まだ母国の恋しいある日




そういえば。


眼鏡がこの世界に無いって前手紙に書かなかったけど書いとこうかな。

でも似たようなのはあるって言ってた?

しかも私を見れば知らない物があるってわかるし。用途だけ書いとこうか?


あれ、私何やってるんだろ。

ていうかもう二日を過ごしたのか。

昨日のおかげで書くことが増え、いや良かった良かった。全然私欲の外出じゃないんだからねって言える。

…よし、手紙はこんなものでいいだろう。まだ下書きだけど。


郵便箱に届けるにしろ、道もほぼずっと真っ直ぐ歩くだけっていう単純なものだったしもうサンさんについてきてくれなくてもいいかも。

なのでふらりと出で立って、荷物の消えた手で倒すように扉を開ける。


「ただい……っ違った。」


足の柔らかな疲労で思わずその言葉が出てしまった。

居間につくとその事に真剣そうに悩んでいる人影が見える。

「えっと。帰ってきた時の言葉は習わなかったな」

「一つも教えてないですから。」

反対側の椅子に寛ぎ、こういう時は温かい飲み物だよね。

ここには温かい飲み物ってあるかな。

冷たいのも嫌いじゃないけど、温かいものくらいあるか。


「そうだ、魔術相談所というところがあるんだ。大きな物を運ぶにはそこに行く。

それに魔術について聞くこともできる、魔術師の仕事場だ」

魔術について…か、そういやこの前元の世界の音楽聴けるかなって考えてたな。本当に魔術でできるのかな。

「覚えておきますね!」

「うん、近くにある」

…なんか全部近くにあるな。いや、そもそも私の全部の範囲が狭いのだ。







それから――

またここに来て数日経ち、まだまだ奇妙さに感心しながら慣れてきた頃、また手紙を届けに来た頃。



……あっ、あれって。

あの猫背。あの格好。あの髪形……

この前の魔女の人じゃないか?


溜息を吐く様子を見せてのそのそと帰る、のかと思いきや綺麗な足を素早く動かしてる。

戸を押して入っていったのは…あれが魔術相談所?

これ、ちょっと寄ってみるのもありなんじゃ。ま、刺激は足りてるんだけど。

入れやすいよう折り目を折られまくった浅い奈落に封筒を足す。

このまま後を退さろうと思ったが、一度気にしてしまっては仕方がない。

私が次に出す声は「あのぉ」だな。



「あんのぉ…」


大きく伸びをしていた女性がこちらを向く。

「ああ…あぁあぁ、あぁあぁ。すみませんね。」

急かしてないのに足音が幾らも鳴るのを耳に。

「はい、こっち座って。」

うん、あの女性だ。

前に会ってることには気付いていない…いや気付いている?

そんなわけ無いか、お忙しい人に失礼だ。

異世界から来たとはいえ思い上がるなとあれ程、全く言わずも思いもしなかったが。

扉開いた直ぐに椅子と机があるのは新鮮だな、と椅子に身をうつ。

「あれ、荷物を送るわけじゃないのかな?受け取り?」

「この通り荷物はないですし、受け取りではなくちょっと、相談とやらを」


ニヤッと体たらくに口角を上げるその表情が漂う雰囲気に似合っていた。

体たらく、は誤用だが似合う言葉が他に思いつかないボキャ貧なので許して欲しい、いや許してあげて欲しい。


「ほう?なんでも魔女にどうぞっと。あっ真面目に接客してほしいならやってあげますよ?」


「えっと、無理をさせたくないですしそのままで構いません。ほんとちょっとしたものなんですが」

なんでもござれですよっと今度は天使のような笑みを見せてみせる。

ただ少し妖しそうにも見える、この人も面白そうな人。

「私、異世界から来たんですけど。魔法で元の世界の曲って聴けるんですかね?これは単なる興味ですけど」

「異世界…?ってあれか。ふーむ…

できそうな範疇ではあるがするにしてはもっと調べないとな。今の段階ではわからないよ」

おお、接客中肘をつくのは流石にノーグッド。この世界では感謝の意とでも思っておこ。


「まぁちょっと調べてみるさ。あっあと自分で弾いてみるとか?」

「無理です無理です!あっけど簡単なものなら確かに…。それに、ちょっと興味が湧いただけなので調べなくて結構ですよ」


となれば話す事ももう無いため愛想を交わし、家までを辿る。

異世界から来たって言ってもここまで動じない人もいるとは…いや家に当たらなければサンさんもあれくらいだったか。

こんな早々交流するのは元の世界でさえ無かったかも。学校でもそんな機会ないし。

もうそのテンポに慣れた事に切なさを考えながら、さっさと玄関に靴を放っぽる。


「魔術相談所寄ってきましたよ」


……おやおや?なにやらサンさんが机に前のめって…


「手紙書いてるんですか?」

「ミシンを送ってもらうよう」

「裁縫セットでいいですからね、百歩譲って」

ミシンがあるのも凄いよねと考えながら、インクの乗った紙を見つめる。

そうだな、ミシンがあるなら技術ってどこまで進んでるんだろう?

楽器が結構あるって話だからなんだかそういう…構造?機械?娯楽?みたいなのは進んでたりして?…いや、そもそもウチより進んでないっていう前提がおかしいのか…というか。

「服についてるじゃないですか、インク」

「いい。こんなの構わん」

いや構ってもいいんじゃ…視界をボヤかしたが模様には見えないし。

そんなものか、私もつかないよう気をつけよ。服ちょっと、めーっちゃちょっとしかないんだから。

「魔術相談所、なにを相談しにいったんだ?」

「母国の音楽が聴きたくて〜…インクめっちゃ垂らしてますって」

「実家だ、構わん。うん、全然。

確かに異世界となったらそこも恋しいか」

「まだまだ恋しいものがたくさんですよ。可哀想だから召喚はやめとこってとこまでは大変良かったんですけど」

「リンナにとってエランは邪魔者か、俺様もだ」

そっか、王になるんですもんね、邪魔者とかよくないけど。

「でも転移が可哀想だから〜ってなるのなんか凄いですよね。もっと自分勝手でもいいのに」

「俺様は知りないがその代の王は優しい方だったと今も聞く。俺様もそういう王にならねば」

「頑張ってください、応援してますよ」

意気揚々と言葉をかけ、黙々と書く姿を見つめてみる。

ここの文字はこんなんなのか。他にも見る機会はあるが、なんだか貴重。

「よし、これで」

「おお!おめでとうございます」

字が逆さで見えにくいけどインクが牛柄みたいでキュートだぞ!

「ああ、そういえば最初の件。そういう魔術はなかったのか?」

「あー、真面目?な方で調べてくれるとも言ってましたけど本当に興味本位でしたから。綺麗な字ですね」

「王なればこそ。」

おおドヤ顔。手紙を掲げるポーズも相まってここにスマホがあればレンズを光らせていたこと。あとまだ王じゃないです。




玄関から音がしてすぐに。

ただいまとおかえりを剥奪されれば、案外話すことがないことに気づく。

「ミシンについて送ったぞ、こういう時はなんというんだ」

何故こう興味があるのだろう。新鮮というわけ?

「今日よければ外食に行かないか?」

「えっアっアウトドアですね!違うか!けど確かに情報収集はいいです」

「だろう?手紙を届けるとき考えていたんだ」

手紙。私、最近致死量の手紙という言葉を浴びているような気がする。全然そんなことない。


今の時間は確かにいよいよ晩御飯って時間。

それにしろ、私の為にとはこの人は本当に王の器かもな。

えっ店まで歩いてる描写?似たようなもの見せられるそちらの身になってというかなってるでしょう。

さてさて押戸を…これも毎回言ってるな。


……内装は。

机が少なめで注文は居酒屋方式、そして回転寿司方式。レーンがあるしそこに普通のスパゲッティが流れていく。

選んだ机の上には紙が置いてあり、私には到底読めない。

「レシピだな」

私の顔を見かねたのかサンさんが紙に厳しい目を寄越す。

「読み上げようかと思ったが…わからないか。俺様が勝手に頼もうか?」

「ええっともしかしたら普通に知ってるのが来ちゃうかもだけどお願いします」

レシピを見るサンさんを待つ間、魔女さんの事を思い返してみる。ほら今日の事ってそれくらいしかないから。あの方名前なんだったんだろ。

「みてあぬしはわかるか?」

「いいえ、全くわかりません」

「 みてあぬし *#@¥ それぞれ一つ!」



「…猫背の魔女の人知り合いにいます?

今回相談を聞いてくれた方なんですが」

注文を待つ間、この世界の玄人に聞いてみる。

「猫ではなく猫の背…?ふむ、けれどこの前の人ならば見覚えあった」

前、というのは最初一緒に届けてくださったときの事だろう。

「猫のような背って事なんです。見覚えあったんですね」

「ああ。学校で見かけたが印象は真面目な人であのような姿は想像つかなかった」

「ここ学校あるんですか!?」

「そちらとは少し違うかもしれないが」


どうやら詳しく話を聞いてみたら、毎日通うものではないが代わりに二十歳になるまで続く合宿のようなものらしい。

「うちは五日連続通う私は十八まで続いたのが学校ですよ」

「十八…、歳の話か?」

「そうですそうです」

あの人が学生時代は真面目…節々で適当な人じゃないってのはわかったけど、これは果たして何かあったのかな?

うん、けれど私が踏み込む問題でない。強いて言うならまたお会いできたらいいな。


ふと、レーンを見る。

あれは…遠くて分からないけど知らない食べ物か……、私のところに来ているのか。

ああ、うちの机の前で動かなくなったではありませんか。

さて後はサンさんのなのか私のか。

サンさんが持ち上げた皿は私の下には来ず…食えないならちゃんと目に焼き付けておこう。


料理と言われたら認識できる物体。

けど何でできてるかはわからないしなんだか大胆なようにも感じる。

構造自体に違和感は持たないけど、これは粉かけ過ぎじゃないか?アグレッシブなの、ここはアグレッシブ料理を作るのだろうか?

さてまたいくつか…と言うよりは少ない机を渡った料理が私の前で待機している。

及び腰で謎の物体を机に乗せてみるが。これは前の世界の感覚で言うならデザートっぽい?

前の世界って毎回称すのもあれだな…前世界と言葉を作ろう。

乗っているのは肉。デザートと表現したが、肉が乗ってある……。

いや。けど食べてみないとわからない。

サンさんの方も粉を沈ませ柔らかい亀裂を作っている。

幸い?固形が数個転がってるというか、んー…金平糖みたいな感じになってるので一つ食べれば判断できると思うし、軽い気持ちで食べちゃえ。

「たっ食べてみますね〜…」

言いつつかなり情けない声を出しまずスプーンを掴む。


ひとつ。ひとつ掬い更にそれを少ししか齧らない。


…ええい、こそばい。


いやいやもう口に一気に放り込んでしまえ!

舐めるな!ちゃんと噛めえ!




……なるほど。

ああ不味くはない。



けど思っていたのとは違うかも、これは所謂甘辛っぽい。

肉と合うかはわからないがデザートという感じではなかった、食感は硬い。

噛み砕いたら一旦肉に逃げましたが

「慣れないけど美味しいです」

サンさんの料理は淡い黄色の断面を見せている。

またいい体験をさせてもらってしまったな、とまた一口を放り込んだ。



























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