第2話 伝説の再戦5秒前
かつては俺にも勇者と呼ばれていた時代があった。
今から20年も昔の話だ。
そもそも勇者とは強大な魔物に立ち向かえる冒険者たちへの敬称。
それほどの実力を持った者はみな勇者と呼ばれ、強敵と戦い、崇められてきた。
俺も当時その一人として、勇者の名に恥じぬよう戦い続けていた。
そんな中で俺は当時の最難関ダンジョンであった大霊魔窟へと挑み、最奥にて
それが魔龍王エルディオム。
古の時代より人間の文明を幾度となく焼き払ってきた伝説の大邪龍。
「まさかこのような場所で再び相まみえることになろうとはなぁ……ッ! いつか貴様に受けた恥辱、忘れはせんぞおッ!」
ただ今の彼は力を抑えるための仮の姿のままだ。
俺の目の前で人身に変身した様子は今でも脳裏に焼き付いている。
そしてあの恐ろしい実力も。
「この私を追い詰めたつもりだろうがそうはいかぬ! 我が力を再び見せつけ、貴様への復讐を果たしてみせようッ!!」
「お、おい待て! それは誤解だ! ここに来たのはただの偶然で!」
「グルゥオオオオ……!」
ダメだ、聞く耳を持たない!
彼の纏う魔力が赤く染まり、周囲一帯を包んでいく!
次第に地響きが鳴り始め、大地をも揺らし始めた……!
彼は本気だ。
20年前の復讐のために、この地ごと俺を消すことも躊躇わないつもりなんだ!
「さぁあの時の続きをしようか勇者リアン! その手に掴んだ得物を取るがいい!」
「これを、か……!?」
エルディオムが憤るままに俺の掴む袋を指差し、目を血走らせて睨みつけてくる。
ただ一触即発といった状態でも奇襲まではしてこない。
さすが魔龍王、その誇りまでは失われていないようだ。
……仕方ない、こうなったら俺も腹を括るしかない。
決意を固め、袋に手を入れて中の物をスススッと取り出す。
しかし当然ながら、中から出てきたのは焼きたてのパン。
それも遊び心で仕上げた、剣のように長く硬いパンだ。
そんな俺自慢の得物を前にして、あのエルディオムが驚愕を見せる。
「なっ!?
「これはナンではない、パンだ!」
「あ、いや、そうじゃなくてだな……」
「味は確かにナンかもしれないが、俺的にはパンだあッ!!!」
「そ、そう……」
勢いに任せて力説したら、途端にエルディオムの魔力がとろけるように収まった。
真顔で見つめてきている辺り、きっと俺に敵意が無いことをわかってくれたのだろう。良かった。
「俺は戦いに来た訳じゃない。ただこの焼きたてパンを賞味して欲しくて、引っ越しの挨拶ついでにお邪魔しただけなんだ! どうか信じてくれないか!?」
「引っ越し、だと!? じゃ、じゃああの隣家によりにもよってお前が引っ越してきたというのかあ!?」
「あ、ああ。住みやすそうだし、とても気に入っているよ」
「~~~っ!!!!!」
よほど俺が引っ越してきたことに驚いたのだろうか。
エルディオムの綺麗な顔が驚愕で歪んでマヌケに見える。
以前は冷酷な表情を見せるサディストのようでクールだったのだが。
「そもそもなんで君が人里にいる? 前に戦った際はあれほど人を嫌って憤っていたのに」
「う、うるさい! 貴様には関係無かろう!」
「え、そうなのか!? てっきり俺は昔提案した通りに人との共生を始めてくれていたのだとばかり」
「そっ、そんな訳がなかろぅ~~~! 魔龍王たる私が人と迎合するなどおっ!」
「じゃあなんでここにいるの……?」
「……」
ただ疑問をぶつけただけなのだが、途端にエルディオムが黙ってしまった。
なんだか物悲しそうな顔をしているようにも見えるが。
彼はこんなに顔芸が得意なドラゴンだったっけか?
「くっ、全ては貴様のせいだ! あの時に貴様が私に情けをかけ、殺さなかったばかりにっ!」
「俺の、せい……?」
しかしまもなく、本来のエルディオムらしい鋭い視線が刺してくる。
かつて人間を滅ぼそうと画策していた邪龍の眼がギロリと。
……ただ、その視線は即座に俺ではなくパンへと向けられているように見えなくもない。
「ならば貴様が責任を取るのが常識であろうっ!」
「あっ!?」
途端、エルディオムが俺のパンをバッと奪い取る。
しかも慌てる俺など気にせず、パンを頭上にぶら下げ、口をあり得ないほどに大きく広げて投下、パクッと一飲みしてしまった。
「ならばほれで貸ひ借りは無ひにひてやろう」
「お、おいおい、そういう食べ方があるかよ……」
本当に人間社会に溶け込んでいたのかと疑うくらいに酷い食べ方だ。
まるで全身を使ってパンをかみ砕いているかのように、ゴリゴリと大きな咀嚼音が聞こえてくる。
「ッ!? ~~~ッ!!! ほれは~~~っ!!!!!」
それでまた人らしい形に戻ったと思うと、今度はなんだか嬉しそうに赤らめた頬を両手で抑え始めたのだが?
「……マ、マッズぅ~い! これでは借りを返したとは言えんな! もう一つよこせ!」
「えっ!? あ、ああ……」
さらには俺の手から袋ごとパンを奪い取り、また一つパクリ。
またしても全身でゴリゴリといわせながらクルリと踵を返し、家の中へと戻っていく。
「お、おいエルディオム!?」
「よい貢物であった。ならば特別に今宵の貴様の行いを許そうではないか」
「俺、君の許しがいるようなことをしたの……?」
「だがこれ以上騒げば村の者に迷惑がかかるからな! 故に早々に帰るがよい!」
人の話を聞かない所は相変わらずだ。
自分のペースで話し続け、ついには一方的に戸をバタンと締められてしまった。
「なんだったんだ、まったく……」
相手があのエルディオムでも、さすがに押し入るほど肝は据わっていない。
それこそ伝説の戦いが再び勃発することになるし、今は従う方が無難だろう。
今日はエルディオムに戦う意思が無いとわかっただけで充分。
以前の彼なら否応なしに襲ってきただろうし、この変化の真意を確かめるためにも今は静観すべきだ。
――そう結論付け、俺は踵を返して家へと戻った。
全てのパンを取られてしまったために空腹は否めないが、今日は我慢するとしよう。
しかし空腹を堪えた状態での寝袋では、寝つきはそれほど良くはなかった。
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