第39話 リーベの案
すべてを話し切った後で、僕ははたと我に返った。
思わず王城時代の部下に相談を持ち掛けられた時のアドバイスのように、持論を繰り広げてしまった。
赤の他人に突然こんな事を言って、少しお節介が過ぎたかもしれない。
気を悪くしていないといいんだけど……と思いながら、チラリと彼女の顔を盗み見る。
「……その絵、私も見てもいい?」
「え、あ、どうぞ」
僕の言葉に、答えは返ってこなかった。
しかし「絵を見せてほしい」と言った彼女の声はすっかり穏やかで、突然の申し出に驚きはしたけど、反面少しホッともした。
絵を渡すと、彼女は数枚をゆっくりと見ては捲っていく。
「とてもいい絵だね。なんか、どれも温かい感じがする」
「改めて言われるとちょっと照れるけど、ありがとう。さっきはゴミスキルなんて言ったけど、君と同じようにこの絵を『いい』って言ってくれる人がいるんだ。商人なんだけど、その人からの提案で、他の人にもこの絵を見せる商売も実は少ししてて」
「この絵を売るの?」
「いや、見せるだけ」
彼女は「フーン」と言いながら、少し考えるそぶりを見せた。
「もしかしてこの絵も、そこに?」
「その予定」
「そっか……あのさ」
彼女は一度言葉を止めて、少し躊躇する様子を見せる。
それでも、言い難そうにではあるけど、彼女は眉尻を下げながら口を開いた。
「その絵がもし有名とかになって、この場所がもっと皆に知られるような事になったらさ、悪意はなくても軽い気持ちでここを荒らす人が出てこない……?」
「物見遊山で来た人が、たとえばこの石壁を一部削って持って帰ろうとしたり、そこかしこで火を起こして食事を作って飲み食いしたり、帰りにゴミを置いて帰ったりっていう事?」
「うん。今でさえ利益重視でこの場所に敬意のない乱暴なトレジャーハンターがいるっていうのに、今以上にそういう人が増えたら」
たしかに、ここには見る限りこの場所を管理している人はいない。
そんな状態で安易にこの場所を描いた絵が話題になれば、遺跡での流儀を知らない人たちが、悪意なくこの場を荒らすかもしれない。
それは『歴史を潰す』という意味でも、『今のこの物悲しくも神秘的な空間を壊す』という意味でも、この場所に悪い意味の変化を与えてしまうだろう。
「僕の絵が、そんなに大規模に反響を呼ぶとは思えないけど」
言いながら、「たとえば」と言いつつ絵の中から二枚を選び並べた。
一つは、四俣の木の横にあった石の上から見た景色。
もう一つは、滝の中の景色。
両方とも、ここに来るまでの道中で発動したスキルによって描かれた絵だ。
「これとこれ。二つのえがあっただけじゃあ、ここが何処かは分からない。もしこれらの絵やこの遺跡の絵が気に入った人がいて同じ景色を見てみたいと思った人がいたとしても、これだけじゃあどこで、どうやったら見れる景色なのかは分からないと思わない?」
「たしかに。でもそうか。それなら安心……だけど、この遺跡の認知度が上がる事もないのか」
少し残念そうに言う彼女に「変に有名になる事には反対なんじゃないの?」と尋ねれば「それはそうなんだけど、だからといってここがまったくの無名なのも勿体ないっていうかね」という言葉が返ってくる。
「せっかくいい場所だからさ」
「それは、たしかに。ここは時が止まったように静かで、まるで生き物の気配がしない。その代わり、時間が止まっているような、しかしたしかに荒廃し、崩れつつある都市の綺麗さとか、そういうのが上手く合わさっていて……なんか、どう言葉にしていいか、分からないけど」
実際に来ないと分からない。
そういう良さが、ここにはあると思う。
だから彼女が「こういう場がこの世にある事を知って欲しい」という気持ちも、逆に「いい場所だからこそ、現状を荒らされたくない」という気持ちも、よく分かる。
うーん、と少し思案する。
リーベが僕の頬を鼻先で突いてから、「キューキュ?」と何かを窺ってきた。
「うん?」
暗に「どうした」と尋ねると、リーベは定位置の僕の首からスルリと離れていき、四俣の絵の上に来る。
「キュキュ?」
うん?
絵に気が付いて、ジーッと絵を見て。
「キューッ!」
何かを思いついて、周りを、何かを探すようなそぶりで移動して。
「キュッ! キューキュ?」
二枚目――滝の底の絵を見つけて、またウロウロとして。
「キュ!」
絵の筒を発見してそこに頭から突っ込んで――。
「あぁ!」
リーベの言いたい事が、何となく分かったような気がする。
「絵を道しるべ代わりにすればいいのかも」
「『道しるべ』?」
「たとえば、これらの絵を最初に四俣の木から見た川の絵を、次に滝の中の絵を順番に展示する。同じ場所に連なる絵だという事を、展示の際に張り紙で記載してもらって、この場所に関する口頭での質問には一切答えない。『この絵をちゃんと覚えていれば、自ずとたどり着けますよ』とでも言っておいてもらえば」
「本気でこの場所に行きつきたい人には、ここに行きつくためのヒントになる?」
僕は頷く。
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