第7話「消えた居場所」

 いつの間にかユアは盗撮され、その姿が動画として上げられてしまった。このことから店に迷惑を掛けないためにも退職した。


 問題は二つ出て来た。一つ目は動画について。盗撮し動画を上げた犯人の目星はついているため、逮捕も時間の問題だった。

 しかし犯人が捕まっても拡散されていれば、人々の記憶から消すのは難しかった。令嬢系リアチューバーは主にユアの知名度もあったため、今現在も動画の情報を交換している人々もいるかもしれない。

 もう一つは働き先を失ったこと。ユアは資金を貯めるために弁当屋で六時間ほど働いて来た。ミラーレでの経験が活きたため、仕事もすぐに覚えられたし人間関係も良かった。それでも、辞めざるを得なくなった。新しい働き先を探したくても、動画の存在もあるので今は難しいかもしれない。再生数までは確認出来なかったが令嬢系リアチューバーはチャンネル登録者数が万単位まで増えたため、出演者の現在を好奇心たっぷりで見たがる者は少なくないはずだ。

 寮のほとんどの者は令嬢系リアチューバーを知っていた。きっと今回の動画ももう知っているかもしれない。ユアは重い足取りでアクセプト寮へ帰って行った。


                 ◇


 食堂に入ると空想組が楽しそうに話をしており、その中央にはアヨがいた。その様子をユアは違和感を覚えながら見つめた。


「ユアっち、おかえり~!」


 唖然としているとギャル組のソウカ、ヒース、ズノの三人が出迎えて来た。


「見たよ、動画! 弁当屋頑張ってるじゃ~ん!」とソウカ。


 案の定、動画はもう視聴されていた。新しいもの好きのギャル組が放っておかないわけが無かった。


「エプロン姿、似合い過ぎてウケるんですけど!」

「もう天職だね~!」


 ヒースが小馬鹿にした後で、ズノもからかうように言った。

 空想組は席に着いたまま哀れむような目でユアを見ていた。ギャル組と違って、彼女が今回どんな思いをしたのか手に取るようにわかっていたのだ。

 しかしユアは空想組とアヨが一緒にいることが気になった。彼女は空想組に絡まず、ずっとギャル組と一緒にいたはずだ。


「あんたでも弁当屋で働けるんだ? ドジだからああいう素早さを求める仕事、出来ないと思ったのに」


 アヨはユアの方を見ずに手元のスマホを見ながら皮肉を言った。横で聞いていたギャル組が「アヨっち、きつ~い!」「めっちゃ鬼!」と一斉に笑い出した。


「明日から気を付けなさいよ。動画の再生数がもうすごいし、あんた目当てで来る客も出て来ると思うから」アヨはアドバイスをするが、その目線はやはりスマホへ注がれたままだった。


「仕事なら辞めて来た」


 ユアが呟くように言うと、食堂の空気が変わった。ギャル組は笑うのを止め、空想組は驚いた後で納得するような眼差しになり、アヨはスマホから目を離し、ようやくユアを見た。


「辞めたって……これからどうするの?」


 アヨが呆然としながら聞いて来た。


「新しい仕事を探す。でも今は無理。動画のこともあって探しにくくなると思うから」

「でも来年の大学のためにお金稼ぐんでしょ? 働いていない期間があったら貯まらないわよ?」

「わかってる……」

「わかってない! あんたはいつもそう! 肝心な時にドジして失敗する! そういうのは“わかった”って言わない。ただの知ったかよ!」


 アヨが怒鳴り出すと、ユアは逃げるように食堂を出て自分の部屋へ走って行った。


                 ◇


 部屋に戻るとベッドに入って布団を頭まで被り、何も考えないことにした。そうでなくても動画と退職のことで頭がぐちゃぐちゃだと言うのに、今はアヨの説教は聞きたくなかった。

 しばらくするとタハナ、ラッカ、タイシの三人が入って来た。アクセプト寮は二人で一部屋で、ユアはタハナと同室だった。三人はひどく心配しており、タハナはユアの分の夕食を持って来てくれていた。


「ユア、大丈夫? これ夕飯。食べた方が良いよ」

「……ありがとう」


 ユアはベッドから出ると、タハナが持って来てくれた夕飯をローテーブルに置いて食べ始めた。


「食べてる時に悪いけど、聞きたいことがあるの。ユアって前から“大学のために”って働いているけど、奨学金もあるんだよ。施設育ちでしょ? 受けれるんじゃないかな」ラッカが提案した。


「知ってるよ。でも将来のためにも今から貯めときたいの。奨学金もそのうち返さないといけないし」


 ユアは口を押えながら答えた。タハナ達と違ってユアやアヨには実家も家族も無い。自分達で働いて稼がなければならなかった。


「そっか」タイシが納得の返事をしてから続けた。「じゃあアヨの気持ち、わかるんじゃないの?」


 ユアは驚いて食べる手を止め、タイシを見つめた。


「アヨ、怒ってたじゃない? あれはユアの為を想って言ったんだよ」次にラッカが言った。

「動画のこと、ビックリしたよね……。ユアが焦るのもわかるよ。でも将来のためにお金を貯めたいならそんなのに構っている暇、無いと思うんだよ。言いたい奴には言わせとけばいいだけだし」さらに、タハナまでアヨを庇った。

「アヨだって”本当はギャルのブランドで働きたくない”って言ってた。でも、“将来の為だから”って妥協しないで働くことにしたんだって。ユアもそういうとこ、見習った方がいいんじゃない?」

「どうしたの、みんな? 何でアヨの味方するの……?」


 ユアは目の前の三人が信じられず、食べる手が完全に止まってしまった。


「すっごく良い人じゃん!」タイシが明るく言った。


 彼女は空想が大好きで、将来はその関係の仕事に就きたいと考えていた。そのことをアヨに打ち明けると、タイシが行けそうな距離の会社や出来そうな仕事についても色々調べてくれたらしい。もちろんアヨに会社のコネは無い。しかし昔から彼女にはすぐに調べる癖があり、友人が困っていると徹底的にネットで探り出すのだ。現時点でタイシには大学があり、空想関連の勉学にも励んでいる最中なので就職は難しい。それでも彼女はアヨの行動力が嬉しかった。

 ラッカは気が強いのと思ったことをすぐ口にする性格でアヨと意気投合した。アヨは自身を「気が弱い」と言っているが、ラッカは友人であるユアの為に人目をはばからず叱る彼女に胸を打たれたと言う。

 最後にタハナから衝撃の質問をされた。


「ユアって、空想の世界に行けるの?」


 ユアは飲んでいた水を喉へ詰まらせ、咳き込んだ。急いでタイシが背中をさすった。


「な、何で……?」落ち着き、言葉を絞り出して聞き返した。


「アヨから聞いたの。“ユアは昔から空想の世界へ行ける”って。まるで本当に見て来たみたいに言うから、本物だって言ってたわよ」


 返事が出来なかった。ユアはここで空想世界へ行く話はしたくなかった。もし話してしまうと、誰かが離れて行く可能性があったからだ。


「本物って何よ? 空想自体が作り話だって言うのに」

「アヨは良い人だけど、それは信じられないな。ユアの二次創作でしょ?」


 ラッカとタイシは既に信じていなかった。ユアにとってはちょうど良かった。昔は「どうして信じてくれないの?」と落ち込んでいたが、大人になった今はなるべく話したくなかった。


「もし、イマストファイブの世界に行けたら、連れて行って欲しいな。私、ティミーに会いたい!」


 タハナが期待の眼差しを向ける。話を合わせているのか、単に空想の世界に行きたいだけなのか、まるで旅行へ行くようなトーンで懇願した。


                 ◇


 寝る前。同室のタハナはもう眠っていた。ユアはオレンジ色に光るベッドサイドランプを点けて勉強をしていたが、眠くなって来たので眠ることにした。思えば今日は自身の新しい動画が上がったり、働き先を失ったり、友人たちがアヨの味方になった上、空想世界のことまでバレるなど良い一日ではなかった。


(仕事のことはまた明日考えればいいか……)


 ユアは長い間スリープにしていたスマホをつけた。寝る前に電源を落とす為だった。

 メールが一件届いていた。見知らぬアドレスだった。文章の頭に「アヨです。アドレスはタハナたちから聞きました」と書かれていた。リアリティアには無料でチャットや電話が出来る「LIFE」という名のアプリがあった。だが連絡先を交換していないため、アヨはメールを送って来たのだ。

 メールにはこう書かれていた。


「夕飯の時の続きだけど、動画のことがあって仕事を探しにくいのはわかる。でも施設を出て、大学にも入っていない人間が贅沢言っている場合じゃないと思うんだけど。高校に入学してから“アヨたちは普通の学校だから自由でいいね”みたいなこと言ってたけど、私から見ればリマネスに何でもしてもらったり引き取ってもらったあんたの方がよっぽど自由にしてたわよ。それなのにリマネスに恩返しせずに、動画で色々晒して仇で返すなんて! 一人になって働けるようになったら“動画で晒されたから無理”じゃこの先、生きていけないからね? そもそも盗撮されるような隙を作るのも悪い! もうすぐ二十歳だよ! もっと要領良くなってよ! 現実でいい男見つけて養ってもらうとか、もっと考えたら?! もう子供じゃないんだから、いつまでも“イマストが~”とかゲームにうつつを抜かさないで! ボーっと考えてるから成長できないんだよ! そうでなくてもあんたはドジなんだから、もっとしっかりしなさい!!」


 いきなりの長文による説教で、ユアの頭はさらに混乱した。このメールには返信しないで床に就いたが、一気に押し寄せた不安でしばらく寝付けずにいた。

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