古家の台所の話~アリテャ・シクーヨの謎
霧原零時
第一話 真夏に冷や汗が
これは、本当に体験した怖い話です。
――それは十年ほど前の、会社を辞めて、ニート生活を始めたばかりの頃の話です。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
おれは、七月からニートになってしまった。
ニートになったことも、まあ怖い話だが……。
けど――ほんとうにゾッとしたのは、あの日の夕暮れだった。
退職すれば、失業手当がもらえるという話を聞いて、
とりあえず最寄りのハローワークだけは行ってみた。
……それっきり、あとは、ずっとブラブラしていた。
というか、なにひとつ、やる気が出なかった。
それが、一か月が過ぎて、二日前くらいから、ふと思い立った。
心のリフレッシュと、身体にたまった余分なものを落とすために、
朝は野菜スムージー。
夕方は、軽いジョギング。
いつも格好から入るおれは、真夏だというのに、
週刊ポ〇トの裏に載ってた、あのボクサーみたいな
真っ黒の減量用ウェアを注文してしまった。
届いたウェアを着てみたら――鏡に映ったのは、ボクサー体型でもない、ボクサーウェアを着ているおれの姿。
着てみて、ちょっと恥ずかしくなって、
人の少ない日暮れ時を選んで、人気のない路地を走るようになった。
広い敷地に木立が生い茂る、寂れた古いお寺。
軒が傾き、今にも崩れそうな廃屋。
わりと近所のはずなのに、
これまで一度も足を踏み入れたことのなかった細い路地の先には、
まるで異世界みたいな、ちいさな発見がいくつもあった。
そんな中――
その日も気まぐれに、いつもと違う道を選んで走っていたら、
川を越えた先、広いお寺の裏手あたりの道に出た。
走りながらふと前を見ると、左手に、苔むした古い
それを通り過ぎたとき、ふいに空気がヒヤリと変わった。
うわっ、鳥肌……夏なのに……
(まさか、心霊スポットとか……勘弁してくれよ)
そのまま少し走っていくと、薄暗くて狭い路地を抜けた先、
左手に――まるで昭和の初め頃に建てられたような、古びた平屋が現れた。
垣根の上から、わずかに中庭が覗ける。
なんとなく目を向けたまま、ゆっくりと走り続けていると――
その家の台所の窓が、ぽっかりと開いていた。
中には、小さな食卓と、二脚の椅子。
部屋に電気はついていないけど、
よく見ると、薄暗い台所の奥――
食卓の向こう側に、白髪の老婆が座っていた。
背筋を伸ばして、外に向けて座りながら、
向かいの椅子のほうをじっと見つめ、やさしく微笑んでいる。
おれもつられるように、老婆が見ている先――
テーブルの手前側に視線を移した。
するとそこに、老婆と向かい合うようなかたちで、
茶色に近い金髪をした、小さな女の子がいた。
髪には、派手すぎない可愛いリボンが結ばれている。
少女は、テーブルに両手をつくようにして、
前屈みの姿勢で――おれには、背中だけが見えていた。
女の子は背を向けていた。
顔は見えないが、肩の下まで伸びた長い髪が、
ちょうど台所の窓枠のギリギリの高さで揺れていた。
室内には、それ以外に誰の姿もなかった。
……外人の子?
老婆は日本人なのに、子供(孫?)は外国人?
そして、おれがふと“違和感”を覚えたのは、
老婆が微笑みながら、その幼い子をじっと見つめているというのに――
二人のあいだに、いっさい会話がなかったことだった。
しかし、それよりも、もっと違和感を感じたのは
その女の子が、 ……
椅子に座ってるってことは、赤ちゃんではない。
けど――なんか、ちょっと……いや、かなり小さい。
どう見ても、身体のサイズは……二、三十センチくらい?
え? 人形か?
いや違う。たしかに小さいけど、
あれは“人形”じゃなかった。
だって……だって、さっき、頭が――動いたんだよ。
周りに民家はないし、
(ていうか、そもそもこの辺の雰囲気、普通に怖えし)
そんな場所で、窓の中をじーっと覗き込むのもアレだったから、
そのまま走り抜けたけど……
家に帰るまでのあいだ、
おれの頭の中はずっと、不気味さと『???』でぐっちゃぐちゃだった。
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