if:もう一つの結末
「何故撃たなかったのですか?」
手を伸ばせば届くほどの距離で、私はそう言った。彼は私よりも背が高く、顔を見るには少し見上げなければならなかった。
いつの間にか彼の銃は降ろされている。
確かに撃つタイミングは本人の自由だから、いつまでも撃たないという選択肢はある。しかし、普通なら相手が先に撃ってくるかも、という恐怖に耐えられない筈だ。
私は王子が臆病な性格である事を知っている。だからこそどこかで耐えられなくなるだろうと思っていた。その結果として私は死ぬかも知れないとも。
「……最初、君は僕を殺すつもりなのかと思っていた。」
「だが、それならもっと遠くから、君は僕に当てられたんじゃないか? だが君は歩いてくるだけで、何もしようとはしなかった」
「ならば、僕に君を撃つ理由もない。と、思ったんだ」
王子は眼の前の私から顔をそむけて、囁くように言った。
「知っていたのですね、私の趣味の事を」
「ああ、知っていた。一応は婚約者として、君のお父様から聞かされいていた」
「あの時のことを未だに良く思い出す。僕はあの時つい考えてしまったんだ。君なら苦も無く鹿でも狼でも仕留められたのかも知れないと」
「それが恥ずかしく、情けなくて……君に失望されるかも知れないと思った」
「ならばいつかそうではない、君にふさわしい男になってから、改めて向き合えればと……」
言葉を重ねるたびに、まるで何かが溢れていくように、少しずつ王子の声は大きくなっていった。
私はそんな彼をじっと見つめていた。
「だが結局できなかった。私は君に合わせる顔がない」
王子は目に涙をためながら、私に向き直っていった。
「……改めて、僕との婚約は破棄してくれないか」
それは私が今まで見た中で一番かっこいいと思える表情だった。私に笑いかけるような、あるいは自嘲しているかのような笑み。
多分、彼の中にある勇気を振り絞っていたからだろう。私は思わず、初めて会った時の事を思い出した。
まだ子どもだった頃、初対面で精一杯背伸びをしていた碧い目の男の子の顔を。確かにあの時の彼は、私の王子様だった。
私は一瞬硬直してしまった。こんな事になるとは想像していなかったからだ。
私には撃つ気はなく、私は死ぬか、情けなくも彼が銃を外したせいで生き延びる予定だった。
こんなに情けなくもかっこいい表情を向けられて、私が選択する側になるとは思いも寄らなかった。
銃口を向けられていた時よりも、遥かに長い時間が立ったような気がする。
暫くしてようやく口を開くことができた。彼が言えなかった事を告白したように、私もあの時言えなかった事を言わなければと思ったのだ。
「その前に一つ、言いたいことがあります。私がずっとお伝えできなかったことです」
「……聞こう」
「別に、そのままで良いと思います、私は」
私はあえて茶化すように続ける。
「確かに貴方は素敵な殿方からは程遠いと思います。良いのは顔だけで、意気地なしで、思い込みが激しかった」
「でも、私を見て泣いてくれるのならば――それで良いと思います。私は」
「本当にそう思うのか」
「でなければ、何故私が王子を追いかけていたと思うのです?」
王子は更に、長い長い時間をかけて沈黙した後、外であるというのに片膝をついて言った。
「……済まなかった。改めて、僕と結婚してくれないか、セレスティーヌ」
「最初からその予定だったでしょう?」
銃を捨て、私がそっと右手を差し伸べると、彼は拝むように両手を添えた。
当然この一部始終はパーティの招待客に見られていたため、私達は彼らを見送りながら、箝口令を敷いて回らねばならなくなった。
効果があるのかは極めて怪しい。明後日までには恐らく王都中に顛末が広まっているだろうと考えると頭を抱えたくなるが、少なくとも表向きには何もなかった事になるはずだ。
何しろ一発の銃弾も放たれていないし、何かが変化した訳でもないから、国王陛下とお父様も隠蔽に加担してくれるだろう。実効性はさておいて。
招待客の中でも、エリザベート伯爵令嬢には一番気を遣わねばならなかった。
「私は当て馬だったのですね……」
彼女が自ら呆れ気味に言うように、この三人の関係は極めて微妙だ。
私が王子を誑かされたとキレるのもちょっと筋違いで、王族ともなれば側室や愛人が居ても別に通念上問題はない。
むしろ正室予定の身としては寛大に接するのが正しい態度でもあり、私個人としても彼女を恨んでもいないから、声をかけづらい。
王子とエリザベート嬢の関係も、王子側が一方的に弄んで捨てたと見えなくもない。要はとても気まずい。
「本当に済まなかった」
「いえ、そうかも知れないとは思っていましたから、お気になさらず」
聞けば、エリザベート嬢との逢瀬の間も王子はどこかうわの空に感じられたという。浮気すら下手な婚約者を持った事を喜ぶべきか悲しむべきか、個人的には更に微妙に感じる。
「それに、良いものを見せていただきましたから」
エリザベート嬢は微笑みながら、立ち去る間際にそう言い残していった。
彼女はこの後私と王子共通の友人になったが、忘れた頃に今日の事を持ち出してからかってくる。実はいい性格をしていた訳だ。
「さて」
全ての客を帰した後、屋敷の広間には私と王子だけが残った。
私はわざとらしくにこやかに、王子の方を向いた。流石の彼も、ここで言う台詞は分かっている。
「この後はどうされますか?」
「……帰れる訳がないだろう? 泊めてもらうよ。したい話も多すぎる」
「そうですね。では、私のお部屋へ参りましょうか」
私は王子の手を取って、長い廊下を歩き出した。
「もしご予定の無い日があれば、いつか狩猟に連れてっていただきたいのです」
「構わないよ。むしろ君に教えてもらう事も多そうだしな」
「ええ、教えて差し上げますわ。色々とね」
決闘令嬢は初恋を殺す 不来方 @kozukata34
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます