第二節:『夢幻』と呼ばれている国
第32話 『滝の底の国』がある森について
滝の底の国。
そこは遠い昔に栄えたとされる、今はなき国の別名だ。
国の名前は、大っぴらに伝えられてはいない。
しかし古い伝承を元にした寝物語として、母親がよく子に話して聞かせる話に、その『滝の底の国』は出てくる。
だから行った事はなくとも、どんな国かはよく知らずとも、その国の存在それ自体は、きっと誰もが知っている。
ただ、一般的に「どこにあるか」という話も出回っていない状況で、わざわざ考古学を齧って調べ、その国の場所を探して足を向けてみようと思う人は、そうはいない。
それこそ歴史学や考古学を生業にしている学者たちか、既に探し回られた後の国跡に「それでもまだもしかしたら一つでも、価値ある物が残っているかもしれない」と夢を見る一部のトレジャーハンターくらいしか、いないんじゃあなかろうか。
僕だって、旅をしようと考えて、その道中でたまたま会った旅の人から『滝の底の国』の話を振られなければ、行く選択肢にすら入らなかっただろう。
それでも。
「壮観だったぞ、あの景色は」
どこか遠くを、思い出すような表情で眺めながら告げられたその言葉に、僕はひどく興味を惹かれた。
それは、どんな場所なのか。
他人の心を動かした景色で僕の心が動くのか、少し知りたくなったというのもある。
滝の底の国があるのは、今ではもう「辺境の土地」と呼ばれるようになった領地のもっと端。
今ではもう近くに村があるだけの、秘境扱いとなっている場所である。
「たしかに魔物は出ないからあんたのようないかにも戦闘向きじゃあない男でも行くには問題ないだろうけど、あの森には何もないよ? 木の実や薬草・動物を狩るなら、反対側の森の方が余程豊富だし」
そう教えてくれたのは、近隣の村に一つだけある酒場だった。
別に、酒を飲みに立ち寄った訳ではない。
ちょうど着いたのが食事時だったので、昼食を摂るために立ち寄ったのだ。
その店で少し給仕に話を聞いたところ、そんな事を言われてしまった。
おそらく彼女はよかれと思って、助言――もう一つの森の方に行った方がいいよと教えてくれたのだと思う。
話を聞くに、やはりと言うべきか『滝の底の国』はこの村にとって、それ程価値あるモノではないらしい。
少なくとも旅人がわざわざ訪れる目的地という認識は、ないに等しいのだろう。
でなければ、「方々を旅している」という話をした後の行先の話をして、このような反応になる筈もない。
「助言、感謝します。しかし、どうしてもあちらの森に行きたくて。念のために聞きますが、入ってはならないなどという事は?」
「ないよ。村の子たちも遊び場によく入っているくらいだからね」
天敵がいないから、もう一つの森に比べて安全なんだ。
そんな情報を聞き「なる程」と答えた。
たしかに脅威のない森となれば、あと心配するべきは道に迷って戻ってこれなくなるくらいしかない。
迷子の心配ならどこでもすべきだ。
それこそもう一つの森でも条件はほぼ同じなのだから、ならばと遊び場に使うだけなら行先の森を選ぶのは理に叶っている。
「それなら安心だ。ちなみに、何故件の森には何もないんでしょうか」
「さぁね? 私が子どもの頃からそうだから、そういうもんだっていう認識だったけど」
理由は分からない。
そう言った彼女は、「じゃあごゆっくり」と言い僕の席を離れた。
他にも客が着ているが、村の酒場という小規模だからか、狭い店内を見回してみても彼女以外に給仕の姿はない。
「忙しそうだな」
呟きながら、改めて持ってきてもらった食事に目を落とす。
料理は、綺麗に焼き色が付いた牛の肉と、スープにサラダ。
スープはともかく、牛の肉も野菜も、どうしても移動中は日持ちのいい物や状態を選んで持ち歩く事になる。
必然的に、その間の食事に使われるのもそれらになり。
「干し肉じゃない肉と新鮮な野菜は、久しぶりに食べるなぁ」
週に一度はどこかしらの村や町に寄れる算段を付けて旅をしているとはいえど、その村や町でどのような物が売られていたり、こうして提供されているかは行ってみなければ分からない。
ひとつ前の村にあったのは、干し肉と根野菜類だった。
肉はどうやら今年は取れる量が少ないらしく、二週に一度の交易馬車に売ってもらったもの。
野菜はそもそも葉野菜よりも今夜歳の方が育つ土壌だから、そういうのばかりなのだと言っていた。
だから、程よくジューシーに焼けた肉やシャキシャキの葉野菜が、流石にそろそろ恋しくなってきたところだったのだ。
「いただきます!」
言って、早速フォークを握る。
「熱っ、うまっ!」
早速頬張った肉にそんな感想を漏らし、続いてサラダにも手を伸ばす。
「うーん、シャキシャキ!」
こちらは軽くてシャキッとした噛み心地がいい。
ドレッシングの類はどこにでもあるような味だが、そもそもこの瑞々しいシャキシャキに飢えていたので、不味くなければ問題ない。
「キューウ?」
「お、リーベも食べてみるか?」
来店に際して「静かにしていてくれよ? 中で飛び回ったりしない事」と言っていたお陰でずっと大人しくしていてくれたリーベが、僕の反応を見て食事に興味を持ったらしかった。
ためしに肉を一片切り分けてやると、すかさずパクッと食いついて。
「ギュウゥ、ギュー!」
「まだ口に入ってるのに、急いで感想を伝えてこなくていいから」
こちらをクルッと振り返った彼は、目をキラキラとさせながら、くぐもった鳴き声で何かしらを訴えかけてくる。
その目を見ればどんな類の感想を伝えたいのかも、はやる気持ちも分かるけど、口元をわざわざ切った肉の角張りの面影をまだ残したままの状態で言ってこなくても。
そんなふうに思いながら、それでもそうまでして「美味しい」を伝えてくれようとした事が嬉しくて、思わずクスリと笑ってしまったのだった。
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