言いかますも無愛想な顔を真摯に見つめる。
「まぁ良い。残念な結果だったが異世界の者を見れただけ良しとしよう」
ええ〜。これで終わりですか〜?
まあ早く帰れたほうが嬉しいけど…このごてっと着飾った化粧はどうしてくれんの。
「お待ち下さい、話があります」
私と違いまっすぐ背筋を伸ばすサンさんには、改めてこの国で育った人間なんだなと実感させられる。
「先程の言葉、些か酷すぎます。貴方程の人があのような無礼を働くとは信じたくない出来事だ。
…ですので、撤回を望み――――私とお手合わせを願います。」
「いっいや私はそこまで酷いと思ってないので良いんじゃないですか!」
揉め事を察知し袖に這いずる…が。
「ハッハッハッハ!乱暴だな、サン!良い!良いぞ!勝負してやろう!医者でも呼んでこい!」
あー興に乗っちゃいました!あーあ!結構しーらない!
すると隅に座っていた召使の方が寄ってくる。
「…大丈夫ですか?センジ様はお強い方ですが」
なんだって?
おいおい待って待て、…サンさんはどれ程強いんだ?
「ここに生まれたものとして強さはよく知っている。しかし俺様は武を志すもの。挑んでおきたいんだ」
火花の走る瞳で語り、武男共二人は部屋を出ていった。
「……観戦されますか?」
「まあ…一応見ておきます、グロかったら目離しますけど」
イレギュラーを顔に映さぬ軽やかさを見せられ部屋の出口まで案内されるのだった。
広間にある密かな階段を上り、幾つかの部屋の前を通る。
「こちらでございます」
硝子で作られた扉を抜けると鮮やかな空気が刺さる。
召使いさんの指の先を見下ろすと、確かに粒のようなサンさんとセンジさんが。…と言っていると散らばってしまったが。
「武器を取りに行かれたんでしょう」
「ああ…弓でしたよね、サンさん。センジ様は?」
「…そうですね、よくご存知なんですね。センジ様は矛です」
「矛ですか!あ…サンの名前を二回言ったのは気にしないでください」
召使いの敬語に釣られたところに二人は戻ってきた。
砂で塗れた空間に暫く火花を散らした所、矛を持ってる手が痺れを切らす。
粒とは言ったがちゃんとサンさんが矛を躱し、背後で弓を構える様子が見える程度。
踏み越す力の強さ、一手一手の素早さに圧倒されながらもコッソリ心を濁してしまう。
清々しい青空が似合わずどちらも攻撃が掠るばかりだ。
矢が矛を弾けたかと思えば、センジさんが蹴りをカマし始めたしサンさん避けれてるし。
…そんな解説に気を緩めていたところ、矛を掴もうとしたセンジへ送った矢に、その更に上を矛が飛んで肝心のセンジさんは丁度矢を切り抜けて取り戻した矛の柄で薙ぎ払う。
「あっ…!」
砂に身を投げたのはサンさんだった。
あの身体を押しのけられるとかかなりの筋力があると見た。
「大丈夫です、私が行きます」
焦燥のまま振り返ると召使さんに宥められる。
一歩帰って床を弄くり、細かな作業を済ますと派手な金属音が鳴る。
小さな四角の切り込みが迫り上がると床の穴の中は――
「梯子…」
スカートがみるみる穴に減り込んで、金属の擦れる音と共に下へ消えてしまう。
「…わ、私は、ここにいて良いのかな?」
険しそうな穴を覗くとどうにも下に行く気は起きなかった。せめて、階段からいこう。
階段を細々降りて慣れない壁を傳う。
「結構怪我してたんですね、サン」
いたのはサンさん、梯子を使って降りた召使さん、そして…医者のユイダさん。
「ああ。だから―――」
朗らかな笑顔を滲ませているがその奥で考えているのは……
「また会いましたね、リンナ。この前の話、覚えてますか?」
「…奥さんのお話、でしたよね!」
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