越えられない夜

古時計

貴方と過ごす、最後の夜。

 午後22時、窓辺から差し込む、淡い月明かりが照らす貴方の部屋の中。

 私と貴方は、二人で寝るには狭いベットに、横並びで座っていた。


 こうやって、貴方の部屋で、貴方の側に座るのは2度目。

 暫く日が経つけれど、貴方の部屋も、匂いも、この月明かりだって、何一つ変わっていない。


 一つだけ違うのは、私と貴方は、学校でもないのに、両方とも制服姿のまま。

 それが、なんだか恥ずかしくって、可笑しくって、私と貴方は、互いに笑みを浮かべる。




 ──貴方と夜を過ごすのは、これが4度目。


 "最初に出会った夜"は、家族の皆に内緒で出かけた、夏祭りの夜。


 家族の皆にバレないように、塾帰りで、制服姿のまま、唯々祭りの人混みを歩いている中、金魚掬いをしている屋台を見つけたあの日。


 小さな子供と、私と同じくらいの高校生が、しゃがんで金魚掬いに勤しむ中、一人だけ、目を引く格好でしゃがむ貴方を見つけたのが、初めての出会いだった。


 私と同じ学校のブレザーを羽織り、頭には何処かの屋台で買った、戦隊ヒーローのお面が。

 それだけだったら、私と同じ学校を通う人だったのに……貴方ったら、ブレザーの下は短パンにサンダルで。


 学生の身分を隠したいのか、そうじゃないのかわからない、中途半端なその姿が、可笑しくって、面白くって、思わず私は声を掛けていた。


 そんな、可笑しくって、不思議で、とっても素敵な夜の出会い。

 それから私と貴方は、決まって夜に出会って過ごす。

 そんな不思議な関係だった。




 2回目は、人工の深海を泳ぐ魚たちを見つめた、"水族館の夜"。


 夏祭りの最中、貴方と交わした約束。

 "今週の休日、同じ時間に水族館に行こう"

 初めて交わした、"友達同士"の、遊ぶ約束。


 それが……私にとって、どれだけ嬉しくて、どれだけ特別だったかなんて、今さら言う必要はないわね。


 だって、私は嬉しくって、別れた次の日も、貴方のことを学校で探し回ったもの。

 名前と、不思議な格好を頼りに、貴方を探した。


 学校に居る、様々な人から貴方を探すあの時間はまるで、望遠鏡を覗き込んだ天体観測。

 様々な輝きを見せる星々の中から、"貴方"と言う名の星を見つける。


 ……ちょっとロマンチックな言い方をすれば、

 貴方と話した、あの学校での一幕では……貴方と言う星に、私が加わって、たった二つの星の、星座になっていた。


 そこから先はもう、時間の流れは急だった。

 気がつけば、あっという間に約束の日に、約束の時間。


 私ったら、塾に行くふりをして、約束の時間よりもすっごく早く、約束の水族館へ。


 ……覚えてる?私と貴方が水族館で出会った時の、最初の会話。


 "はじめまして"だなんて、今度は私が可笑しな人になっちゃって。

 貴方も貴方で、"ご機嫌麗しゅう?"だなんて、困った顔で言うものだから、もう、二人して笑っちゃって。


 ……綺麗だったわ、水族館。

 人工の深海を泳ぐ、一匹の鮫。

 今思えば、あの鮫と私は、同じだったのかもね。


 造られた環境で過ごす、幸せで、不自由ない命。

 だけど……本当に欲しいものだけは、手に入らない。


 あの鮫が本物の海に出て、本当に欲しいものを手にする旅をしたら、どこまで行けるのかしら。

 きっと……見つける前に、死んでしまうわ。


 だから、私と一緒。

 名家の令嬢として産まれた私は、何不自由ない生活を送っていたけど、本当に欲しいものを手にできない。


 この生活を捨てて、欲しいものを探す旅に出たら、右も左も分からない、世間知らずな少女じゃ、欲しいものなんて手にできない。


 ……だからね、指先だけでもいいから、本当に欲しい"貴方"に、触れさせて。




 3度目の、"本当に欲しいものを見つけたのあの夜"みたいに。


 ……あれが、初めての家出だった。

 木々が紅葉に染まる、秋のある日、私は家を飛び出した。

 理由は……言わなくたって、いいわね。


 少し肌寒くなり、冷たい風が肌を撫でる季節に、私はただぼーっと、公園のベンチで座っていた。


 日が沈みかけて、行く当てもないなか、貴方が私の前に現れた。


 ……白馬の王子様がいるなら、私はその人を知っている。

 ……貴方のことよ、王子様。


 ……え?その夜の、ロマンチックな感想?

 ふふ……言えないわ。


 だって、言葉なんて陳腐な物では、着飾れないもの。

 ……一つ言うなら、こんな風に、また貴方と唯々座っていたい。




 ──私が許嫁として嫁ぐ、こんな"最後の夜に"。


 もう袖を通すことのない、卒業後の制服。

 最後にこれを着て、貴方と夜を過ごす。


 思い出も愛も……本当に欲しい貴方も、ここに置いていくために。

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