擬人化

 智天使が帰った後。


 俺は、リビングのソファに沈み込んだまま、天井をぼんやり見上げていた。


 疲れた。

 心の底から、疲れた。


 ――そもそも。


「……普通に、なんか……人型とかになれないのか……?」


 思わず、口からこぼれる。


 せめて、普通に人型だったら、ここまで精神を削られなかったんじゃないか。

 もうちょっとこう、見た目的にマシな感じで。


 そんな俺の呟きに、ふよふよ漂っていた天使がぴょこんと跳ねた。


「できるよぉ~っ☆」


 即答だった。


 俺は、ぽかんとした。


「……え? できんの?」


「できるできるぅ~っ♪ ごしゅじんさまがお願いしてくれたら、すぐやるよぉ~っ☆」


 もっと早く言え。


 ……いや、俺がもっと早く聞けばよかった。


 俺は思わず立ち上がり、天使に詰め寄った。


「……お願い、します!」


「はぁ~いっ☆ じゃあ、へ~んしんっ♪」


 ふよふよの天使が、くるりと一回転した。


 その瞬間。


 ぱあっ、と光が走る。


 目を細めた次の瞬間――そこに「人型」が立っていた。


 一応、人型だった。


 白いワンピースみたいな服を着た、スラリとした小柄な少女。

 肌は、血の気がないほど真っ白。

 そして、背中、腰、頭上から、それぞれ三対の翼が生えている。


 だが、決定的に違和感があった。


 顔にあるべきパーツ――それらが、なかった。


 その代わりに。


 白い肌にも。


 翼の羽根にも。


 ――無数の目玉が、生えていた。


 ぱち、ぱち、ぱち。


 全身の目が、一斉に瞬いた。


「う、うわああああああああああああああっ!!」


 思わず、叫んだ。


 俺は叫びながら、ソファに後ずさる。


 ダメだ。


 無理だ。


 見た目が人型になったところで、異形は異形だった。


 そもそも、元の姿では翼に目なんか生えてなかった。

 なんで増えてるんだよ。

 どういう進化だよ。


 震える声で、俺は必死に言葉を絞り出した。


「……や、やっぱり……戻して……」


 目の群れが、ぱちぱちぱちと俺を見つめる。


 無理だ。

 無理すぎる。


 かろうじて声を絞り出しながら、俺は尋ねた。


「そ、その……その目玉……どうにかできないのか……?」


 ふよふよ天使は、小首をかしげた。


「う~ん……無理だよぉ~☆」


 あっさり言いやがった。


 俺は膝から崩れ落ちそうになるのを必死で堪えながら、震える指で天使を指差す。


「……と、とりあえず! 元の姿に戻してくれ!!」


 人型でこれとか、もう色々とアウトだ。

 異形のままなら、まだ異形として認識できた。

 でも――


 中途半端に人型で、全身に目玉とか、

 本当に、精神が持たない。


「はぁ~いっ☆ もどりま~すっ♪」


 ふよふよ天使が、またくるりと一回転した。


 ぱあっ、と光が弾ける。


 次の瞬間、そこには――いつもの、くるくる回る環と、三対の翼、無数の目玉の“構造体”がふわふわと浮かんでいた。


 ……これも、これでだいぶ精神を削られる光景ではある。


 あるけど。


 ――まだ、こっちの方がマシだ。


 俺はソファに沈み込みながら、そっと胸を押さえた。


 ひとまず落ち着いたところで、改めて聞く。


「……なあ。なんで、その、目玉……消せないんだ?」


 ふよふよ天使は、くるくる回りながら答えた。


「えっとねぇ~っ☆ 目玉はぁ~、天使が“天使”でいるために、必要なのぉ~っ♪」


「……天使でいるため?」


「そだよぉ~っ♪ おめめはぁ~、“かしこさ”とかぁ~、“観察”とかぁ~、“真実をみるちから”とかぁ~、そういうもののシンボルなのぉ~っ☆」


 ぱちぱちぱち、と無数の目が瞬きながら、天使は朗らかに言う。


 ――つまり、目がないと、天使として成立しないってことか。


 俺は思わず、ため息をついた。


「……そっか」


 理解はした。


 したけど――

 精神的に、受け止めきれるかは、また別の問題だった。


 心臓がまだバクバクしている。

 全身から、じっとりと汗がにじんでいる。


 ……もう、無理だ。


 俺は、ソファに突っ伏したまま、そのまま、震えながら眠った。

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