第28話 ご神木の神秘と、商業都市の画廊
もし再び特性が発動した時は、近寄られたくないのだと判断して撤退しよう。
そう思っていたのだが、今度は何事もなく木の根元まで進む事ができた。
改めて木を見上げると、太い幹の上に生い茂る緑が、風にサワサワと揺れていた。
気持ちのいい風、気持ちのいい天気。
青空の下、燦々と輝く太陽の光を木の葉が和らげてくれている。
木の幹にゆっくり触れてみると、何故かホウッとため息が出た。
妙に落ち着く。
居心地がいい。
まるで旅の道中に無意識的に蓄積されてきた心的疲労が、すべて清水で洗い流されたかのような感覚になる。
心なしか、ここに登ってくるまでの道のりで蓄えた身体的疲労まで……って、いや、ちょっと待て。
辺りを見回せば地面から、水色の光の玉が生まれ出てきていた。
一つや二つなどではない。
それらが一斉にフワリ、フワリと、天に目指して昇っていく。
その様は、そうでなくても特別な存在だと肌で感じていたこのご神木を、更に神秘的に見せた。
木陰だという事もあって、外よりも少し暗いのがまた、この優しげな淡い光が視認できる理由なんだろう。
立ち昇る光の内の一つが、意図せず僕の体に触れた。
瞬間、ここに来るまでに蓄積してきた筋肉疲労による体のだるさが、気のせいでは済ませないレベルで、スッと引いて。
この光が何であるのかを、何となく体感し、再びご神木を見上げる。
日の光に透ける葉の緑色の傘に、水色の光が立ち上っていっていた。
それはまるで、突然非日常の中に迷い込んだかのようで。
ご神木の心遣いに対する感謝が反応したのか、はたまたこの神秘的な景色に感情が動いたからなのか。
温かくなった胸のあたりから、心当たりのある発光があった。
光はそのまま平べったくなり、じきに光を失う代わりに一枚の絵が視認できるようになる。
僕の体を癒した事に満足したのか、淡い水色の光の玉は気が付けばもうどこにもなかった。
しかしあの一瞬は、僕の心を揺らした事実は、決して消えたりはしない。
その証拠に、手元にはこの絵が残っていた。
僕の真似をして手元を覗き込みに来たリーベが、紙の端、ご神木の枝の上で嬉しそうな顔をして描かれている自分の絵を物珍しそうに、鼻でツンツンと軽くつついていた。
§ § §
「まさか商業都市のご神木が、妖霊属だったとはなぁ」
答えが返ってくる事はないと分かった上で、癒してくれたお礼を述べた後、僕は高台の神社を後にしていた。
先程までは何となく「ご神木はずっとこの都市を見守ってきたし、きっとこれからもそうなのだろう」と、意識ないモノにさも意識があるような、若干夢見がちな思いを抱いていたけど、アレは見紛う事なき『意識あるモノ』だった。
この場を仮宿としているだけの一介の旅人を相手に、あれほどの心配りをしてくれるのだ。
きっとあの木は今までも、そしてこれからも、穏やかにこの場の営みを見下ろし、見守っていくのだろう。
誰かにアレがウッドレイスだという事を伝えたら、きっとどこかしらから研究者が来たり、珍しい物を一目見ようと、たくさんの人たちが訪れるに違いない。
そうすれば妖霊属研究は進むのだろうが、ご神木自身にとってそれはいい事だろうか。
……少なくとも僕は、本来ならば今後も穏やかに続いていく筈のご神木の在り方を、曲げるような事はしたくないと思った。
この絵もまた他の絵と同様に、イーサンさんから貰ったあの木の板に記録した後で預ける事になる。
そうすればいずれ、画廊鑑賞商売として人目に晒される事になるだろう。
しかしあの絵だけでは、ご神木の正体までは分かるまい。
§ § §
商業都市の一角に、一軒の画廊ができたという話はすぐに広まった。
内装はひどくシンプルで、白い壁にこげ茶色の木の床。
壁にはまるで窓のように幾つもの額が飾られているが、装飾と言えばそれくらい。
額縁はどうやら、職人がその絵に合わせて作った一点ものなんだとか。
その職人の名を聞いて、この画廊にやって来た人間も、結構多いのではないだろうか。
それなりに有名な職人の作った一点もの。
入場料は、銅貨三枚。
そのくらいなら一度くらいは、入ってみよう。
ある者は興味本位で、またある者は話題作りに、画廊に顔を出してみた。
そんな人間たちが帰る頃には、絵の話をしたくてウズウズとする。
誰か連れ合いと一緒に来ている人間は、あの絵がよかった、この絵が好きだと話しながら扉を出て、一人で来てしまった者は、誰かにこの話をしたくてソワつく。
その画廊の入り口には、こんな一文が書かれた看板が立てられていた。
“これらはすべて、
ゴミスキルと呼ばれる物の一つ。
それにより作られた絵画たちは、時に美しく、時に温かなタッチで描かれている。
場所、時間、そして状況。
どれもが違う瞬間を切り取ったその絵画たちは、実に表情豊かだった。
じきに噂が広まって、デートスポットや暇な時にふと立ち寄る事のできる場所として定着していったこの画廊には、少しずつ新しい絵が増えていく。
しかしやはりと言うべきか、中でも一番人気なのは、この商業都市のご神木によく似た木が描かれた一枚だ。
下から見上げた大きな木。
太陽が透かす緑の葉の下に、降っているのか、昇っているのか、それとも浮かんでいるのだろうか。
淡い水色の光が無数に描かれている絵だ。
「たしかにご神木に似てはいるが、こんな光はあそこには出ねぇ。別の場所だろ」
「いやぁ、分からないよ? 説明書きには『スキルで描いた』って書いてあるけど、あのご神木をより神々しくに見せるための加筆なのかもしれないだろう?」
「何だ、嘘の絵だって言うのか」
「嘘とは言わないさ。でも飾り絵なんて、少し誇張して書いたりするもんだろう。絵が壁に栄えれば正解なんだから」
「まぁどちらにせよ、夢のある絵ではある事には違いねぇ」
幻想的で、存在感のある、生きた木の絵。
他の絵だって『生きた絵』という意味では負けてはいないが、やはり身近にある見た事もない幻想は、日常において話題に上がりやすい。
その画廊のオーナーはイーサンという名の男だが、時折客からこの絵の真実を聞かれる事がある。
その時彼は人のいい笑みで、決まってこう答えるのだ。
「これは正真正銘の、『絵描き』スキルの産物ですよ。やらせは皆無。……え? 『何でそんな事が分かるのか』って? そんなの答えは簡単さ。この絵の書き手は、絵が描けない。商談で欲しい物の説明をするために書く絵がね、それはもう壊滅的に下手で」
だから手を加えたら、こうもいい絵にはならない。
そんな作者の耳に入ればグサリと心に刺さるような事を、彼はハハハッと笑いながら言ってのける。
商業都市のご神木。
それそのものへの畏怖や敬意、誇りもあって、都市に住む人たちは外から来る人たちに、しきりにその絵のよさを語った。
それに対抗するかのように、「あの絵がいい」「この絵のここが素敵」と話は広まり、噂はジワジワと国内外に広がっていく。
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