長万部 三郎太

荷物にならない

たくさんの本を抱えて街を歩くホームレスの男がいる。

ある若者がすれ違いざまに興味本位で彼に話しかけた。


「なぁ、アンタ。

 お節介かもしれないが、その本を売れば多少の生活費になるだろうに」


あまりに不躾な発言にも関わらず、男は笑顔でこう返した。


「人生において知識や技術は荷物にならないのです」


「いや、しかし荷物で両腕が塞がっては、生活するのも不自由でしょう」


男の答えに若者は納得がいかない様子。

お節介にとどまらず仕舞いには古書を扱うお店を案内しようとしたが、男はその申し出を丁寧に断ってこう続けた。


「あなたにはこの本が“荷物”に見えるのですか?」





(ショート哲学シリーズ『本』 おわり)

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長万部 三郎太 @Myslee_Noface

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