第44話 家財を賭けたパン作り勝負、開幕!

 幸い、テティは無事だった。

 痣はできてしまったが、すぐに治るということもあり、ほっと一安心だ。


 だが本問題は解決していない。

 そこで俺は医者にテティを預け、村長宅へと訪れた。


「……安心してリアンさん、権利関係に関してあなたの落ち度は何一つありませんわ。この村においての物件の所有権は留保依頼が無い限り、半年で失うことになっていますの。そしてジーデルさんは留保依頼をしていない。つまりあのお家はまぎれもなく無くあなたのものですのよ」


「そうでしたか。それならよかった」


「でもまさかあのジーデルさんが戻ってくるとはねぇ……」


 村長の話の通りなら、ジーデルの言い分は言いがかりとみて間違い無いだろう。

 エルデに執着があるようだったが、それに関しては俺に関係無いしな。


 しかし彼の話をすると村長も顔色を曇らせた。

 元々あまり良い印象の無い人物なのだろうか?


「あの家は元々ねぇ、ジーデルさんの祖父のお家だったの。それで上京した息子とも離れて一人でパンを焼いて、村の人たちと仲良く静かに暮らしていたのですのよ」


「それがどうして彼が住むことに?」


「息子夫婦とは別離した訳ではなくて、たまに帰郷してきていてね。その時に小さいジーデルさんも一緒で、お爺ちゃんのパンが好きだって言っていたのを覚えているわ。きっとそれが理由でパン職人を目指したのでしょうねぇ。だから祖父さんが亡くなられた後、彼が家を引き取ると言い出したんです」


「その頃から行動力はあったんだな」


「ええ。どうやらお金には困ってなかったみたいでねぇ、半ば無職のまま3年間もパン作りに没頭していたの」


 聞く限りだと、ただの真面目な職人志望の青年なのだが。


「ただねぇ、あの家から出る前辺りから相当荒れていて。〝美味しいパンを作れないのはこの村の小麦の質が悪いからだ〟なんて当たり散らかしていたこともあったのよ」


「それは酷い……」


「確かにコナリア村の小麦の品質はそこまで良くないのかもしれないけれど、一生懸命育てた農家さんのことを考えたら、そんな悪口なんて畏れ多くてとても言えないわぁ」


「ええ当然です。それに俺はここの小麦の品質が悪いだなんて思ったことは微塵もありません。俺の焼いてくれたパンを皆、美味しいと言って食べてくれていますし」


 この村に愛着を感じている今、彼の言い分には許せないものがある。

 いくら精霊の石窯が合わなかったとはいえ、他責思考にも程があるだろう。


 そんな事情が見えてくると、思わず拳を握り締めてしまった。

 彼にだけは負けたくない、そう思えて仕方なくて。


「彼と勝負、なさるのでしょう?」


「っ!? もう聞き及んでいたのですか!?」


「ええ、何も噂を広める相手はロナーさんだけではありませんのよ」


 まさかテティを医者に連れていく間にもう村長の耳に入っていたとは。

 たしかに、ジーデルとのやり取りを見ていた村人もいた訳だが。


 ――いや、むしろ話が早くて助かった。

 おかげでこうして村長ともスムーズに話を進められたのだから。


「あまり贔屓なことは言いたくないのだけど……リアンさん、どうか負けないでくださいね? 村の皆さんはもうあなたの作るパンの虜みたいなものなのですから」

 

「ありがとう、村長。その期待に応えるためにも、俺は何としてでもジーデルに勝負で勝ってみせますから」


 そうだ。俺は彼に勝負で勝たなければならない。

 暴力で勝つなどは簡単だが、そんなことで勝っても意味が無いのだ。


 それにテティに手を上げたことだけは絶対に許せん。

 自分の思い込みに子どもを巻き込むなど、大人のすることではない。


 テティはもう既に2回も帰る家を失っている。

 故に、これ以上あの子も、村の人たちも悲しませる訳にはいかないのだ。


 そしていつか帰ってくるかもしれないミーミルたちのためにも。


「……ならば大人として、正々堂々と勝たなければな」


 俺はそっと呟き、村長の家を後にする。

 既に自分の中でやることは決まっていた。


 このコナリア村の食材を使い、俺の技術でジーデルに勝つ。

 例えどんなことがあろうと、横暴を振りまく男には一歩も引き下がるつもりはない。


 こう覚悟を決め、家へと帰還。

 直後より今までの知識と経験を注ぎ、新たなレシピの創造を始めたのだった。




 ――そして一週間が過ぎた。




「あぁ、なんだ来てしまったんですか。僕はてっきり諦めて逃げるものかと。なんたって僕は皇国が誇る最高峰パン職人の一人なんですからねぇ?」


「逃げるものか。あの家も窯も壊させる訳にはいかないのでな」


 彼が提示してきた勝負日は今日この時。

 遠方よりはるばる審査員がやってくるのを見越した日程だった。


 その長い準備期間ともあり、我が家の庭には俺たちだけでなくジーデル側の審査員も揃っている。


 審査員は全部で6人。

 皇国公認の調理者ギルドからは3人の上位マイスターたちが。

 コナリア村側は村長、テティたち子ども連合、それと農民代表として味覚に覚えありのザルボさんだ。


「レディース、エーン、ジェントルメェーン! さぁついに運命の時がやってまいりました! 我らコナリア村代表パン職人リアンさんと、調理者ギルドA級職人ジーデルさんによるパン対決が今ここに始まろうとしていますっ!」


 司会者のロナーさんが小型拡声魔器ハンディマイクを片手に妙に乗っているな。

 個人的にはあまり盛り上がって欲しくないのだが。

 ……まぁいいか。


「勝負要項によれば、本勝負の勝利者があの家の所有権を得るとのこと! 審査員たちをより幸せにできるのは果たして、どちらのパンなのか!? これは目が離せそうにありませぇん!」


「ま、勝つのは僕だけどね。なんてことはない話さ」


 そう、勝てばいいのだ。

 ただそれだけで問題はすべて解決する。

 最後にはテティへの謝罪ももらえれば完璧だな。


 そのためにも俺は今日までの全てをパンに注ごう。

 かつて倒してきた如何な脅威へ向けた戦意すら霞むほどに、強く。

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