異世界生活の始まり
何事もなく早朝を迎えられ…
食卓には、パンとフルーツ。飲み物は今日は牛乳のよう。
「おはよ…あっええっと、朝の挨拶ってあるのかな」
「ないな」
「それは違和感があるな…おはようございますって言ってても気にしないでください」
「しかし、『良い日を』と朝に交わす文化くらいはあるな」
最後の一口を食べたサンさんは片手を空の皿で尽くしてる。
「ああなんかそんな感じのありますよね、外国とかそんな感じ。…良い日を」
「ああ、良い日を。」
恥ずかしいものじゃないんだけどな。いや、本当に。
「あっそういえば、裁縫セットとかあります?」
「ん?ああ、うちにはないな」
「ですよね。知ってました」
瓶にはシンプルなシールが貼ってある、少し減っている苺ジャムが沈んでいた。
バターナイフは無いけどさてはあのスプーン亜種を使うのか…となめらかなパンにジャムを押し付ける。
ちゃんとパンに乗っかってくれたジャムを一つ齧り。
「趣味なのか?その」
「あっ裁縫ですか?いや、ぬいぐるみ作ってやろうかなと」
無いなら作ってやろう精神、もはや異世界開拓において一番大事だと言っても過言じゃない。
手芸は母の影響でやることも少なくなかった。が滅多にやるわけでもなかった。
まずは型紙を作りたいな。大方食べ終わるとバナナに手を出す。
バナナと葡萄が詰められている籠、この世界にはバナナと葡萄はあるらしい。
果物か、他国との交流はどれほどなのだろうか。
もしくはこれらは普通にこの土地の物なのか。
この国は中国の派生ではなく文化が中国風に育った、って解釈?
「食器洗ってますね」
自身の部屋に入ったサンさんが帰ってきた隙に話しかける。
「では訓練をしてきていいか?」
「…訓練?」
「王になるための」
「んー、よくわかんないけど用事があるならば優先してください」
暫くして洗い物が終わったならば型紙を作りたかったが、紙の在処を訓練とやらをしている間に聞けん。紙は文通があるので存在しているのは確実である。
ちなみに文通は筆に翻訳の術を通す事でこちらの文字が書けるようになるらしい。凄すぎる。パネェ。異文化交流とかよく分からないけど進むんじゃ?
そして、その手紙を書くことが私の役目なのだが文中で有益な事があれば銭になるらしい。
…違法ではないよ、王が言ってるんだぞ。異世界から来たから一文無しだし。
財布も魔術で翻訳できないことはないそうだけど私が身に財布を持ってないし。
つまり無償でお金を出すことはできないけど利益をよこしてくれたらいいよっていうたったの取り引きである。
家の扉の開く音がし、直ぐ様サンさんが登場する。
「届いたぞ、支給品」
「おっ服ですか!出かけやすくなりますね〜」
服、下着、布団、ペタッとした靴下みたいな靴、これは…歯ブラシ。昨日磨いてないな。
こういうのは移送魔法で送ってきたらしい。
エネルギーを使うので一気に全て送るのは無理らしいのでちょくちょく送ってくるとのこと。
魔法とはつくづく便利だ、大変そうらしいが上級の者だとこんなにも楽。だからこそサンさんの家に住むって選択もできたのだろう。
「じゃあちょっと部屋行ってきます」
部屋に対する新鮮さは久々でもある。物置きとして使っていた部屋を空けてくれたのだ。
そもそも空き部屋があったのが凄いというか、これもヤウトーの魔術…ではないかも。
空き部屋を確認してなかったのに住むかどうか判断しようとした私達もスゴイですけど。
そんなこんなで、ラフなパーカーとワイドパンツといった装いともご卒業。
一枚広げると、模様はチャイナ服っぽいがピッチリしてない白色のワンピースのような物が。
長いけどかなりゆったりとした袖で暑苦しさがないし季節である程度使い分けられるかも?
季節といえば今は秋かな春か?
転移前は秋だったけどさてどうなっているのか。
布団―はこの前の布団が使ってなかったらしいけど新しいのでいいのだろうか。
歯磨きもあるんだけど…今した方がいい?
けど此処ではどう磨いてるのか分からないので保留かな。布団の上に置いちゃえ。
部屋を整い終わって居間に入る、となるとこの新しい服を人前に晒さねばならぬ。
姿見がないのでそこは気になるけど所詮見た目だ、堂々としよう。
居間へ出向きサンさんが言う。
「うん、変じゃないぞ」
「良かったです。」
服見た感想が変じゃないってのが変だけど、異世界なんだしありがたいかも。
「あっそうだ歯磨きってどんな感じですか?」
「ああ、昨日は忙しくて忘れてしまったが…歯磨き粉をつけて磨いて水で流すだけ」
「それじゃ、ほとんど同じですね」
チョチョイとしてきます、そしたら手紙とか書きますね、と言ったらチョチョイが分からず不審がられた。忘れてた、擬音とか。
歯ブラシを掴みながら、驚いたのは歯磨き粉がソースみたいな形だったこと。マヨネーズとかの形してる。
こういうのはなんだろう、ただの進化の違いか。歯ブラシとコップはほぼ変わっていなかったのに。
歯磨きは只事で済み、サンさんから紙と筆を受け取る。
「ありがとうございます。
あっ机まだ届いてないからこの机で書かせていただくかも」
「…いや、そろそろ届く頃合いだろう、見に行く」
ちなみに支給品は全部玄関に置いてある。
大丈夫、流石に歯ブラシは玄関直置きではなく透明の袋に入ってあった。
サンさんが机共々抱えてやってくる。
「あったぞ机、椅子もある」
「すみません!持ちます持ちます」
サンさんに見に行かせなくてもいいんだしまった、気の回らない女だ。
「籠もあったぞ」
「後で見に行きます!」
取り敢えず部屋に机を運ぶ感覚は学校の卒業式終業式を思い出す。
まだ重みが残る手で玄関に行くと、確かに言った通り大きな籠が。
「服籠かな、着た服はそちらに入れろ」
「成る程、そういうがあるんですね」
「ゴミ袋も持っていけ」
籠に袋を入れて何度目かの部屋に運んだら、いよいよ手紙を書かなければ。
机の上に貰っていた紙を置き、この世界を語らう。
元の世界と違うところ、か。
獣人はいない・一家に一つ風呂がある・魔術がない・王はいなくてその代わりに難しい立場がある・長皿ではなく蛇口ってのがある・そもそもそれの正式名称がわからない・パッケージの違い・…は些細なので書かなくていいか。
ザッとこんなものだっけ。
これらを畏まった文章で書く、と翻訳が難しくなってエラン様にちゃんと伝わらないかも。
箇条書きにするか。
いやこれさえわかりにくいのか?もう超簡潔にしてみよう。
思い立ち、握った筆が万年筆でまあ慣れない。
紙とインクが接触して、一文書き終わる。のに文字は変わらない。
あれ?これは翻訳できてるのか?
…こんなものをいちいちサンさんに確認させるわけいかないので、取り敢えず次の文に移ろう。
そこからは…ちょっと手が痛くなってきて精神も疲労してきてていうか飽きてきて、もう割と嫌だったけど。
この後型紙がある…そう、型紙がある。
俺この手紙が終わったら型紙書くんだ。
娯楽ではないけどそれでも今書いてるものよりマシ。
仕事ですけどね。半分仕事みたいなものだから構わないんですけどね、手紙。
最後の字も終えたときにはそれはもう机の上で寛いだ。台無しにしない為紙はどかして。
あとは型紙だ……けど、後でいいや…
いややりますけどね、やるから!
少しでもしっかり休んだ後まっさらな紙を取り出して、また筆を持つ。
…ぬいぐるみか。はてさて作れるかな。
んー眼鏡でも作ろうかな。難しいか。
せっかくの異世界だし…チャイナ服?
いやぬいぐるみだし違うか、眼鏡もね。
んーっと、そういえばサンさんって言ってると燦々という言葉が思い浮かぶ。燦々にちなんで太陽にしてみようかな、自分が使うにしてはちょっとあれだけど。
いや、もうサンさんにあげようかな?どうしよ…二個作る?できるかなー!?
「できましたよ〜文通。」
戻ってくると机には既に食べ物が列を作っていた。
「そうか、もう作ってあるぞ」
「そういえば、私ご飯作ってないですよね?すみません…」
「この生活に慣れてからでいいよ」
「有難うございます…、これはどうやって送るんですか?」
台所から出てきたサンさんが私へ手を伸べ、
手紙を渡す間に聞いてみる。
「箱に入れたら魔術師が送ってくれる、これが魔術師の仕事でもあるんだ」
「郵便屋も兼用するんですか!?」
「しない者もいる、そうすれば職業とは名乗れないが」
へえ、と相槌を打って椅子を引き摺る。
「型紙は?描いたんじゃないのか」
「ん?描きましたよ。何を描いたかは言いませんけど」
「…そういうものか。そういえば、訓練の説明をしていなかったな」
スプーンを持って昼食を始める。今回は肉が多めのようだ。
「ああ、王になるためのって言ってた…」
「王になるためには血縁か、もしくは戦いをすればなれるんだ。例えば血縁で王となればその戦いは兵士に戦わせることになる。エラン様は血縁だな」
「もしかして武が必要な程荒れてるんですか?」
「そこまでじゃない。あくまで昔から力の誇示の仕方がこれだったというだけだ」
「なるほど、その為に鍛えてたんですね。
ならもっとご飯をトレーニングメニュー?にしないんですか?」
「あまり詳しくないんだ。肉は獣人がいるから一日一食程度のものだし」
スプーンに捕まえられたお肉を眺めてみる。
「そうなんだ…筋トレしてる人に聞いたり、あっ本ってあるんですか?」
肉美味しいけど、とばくっと戴く。
そんな話をしたせいで一瞬獣人達の顔を思い起こしてしまったじゃないか。
「好きな者はよく食べたりもする。
それと、本……本は基本歴史についてしかまとめられていない」
「えっ、じゃあ小説とか漫画とかが無かったり?」
そんな事を言うとサンさんが顔を顰めてしまう。
「芸術はどんな感じ?絵とか」
「芸術…絵はあるし彫刻を使って話を作ったりする」
「なるほどそういう物はあるんだ良かった〜!」
「…そちらの世界は芸術が進んでいるのか?」
「ええ、うちの国の伝統文化の一つに漫画アニメという絵のついた物語があるんです」
また文通に書いておこう。
こうして先に食べ終えたサンさんが食器を片付け始めていたとき。
「そうだ、手紙は俺が届けようかと思っていたが、外に出かけてみるか?面白いと思うぞ、外の人達も」
外は昨日行ったけど…確かに色々見ておきたいかも、文通にも書けるものが増えるかも知れないし着替えもしたし。
「商店街、お店とかも行ってみたいですね」
「よしそうしよう。店も着いていった方がいいか?」
「私結構自由なので振り回すかもですし、一人の時間が取りたいようなら大丈夫ですよ」
「そうだな、別行動にしておこう」
…さて、面白い人ってどんなだろう。
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