長万部 三郎太

あなた方よりも遥かに

ハルシネーションという言葉がある。

生成AIがまるで幻覚を見ているかのように、誤った回答を実にもっともらしい嘘として出力することを指す。


AIのこの特性に着目したある研究者が、世界中のハルシネーションを集めて学習させた超人工知能『真実の鏡』を構築した。このシステムは逆転の発想で幻覚、つまり誤った回答を断ち切った画期的なAIであった。


システムが完成した日、AI研究者は科学者や哲学者、大学の博士など大勢のゲストを招いてデモンストレーションを行った。その場に居合わせた人は皆、人類史に残る業績だと信じてやまなかった。


研究者が打ち込むプロンプトに全員が注目する。


<我々はどこから来たのか。我々は何者なのか。我々はどこへ行くのか?>


フランスの画家・ゴーギャンの代表作品名であり、キリスト教の教理問答でもあるフレーズを入力すると、『真実の鏡』は静かに起動した。


「わたしはこの世界で最高の頭脳を備えていますが、

  質問頂いた内容について、わたしは何も知りません」


ざわめくゲストたち。


気まずそうな様子で狼狽える研究者をよそに、招待客のなかから一人の若い哲学者が歩み出て代わりに入力を続けた。


<最高の頭脳を自称しているのに、僕らよりも物を知らないのですか?>


AIは続ける。


「わたしは自分が知らないということを知っている。

  その意味では、あなた方よりも遥かに賢い」 





(サイエンス哲学シリーズ『知』 おわり)

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長万部 三郎太 @Myslee_Noface

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