世界でただ1人の転職案内人 〜転職重ねて強化されまくった仲間たちが強すぎる〜

秋町紅葉

『転職案内人』

 ひょんなことで死んだ僕は異世界へと転生した。

 享年は18歳。

 大学受験を終え、高校最後の春休みを満喫している中での不幸な事故によるものだった。


 無念な最期の瞬間に考えたことは『どうせ死ぬなら異世界転生して美少女ハーレムを築きたい』とかいう、どうしようもないアホな思考。

 家族や友人についてではなく直近で読んだラノベに書かれていたうらやまけしからん展開が、死の間際に真っ先に脳裏を過るなんて我ながらどうかしてると思う。

 薄情すぎるし、楽観すぎるし、馬鹿すぎる。


 まぁ、でもそんなものだよね。

 男子高校生なんてのは、基本的に馬鹿な生き物なのである。


「――こうして転生したわけだから、今際の際の願いはどういうわけか叶えられたんだけどね」


 なお、ハーレムは付いてきていない模様。

 叶った願いは異世界に転生したいという部分だけだ。これは、ハーレムが欲しいなら自分で作れという神様の与えたもうた試練なのだろうか。


 ああ、神よ。

 年齢イコール彼女いない歴な恋愛弱者の僕に、何と過酷な試練を与えようと言うのです。


「そういえば前世含めたら28か。魔法使いになれるのは30歳からだから……嫌だな、現実味を帯びてきた」


「魔法使いですか。レグルス坊ちゃんは魔法使いになりたいので?」


 小さな独り言に返ってくる声。

 僕はつらつらと考えていた益体もない暇つぶしの思考を打ち切って、ガタガタ揺れる馬車の窓から外へと向けていた視線を正面に戻す。


 馬車に同乗しているのは仕立ての良い服を着た老人だ。

 どうやら僕の小さな独り言が、部分的に拾われてしまったらしい。

 問いかけてきた老人へと、僕は肩をすくめて答えた。


「どうかな。すべては神の思し召しだからね」


「神より授けられるは、望みのものが授けられるとは限りませんからな。ですが、坊ちゃんの場合は『魔法使い』ではなく『商人』を望むべきですぞ」


「そりゃあ『商人』がいいよ。期待外れとかって思われてがっかりされるのは嫌だからね。魔法を使ってみたい気持ちはあるけどさ」


 この世界では10歳になると天職が授けられる。


 天職には『戦士』や『魔法使い』といった戦闘関係のものや、『鍛治師』や『商人』といったという言葉がぴったりな天職など千差万別。

 そしてこの天職に付随して人々はスキルという力を得る。

 まるで、ゲームのような話だ。


 授けられる天職はある程度、本人の望みや親の天職によって左右されるらしいけど基本的にはランダム。

 望みのものが出たらラッキーくらいに考えておくのがちょうどいいだろうね。

 実際、希望通りというのは珍しいようだし。


「爺も、期待してるでしょ」


「もちろんです。上の坊ちゃんたち2人が旦那様と同じ『商人』の天職を授かれなかったものですから、レグルス坊ちゃんに期待がかかるのは当然かと」


「困ったもんだよ。まぁ、本当にかわいそうなのは妹だけどさ。仮に僕がダメだったとしてもあの子がいるけど、その次はないからね。なんとか僕が『商人』を授かることができたらいいんだけど」


 ――レグルス・マーダ。

 それが今世の僕の名だ。エルツ王国にあるバウレンという街で、商人の家の三男として生まれた。

 商人の家庭ということもあり生活は裕福。

 前世の日本ほど発展していないこの国で、明日の心配もなく生きていけるのは恵まれているのだろう。


 異世界転生系のラノベや漫画での定番の転生先は貴族だったと思う。

 だけど貴族だと様々なしがらみがありそうだから、平民でありながらお金に困ることのない商人の家というのは、もしかしたら貴族に生まれるより良かったかもね。


「なんにせよ、このあとすぐわかること」


 僕は窓の外へと再び視線を向ける。

 ついさっきまでうるさいほどに聞こえていた街の喧騒が遠のいて、馬車は静かな街の区画へと入っていた。


 街のシンボルである大きな教会がすぐ近くに見える。


 今朝、僕は10歳になった。

 僕はこれからあの教会で天職を授かることになる。

 果たして吉と出るか、凶と出るか。


 親の望む『商人』の天職を得られるか。あるいは、『商人』でなくとも優秀な天職を得られるかもしれない。

 はたまた、大した天職を得られず落ち込むことになるか。


 期待と不安の中で、僕はただその時を待つしかなかった。





 教会に着く。

 出迎えた神父に少しばかりの寄進をして、天職を授かる儀式を行いたいと伝えると個室に案内された。


 目の前に神を模した神像が置かれた部屋に1人残ると、事前に神父に言われていた通り跪いて祈りを捧げる。

 すると、脳内に知らない声が響いた。


『神の子レグルスよ。お前に『転職案内人』の天職を授けよう。この祝福と共に、新たな道に進みなさい』


「……………………ん?」


 もしかして、これで終わりか?

 頭の中に神と思わしき男性の声が聞こえてきたのはびっくりだけど、やけにあっさりしてるな。

 結構緊張してたんだけど、拍子抜けだ。


 気を取り直して……と。


「『商人』じゃなかったのは残念。だけど、『転職案内人』って何だろ。初めて聞く天職だ」


 僕は事前に天職について少し調べてきていた。


 有名なものや出現率が高いものなど、そういった天職については情報が知られているので、本などで調べればどんな天職があるのかはある程度わかるのだ。


 だけど、そうやって調べてきた中に『転職案内人』という天職はなかった。

 つまり、前例の少ないレア天職だ。

 珍しいから必ずしも良い天職とは限らないけど期待は高まる。


「えっと、スキルは……」


 意識を集中してみると、僕に宿った『転職案内人』の持つスキルの名前と使い方がなんとなくわかる。

 危険なものではないと感覚で理解した僕は、さっそくとばかりにそのスキルを使用してみた。


「対象は僕自身に――〈人物鑑定〉」


 そのスキルによって脳裏に情報が浮かび上がる。


 ――――――――

 レグルス・マーダ(10)

 ・素質

 筋力:F 耐久:E 敏捷:D

 器用:C 魔力:A 精神:C


 天職:『転職案内人』

 レベル:1/500

 ・スキル

 〈転職〉〈人物鑑定〉〈経験値増加〉


 〈転職〉

 ・他者の天職を任意で変更する。最大レベルで転職した場合、能力の半分を引き継ぎ、その天職のスキルを2つ固有化して転職することができる。

 ・転職可能な天職は『転職案内人』のレベルが上がると増える。

 〈人物鑑定〉

 ・自分、他者の能力を確認できる。

 〈経験値増加〉

 ・自分、仲間の取得経験値を増加させる。増加率は『転職案内人』のレベルによる。

 ――――――――


「…………これやば」


 その天職とスキルの内容に、僕は唖然と呟いた。

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