第2話「それぞれの今」

 ユアは現在、女子寮「アクセプト寮」から近所にある弁当屋で働いていた。育った養護施設「グロウス学園」の職員補助が新しい人に代わったため、転職したのだ。ミラーレでの経験が活きており、弁当屋に決めて正解だった。

 そして来春の大学入学を目指していた。それまでにお金を貯め、勉強もコツコツと頑張っていた。


 ディンフルは邪龍や魔物が大量に猛威を振るっているので、国王からその退治を任されていた。ディファートそのものはフィーヴェで保護される対象となり、虐げられることも嫌われる心配も無くなった。

 しかし、理解者はまだ少なかった。ディンフル自身もフィーヴェを支配していた魔王だったので、その報復で睨む人間も少なくなかった。邪龍と魔物退治は自身とディファートの信頼回復のためでもあったのだ。


 フィトラグスはディファートを受け入れる国作りの準備を進めていた。今まで放置されていたディファート問題だがこの度、故郷のインベクル王国を中心に保護することが決まり、今は準備に追われていた。邪龍問題も視野に入れていたが、それは魔導士らやディンフルに任せていた。


 ティミレッジは世界中に蔓延はびこる邪龍について、ソールネムら魔導師と共に研究していた。超龍亡き後に現れた邪龍の集団が超龍と直接関係があるのか、巣窟はあるのか、様々な調査に携わっていた。もちろん退治にも参加しており、国王に依頼された魔導士と共にディンフルに力を貸していた。


 オプダットは故郷でチェリテットと共に、ディファートが暮らせる集落作りを任されていた。これはフィトラグスからの提案で、言い渡された時は喜んで引き受けた。武闘家を育てるチャロナグタウンでは、持ち前の筋力を活かした新たな集落を作りに向いていると思ったからだ。インベクル王国の頼みということで町民のほとんどが賛成し、協力を申し出た。中にはまだ反対派の声もある。

 集落作りは順調に進んだ。だがオプダットの言い間違いが多く、新たに出会ったディファート含めた皆から「勉強からやり直した方がいい」という意見も少なくなかった……。


 超龍と戦った一行はユアを含めて、それぞれ忙しく過ごしていた。


                 ◇


 ミラーレに行った翌週、ユアは再びディンフルと会う約束をした。「しばらくは会えない」と言われたが、前日に彼から「久方ぶりにリアリティアを見たい」と急に誘いが来たのだ。

 待ち合わせはユアが住むアクセプト寮の前。わくわくしながら門の前で立っていると、ディーンの姿になったディンフルが歩いてやって来た。


「待たせたな」


 ディンフルはリアリティアに来る時は「ディーン」という名の青年に変身する。これは彼のマントを使った変身魔法。リアリティアでは知名度があるゲーム・イマストファイブの魔王のままでは人々から注目を集め、歩きにくくなるからであった。

 やって来た彼をユアは喜んで迎えるが、同時に違和感を覚えた。


「徒歩で来たの?」


 いつも彼が来る時は、魔法でユアの前に突然現れる。周りに人がいるかは空間移動をする前に察知出来るのだ。しかし、今日は何故か道を歩いて来た。


「これには理由がある。来い!」


 ディーンは急に後ろを向いて呼びかけると、曲がり角の塀から赤茶色のウルフカット、紺色のショートヘアに丸眼鏡、そして色黒で金髪の出で立ちをした三人の青年がやって来た。


「どなた……?」


 ユアは目を丸くした。ディーンが連れて来るということは異世界の者に違いないが、彼らは初めて見る顔だった。呆然とするユアを見て、ディーンたちは一斉に笑い出した。


「本当にわからぬのか?!」

「わ、わかんないよ! 初めて会うもん!」

「初めてじゃないよ、ユアちゃん!」


 紺色ショートヘアで丸眼鏡の青年が笑いながら言葉を発した。彼の声と呼び方にユアは聞き覚えがあった。


「も、もしかして、ティミー?!」

「あったりー!」


 言い当てられ、青年は嬉しそうに笑った。

「ということは……?」あとの二人を見ると、すぐに答えが出た。


「フィットとオープン?!」

「ご名答」とクールな赤茶色のウルフカット。

「正解!」と親指を立てて「いいね」の手をする色黒の金髪。言い終えてから「“ご名答”って何だ?」と質問すると、あとの四人がずっこけた。


 フィトラグス、ティミレッジ、オプダットの三人が、ディンフルと同じようにリアリティアの住人のような姿になっていた。ユアは驚きで言葉が出なくなり、考えた末に何とか声を絞り出した。


「な、な、何で……?」

「空間移動のレベルを上げて、リアリティアへ来られるようになった話はしただろう? それと同じで変身能力のレベルも上げたのだ。その結果、一日に何度でも変身可能になった上、他者も変えれるようになったのだ」


 ディンフルの変身能力はマントを覆うことで使われていたが、魔力を大幅に消耗するため一日に一度しか使えなかった。今は四人以上の変身が可能になった。

「本当に努力家だな……」とユアは改めて彼の凄さを知り、脱帽するのであった。


「ディンフルさんから聞いたよ。こっちの世界じゃ、僕たちの知名度があるから普通に出歩けないって」

「だから、マントを借りて姿を変えたんだ!」

「被る時に抵抗はあったけどな……」


 変身したティミレッジとオプダットが言った後で、フィトラグスが気まずそうに言った。


「何で?」とユア。

「だって、魔王の使い古しを頭から被るんだぞ……」


 彼の不満に、ディーンがカチンと来た。


「定期的に洗っているのだがな……。文句があるなら、お前だけ元の姿のままでいいのだぞ。そして、リアリティア中から注目を浴びまくれ」

「それが嫌だから、お前のマント使ってやったんだが」

「“使ってやった”? 妙に上から目線だな」


 敵対していた時ほどではないが、軽く険悪な空気に包まれる。ユアはあとの二人へ耳打ちした。


「ど、どうしたの……? 仲良くなったんじゃなかったの?」

「途中までは良かったんだけど、意見の食い違いが多くて、元通りなんだよ……」

「で、でも、前みたいに剣を出すことは無くなったぜ!」


 超龍との戦いの後、ゲームの主役とラスボスという関係だった二人はようやく和解したが、また元の敵対関係に戻っていた。しかし、ディファートを守りたいという思いは両者共通なので、オプダットが言うように前みたいに戦い合うことは無いようだ。それだけでもユアは安心した。


「それより、今日はどこへ行くんだ? ディンフルのオススメの店があるらしいが?」

「そうだ。それよりもだな……」


 フィトラグスに名前を呼ばれ、ディーンは苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「この姿で本名はやめた方がいい。仮の名前を決めた方が後々、楽である」

「仮の名前?」とオプダット。

「リアリティアは妙にややこしく、名前を登録しないと利用出来ないものが多いのだ」

「噂には聞いてたけど、フィーヴェには無いシステムが数多くあるみたいだね?!」今から目を輝かすティミレッジ。

「そういうのが必要ならあらかじめ言っててくれよ。前の晩から考えて来るのに……」やはり、文句を垂れるフィトラグス。

「まあまあ。じゃあ、今から考えよう! ディン様が本名をアレンジした“ディーン”だから……」


 ユアはディンフルの時のアレンジにヒントを得て、フィトラグスらへ提案した。


「ラルス、ティム、ダットってどう?」

「フィトラグス……最後の“ラグス”を変えたのか?」

「僕のは“ティミー”を縮めたの?」

「俺のは最後からそのまま取ったんだな? いいじゃねぇか!」

「僕も賛成!」

「これなら、バレなくて済むな!」


 三人全員、賛成だった。名前も決まったところで、ディーンは四人をある店へ連れて行った。


                 ◇


 やって来たのは、ユアとディーンオススメのラーメン屋。ここに来て、もう何度目かになるので大将とも顔馴染みになっていた。


「おや? 今日は友達も一緒かい?」

「ああ。人数が多い故、ボックス席を希望だ」


 ディーンの提案で、大将は空いていたボックス席に五人を通した。何度も通ううちにディーンは、店の構図がすっかり頭に入っていた。


「ここが例のラーメン屋さんですか?」

「そうだ。お前たちは食べたことがないだろう? 一度食べてみてくれ。やみつきになるぞ」


 得意げに話すディーンを見て、他の三人は絶句した。


「何だ……?」彼らの反応にディーンがムッとした。


「お前、食に対してニヤニヤする奴だったか……?」とラルス(フィトラグス)。

「“ニヤニヤ”とは何だ?! 美味いから勧めているのだろう!」


 ラルスの言い方へディーンが怒鳴ると、横からティム(ティミレッジ)とダット(オプダット)が諫めた。


「まあまあ! フィット……じゃなくて、ラルスは驚いたんですよ。ディーンさんが自信たっぷりに何かをオススメするのは初めてなので……」

「そうそう! 俺らもちょっとビックリしたぜ」

「そうなのか……? なら、すまぬ」

「全然いいぜ! ディンフルが勧めるってことは相当美味いんだろ? 楽しみだぜ、そのっての!」

「“ラーメン”だ! あと、名前も“ディーン”と呼べ!」


 テンションが上がり、つい大声になるダットへディーンがつっこんだ。ダットが言い間違う上にうっかり本名を呼ぶという予感が的中し、ユアは冷や汗をかいた。

 せっかく楽しい時間を過ごすので、ゴタゴタが起きる前に早々とラーメンを注文した。


 店は混んでいなかったので、ラーメンはすぐに来た。ラルス、ティム、ダットが一口食べると……。


「うっま!」

「美味しい!」

「うめ~!!」


 三人同時に感嘆の声を上げた。


「そうだろう?!」


 ディーンも共感するとラーメンを一口食べ、「いつ食べても美味い……!」と頬を緩めた。

 四人の感動する姿をカウンターから見ていた大将は「俺のラーメン、みんなも気に入ってくれたのか……」と、嬉し涙を流すのであった。やり取りを見たユアは店内にいるわずかな客から注目を浴び、恥ずかしくなった。


 そしてこの時、ディーンたちにあるものを勧めようと決心するのであった。

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