黒い白粉ありますか

@tomten17

第1話

 友人の話である。当時は、彼も僕も郊外にある小さな大学の学生だった。女子学生は少なく、あか抜けない田舎の優等生風の女子が数人いただけで、親しく会話したくなるような子はいなかった。ま、自分たちも同じようなもので、繁華街に出て、いわゆるナンパで、声を掛けるのも恥ずかしくなるくらいの雰囲気だとは自覚していたので、人ごみの中でも、身を縮めて歩いていた。そんな中、その友人は、あまり臆することもなく、キレイな女の子と口を利きたくて、都心まで出かけ、デパートの化粧品売り場を回っては、初心な新入店員を探しては、声を掛けて楽しんでいた。そのときの切り出し口上が、

「黒い白粉ありますか」

だった。先々で「そんなものはありません」と返されていたのだが、とあるデパートで、

「ありますが、店頭には置いてないので、ご予約していただくことになりますが、よろしいですか」といわれ、実家が大金持ちであるので、多少高額であっても、支払えると踏んで、

「予約します。ところで値段はいかほどでしょう」

と訊ねた。店員は一枚の紙を引き出しから持ち出して、

「予約には、ここに必要事項を記入していただくことになります。お代は、すべての事項にお答えしていただくだけで、それが代金の代わりになります」

と云われ、予約票の下の方を見たら、

「あなたの人生の意味をお書きください」

とあった。その先には、「目的や理由ではなく、あくまでも意味です。そのお答え次第ではご予約をお受けしかねることがあります」と付記されていた。友人は、これは面白いと、気も軽く予約用紙を手に、アパートの自室に戻ったが、住所氏名などを軽快に記入して行ったが、最後の質問を前に、パタリと筆は止まった。考えてはみるものの、なかなか納得できるような回答にたどり着けず、悶々としていた。僕は、教室でいつもと違い、浮かない顔の彼に声を掛けたら、事の顛末を語ってもらい、アドバイスを頼まれた。そんな問題、今まで考えたこともないし、どこから手を付けていいかという糸口さえわからない。

「ま、僕も考えてみるよ」

と軽く返事はしたものの、目算があっての返事ではなかったから、他の手間に紛れて、そのことは心の重みにはならなかった。その後、学内で数回彼の姿は見かけることがあったが、表情は暗く、顔色も徐々に悪くなっているように見えた。元気にしているか、と声を掛けたが、「ああ」としか返ってこない。そのうちに、彼の姿は見えなくなり、ひと月ほどたった。共通の知人にも尋ねたが、教室には顔を見せていないようだった。部屋に籠って悶々とひとり考え続けているのだろうか。どんな様子なのか心配になり、部屋を訪れてみたが、呼び出しに反応がないので、大家さんに事情を話し、解錠してもらったが、部屋の中に彼の姿はなかった。部屋の中はきれいに片付けられており、座卓の上に黒い小瓶がひとつポツンと置いてあった。それが黒い白粉なのだろうか。不気味に思えて、敢えて触れはしなかったので、それ以上のことは判らない。

 卒業後も、彼の行方は杳として知れなかった。彼の両親は、行方捜査を警察に依頼したらしいが、事件性がなく、行路不明者扱いになって、書類の中に眠っているらしい。

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