第34話 三日遅れでやってきた祝報
あの冷徹なダンダルト候を一概に無視できるとは思っていない。
いつまたコナリア村に刺客を放ってくるか知れない以上は。
……しかしそんな心配をしながらも何事もなく。
悠々とした日々を過ごし続け、気付けば雪解けの季節が到来した。
農家の人々が今日も農具を持って畑に向かっていく。
そんな様子を屋内から眺めながらパン生地を打つ。
忙しくても寄ってくれる人が増えたから、気付けば仕込みの量も2倍近くになった。
最近作ってみた新作のパンも好評だし、今は刺客なんかより次回作を構想する方がずっと重要だ。
そんな訳で鼻歌混じりに作業していると、村長さんがひょっこりと姿を現した。
「リアンさん、朝からご機嫌ねぇ」
「おっ、村長さんおはようございます」
子どもたちよりも先に村長が来るとは思わなかった。
本人もなんだかソワソワしているみたいだし、何か用でもあるのだろうか?
「突然来られて、今日はどうしたのですか?」
「えぇえぇ、実は昨日、商人さんから新聞を頂きましてねぇ。それで私は読み終わったので、今度はリアンさんにぜひ読んでもらおうと思ってぇ~」
「おお、それでわざわざ届けてくださったのですか。助かります」
新聞とはありがたい。
真冬の間は商人がこられないくらい環境が厳しかったものなぁ。
「実質的には三日前のものですけど、どうぞぉ」
「ありがたく頂きます。どれどれ、三日前の見出しは……あっ」
しわくちゃの新聞を広げて早々、知った名前がドンと大きく書かれていた。
おかげで思わず笑みが零れてしまった。
「〝勇者シウスのパーティ、大手柄。ル=メギアの奥地で復活を果たそうとしていた脅威級モンスター、獄嶺鬼獣バジズスを遂に討伐す〟……そうか、やっと倒したんだな」
バジズス復活の兆候を知った時のことは今でも思い出せる。
一つ息を吐けば溶岩が凍り付く。
一つ指を触れれば心臓が砕ける。
熱を反転させ、極限の冷気を振りまく古の邪獣。
俺もシウスも仲間たちもその存在を知った途端に青ざめたものだ。
そして奴を倒そうと旅を続ける途中で、俺はパーティを抜けた。
でもそのバジズスが倒されたのならもう何の未練も無いな。
「がんばったな、シウス。お前はもう立派な世界の勇者だよ」
思わず込み上げてくるものがあって、目が潤んでしまった。
それでもクシャリと新聞を閉じ、泣くのを笑って堪える。
嬉しい反面、辛くもあった。
真の意味で、俺はもう引退しても問題無いとわかってしまったから。
「……いや、辛気臭いのはもうやめだ! 俺はパンを焼くと決めたのだからな!」
きっと今の俺の行動を見て村長も色々察したに違いない。
しかしそれでも黙って笑って頷いてくれている。本当に気遣いの優しい御仁だ。
「他にもきっと面白い見出しがあるから、時間がある時に読むといいわよぉ」
「そうさせて頂きます。おかげで助かりました」
「いえいえ。そういえば、商人さんが今度ぜひともリアンさんのパンを食べたいって。機会があったらお願いねぇ」
「ええもちろんですとも! 新作はほんと大盛況でしたからねぇ!」
商人さんにも知れ渡るくらいに評判だったか。
それなら品質向上にもなおさら力を入れなければならない。
なんたって新作パン〝ポテトミートパン〟にはそれほど自信があるからな!
一日寝かせたバター入り生地はサクサクな仕上がりに。
ソースはペッツァーニに引き続き、豚挽肉入りの塩味の強いトマトベース。
さらにはカリカリの歯ごたえが評判の冬芋のスライスを混ぜて焼き上げる。
粗目のコショウを軽くまぶしたことで風味も増し、一口だけで旨味が口を駆け巡る仕上がりとなった。
そうして出来上がったホクモチのパンは村の皆さんに大好評。
馴染みのある味わいとエキセントリックな味付けが特に受けたのだ。
「それでもしまだ余っていたらと思っていたのだけどぉ」
「あぁすいません、残りは昨日の内に食べきってしまいましてねぇ……」
「あらぁ残念……こうなったらまだ冬芋が残っているご家庭を探さなきゃ~!」
「はは……ソースの素材ももう無いですから、まずそこから何とかしないとですね。でもエルデの菜園のトマトはもう取り尽くしてしまったものでして、代わりがあるかどうか……」
「エルデさんのトマト、ソースにピッタリですもんねぇ。どうしてあんな独特な野菜が作れるのかしらぁ」
「本人曰く、愛情らしいですよ」
こう教えたら村長が途端に怪訝そうな顔つきになった。
きっと〝どんな愛情を注いだらあんなに毒々しくなるのかしら〟とでも思っているに違いない。
俺も常に思っていることだから気持ちはとてもわかるよ、うん。
「と、とりあえず、新聞の3枚目の右隅に書かれた見出しはきっと面白いからオススメよぉ~!」
「はは、わかりました。ピックアップしておきましょう。それと代わりのパンをお昼過ぎにでもお届けしますから、楽しみにしていてください」
「まぁうれしい! 待ってるわぁ~! じゃあねぇ~!」
村長もすっかり俺のパンを気に入ってくれたようだ。
皆に気に入ってもらえるならそれだけで俺は嬉しいよ。
そんな胸躍る気持ちを抑えつつ、村長を見送る。
それでふと言われた場所をチラリと覗いてみたら、気になる名前がすぐに目に飛び込んできた。
もうこれだけで村長が何を言いたいのかわかってしまったな。
やはり村長も色々煮え湯を飲まされてきた身だから思う所もあるのだろう。
〝ダンダルト家、侯爵の地位を正式に剥奪。家名を使った幾つもの悪行が祟る〟
小さな見出しである所を見ると、情報自体は既に広まった後かな。
思っていた以上に没落は進んでいたようだ。
そう気付くと、なんだかまた一つ肩が軽くなったような気がした。
「……おかげでパン作りと教育活動に専念できそうだ」
そのおかげか、生地を叩く腕が軽い。
台を鳴らす音も軽快で、なんだか楽しくなってくるな、ははっ!
「突然失礼、この辺りにリアンという者が住んでいると聞いて――」
「「――ッ!?」」
だがその束の間、聞き覚えのある声に気付いて咄嗟に振り向く。
そうして訪れた人物と目を合わせたことで、互いに思わず固まってしまった。
「お前……やはりリアンか!」
「まさか、フェンディアなのか!? なぜ君がここに!?」
ああ、なんて懐かしい顔だ。
その紫の長い髪に、未だ若さを感じさせる顔付き。
もうだいぶ経った後だというのに、彼女は相変わらず凛々しいままで。
フェンディア――16年前、このル=メギアの地で共に戦った我が戦友。
ラクシーニュらと冒険した日々を、俺は今でもよく覚えているよ。
そんな友との久しぶりの再会を固い握手で応える。
懐かしい友の手は以前よりもずっと強く、気高ささえ感じさせてくれた。
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