第28話 冬の訪れ、心境の変化
「来た時はまだ暖かかったのに、たった三ヶ月でこれとはな……」
酒場の屋根上にて積もった雪をスコップで掬い投げ、「ふぅ」と一息。
一夜にして出来上がった銀世界はとても綺麗で
他の家もあらかた降ろし終わったようだ。
忙しいひと時を乗り越えた後の絶景はひときわ輝いているように見えてくる。
冬入り間際の大雪には驚かされた。
しかしこれも鍛錬だと思えば苦ではない。
「よし、あともう少しだ。がんばろう」
軽快にスコップを奮い、雪塊を飛ばしていく。
そんな中、一人の人影が道の向こうから走ってやってきた。
「この勢い、やはり御父上でしたか!」
この声に言葉、やはりサシェか。
嬉しそうに飛び跳ね、俺に向けて手を振ってアピールしてくる。
「だから俺を父上と呼ぶのはやめろとあれほど」
「しかし僕をダンダルト家の呪縛から解放してくださったのはあなた様ですから! 我が家に引っ越されることを常々お待ちしておりますよ!」
「前々から言っているが、俺は今の家から離れるつもりはないぞー」
まったく……サシェめ、大げさなことを毎度ながらよく言う。
ダンダルト家との確執を終えてからというものの、いつもこの調子だ。
いくら俺でも父と呼ばれることにはさすがに抵抗がある。
なにせ実子どころか恋人すらいたことのない身だからな!
……はぁ。
「我が屋敷の雪下ろしは終わっております故、ご安心を!」
「大丈夫だ、サシェがいるからと思って心配はしていない」
「さすがは師匠っ! その信頼を裏切らないよう日々精進いたしますっ!」
ああ、尊敬の眼差しが眩しい。
以前の荒みきっていた頃が嘘のようだ。
もはや崇拝とも言える雰囲気で、視線を合わせるのも気が引けてしまう。
「では僕は周囲の見回りに行ってまいります! 授業に遅れたら察してください!」
「おーう、気を付けてなぁ」
それでいてナチュラルマイペースは変わらずだ。
一体どうしたらこんな子に育つのか、ダンダルト候をぜひとも問い質したいね。
サシェを見送りつつ、屋根から最後の雪塊を叩き落とす。
よし、雪下ろしはこれで全部だ。
「おお、もう済ませてしまったのですか!?」
今度は入れ替わるようにロナーさんがやってきた。
自分の家の雪下ろしがやっと終わったのだろう。
「リアンさん、ありがとうございます。おかげで助かりましたよ」
「いえいえ、これも仕事の内ですから」
「代わりと言っちゃなんですが、余裕ができた時にでも呑みに来てくださいな。実は上等な奴が入ったんでねぇ、御馳走しますよぉ」
「おっ、いいですねぇ。それじゃあ今夜にでもお邪魔しようかな?」
ロナーさんの「クイッ」と飲む仕草が実にそれらしい。
おかげでもうお酒を飲んでいる気分にさせられるな。笑いが止まらん。
夜の憩いを楽しみにしながら家路へ。
雪で授業開始は遅らせたが、実施しない訳ではないのだ。
さぁて、今日もパン作りから頑張るとするか!
「あ、センセおかえり~」
……うん? なんでもうミーミルがいるんだ?
授業開始にはまだ早いはずだが。
「どうしたんだミーミル、こんな朝早くから? 授業開始が遅れると伝えていたはずだけど」
「んと、いつももらってばかりだから、少しはアタシもセンセのこと手伝おっかなって」
おお……なんて立派な心掛けを持つように。
いかん、あまりに感動して涙が零れそうになってしまった。
ま、俺としてはパンの感想を述べてくれればそれで充分なのだがね。
「そういって私の仕事を奪うのが目的であろう!?」
怒鳴り声が聞こえ、振り向けば背後にはエルデの姿も。
まぁ彼女がいるのは規定内なのだが、いきなり大声を出すのはやめてほしい。
「違いますー。エルデさんだけだとしくじりかねないから手伝ってあげているだけですぅー」
「はは……」
な、仲が良いようで結構。
二人はいつの間にかこんな調子だし、本当に仲良くなれる日が来るといいな、ホント。
小言が飛び交う間でパン生地を練り始める。
俺としては楽しくパンを焼きたいのだがね。
「なんだか最近、生地の量が増えていません?」
「そりゃ親御さんたちの来る機会が増えたからなぁ」
「今の時期はみーんな暇だもんネ。てっきりエルデさんが食べ過ぎるから増やしたのかと思っちゃった」
「私の適量がわからぬとは貴様も惨めな女よなー」
「はいはい、そうですネー」
子どもと張り合ってどうするんだエルデは。
魔龍王の威厳はいったいどこで消滅したんだ?
俺の諦念をたっぷり浴びた生地を丸め、千切って形を作る。
それから一つ一つを鉄板に乗せ、火を入れていた石窯へと投入。
「よし、後は私に任せろっ!」
「ああ、よろしく頼むよ。そろそろ子どもたちが来る頃合いだしな」
パンを焼き始めると、後のことをエルデに託す。
二人で悩んで考案した、調理したいという彼女の夢を叶えるための一歩だ。
たとえ食材には触れられなくとも待つことくらいはできる。
とてもささやかな一歩だが、エルデにとってはこの上ない前進だった。
あとはミーミルがちょっかいさえ出さなければきっと平気だろう。
しかしミーミルも空気を読んでくれているらしい。
今も石窯には決して近づかず、調理器具を洗うなどをしてくれている。
今の季節柄、冷たい水で洗うのは大変だろうに、健気で本当に泣けてくるな。
だがそう思っていた矢先、エルデの嬉しそうな表情が途端に曇った!?
「おい貴様、手が赤くなっているではないか!」
「な、なによ、冷たい中で洗い物したらこうなるに決まってるでしょ!?」
なんだ、ミーミルが何かやらかしたのか!?
エルデが突然立ち上がり、ミーミルの下へズカズカと歩み寄っていく!
しかもミーミルが狼狽える中、エルデがその赤く腫れた手の甲をバシッと掴んだ!
「手を寄越せ! こうしてくれる!」
「な、何を……あっ!?」
半ば強引にミーミルの手を水桶へと突っ込むエルデ。
だがなんだ? ミーミルの顔が苦悶から徐々に驚きへと変わっていく……。
「あ、あったかい……!? どうして!?」
「私が熱したのだから当然であろう」
「これってどうして……」
そうか、エルデの内包属性は暗黒と腐敗、そして熱。
彼女にとっては体温や水温すら操れる事象の一部なんだ。
「あ~えっと、それが魔法って奴だ」
「魔法! は、初めて見た……」
「何? 魔法も見たこと無いのか。そうか、ならば仕方あるまい」
そう、自然現象の操作する力、それが魔法。
実際に見せたことはまだなかったな。
それなら今後、授業に魔法を取り入れるのもいいかもしれないな。
もっとも、俺はそこまで魔法が得意ではないのだが。
「そう、そうだ。ゆっくりと集中し、波紋を広げるイメージを続けろ」
「こう……?」
思い悩んでいる間に、二人の雰囲気がまるで変わっていた。
あたかも親子のように体をぴったりと寄せ、穏やかに話している。
思っていたより面倒見のいいのが驚きだ。
龍が静かに人へ魔法を教える。
その後ろ姿が微笑ましくて、つい見入ってしまった。
「……ん? あ、おい、リアン!」
「え? ――あッ!?」
だが見入ってしまって別のことを失念していた!
気付いたら石窯から嫌な臭いが昇り始めている!
慌てて即座に扉を開いて敷板を引っ張り出す。
そうしたら中からこんがりと黒くなったパンの山がずらり出てきた。
『マチスギ イクラナンデモ ムリー』
「くうぅ、やっちまったぁ~~~!」
うっかりして本懐を忘れてしまうとは。
ミーミルが「あっちゃあ」と頭を抱えているが、これはフォローに回れなかった俺の責任だ。
「仕方ない、これは俺の晩飯にでもするかぁ」
「す、すいません、アタシが魔法を教えてだなんて我儘言ったばかりに……」
「気にする必要はなかろう。全てはこの男に責がある」
「そうだけどな、でもそれを君がハッキリと言うんじゃないよ」
こうは言ったものの、エルデ本人はハテナマークが見えてしまいそうなくらいにキョトンとしている。
どうにも責任の所在を理解していないらしい。
こういう不器用な所はやはり龍だからなのだろうなぁ。
「しかしそれほどマズくはないぞ。うん」
「って言っている傍からバリバリ喰い始めるのはどうなんだい?」
おまけに出来栄えにもあまり執着はないようだ。
だったらこの大量の焦げパンは是非ともエルデに贈呈するとしよう。
……だが、実際に与えたら本気で喜ばれてしまった。
手放しで喜ぶ姿が嬉しい一方で、罪悪感で苦悩させられるとは思わなかったよ。
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