第24話 訪問と商談
欲しい。
が、今日はこの都市の宿屋に泊まると決めている。
今日買っても今日食べるような事にはならない。
僕は彼女たちのようなすごいカバンを持っている訳でも、そんな聞くだけで高価だと分かるような物を買う予定もない。
つまり、今買えば腐らせてしまう。
「おそらく二、三日のうちにまたこの都市を出るので、その時に買わせてもらってもいいですか?」
「いいよ! 待ってるね!!」
「うん、ありがとう」
予約とまではいかないが、許可が得られたので御の字だった。
お礼を言い、再会を約束して二人の屋台を後にする。
「キュ?」
「あ、おはようリーベ」
「キュー……、キュッ?!」
起きたリーベに挨拶をすると、返事をしたような鳴き声を上げた。
と思ったら、「ガーン」という効果音が聞こえるような驚きと衝撃の雰囲気を感じた。
シュバッとリュックから出てきたリーベが、僕が持っている食べかけのエビ串の周りをクルクルクルクルと回り始める。
「え、あー……。だってリーベ、こういうの別に好きじゃないだろ?」
「キューッ!!!!!!」
「わっ、ちょっと待って、ごめんって!」
どうやら一人で勝手に食べていたのが気に食わなかったようである。
鼻先でツンツンツンツンと額を突かれ、僕は慌てて謝った。
別に鼻先が硬い訳じゃあない。
痛い訳ではないものの、怒っているのは歴然で、申し訳ない気持ちになった。
その謝罪で満足したのか、それともまだ満足できないからか。
こちらに「キューッ」と一声怒った後、リーベはエビ串の横にパクリと食らいついた。
「あっ」
声を上げたのは、思いの外硬い身だけど、大丈夫かという心配で。
「フギューッ!」
案の定と言うべきか、すぐには嚙み千切れなかったのだろう。
リーベはまんまと風に揺られる旗のように、串に齧り付いて体を宙に泳がせる結果になってしまった。
「ふっ」
その姿が可愛くて、思わず吹き出して笑ってしまう。
しかし彼には、どうやらそちらは気付かれなかったようだった。
エビに夢中の彼は串に引っ付いたまま、ムグムグと口を動かして「キュー」と嬉しそうな声を上げていた。
§ § §
「こんにちは」
「いらっしゃいませー」
翌日、午前中に宿屋を出た僕は、ある商会にやってきていた。
「商会長のイーサンさんいますか?」
「はい。ご用件を伺ってもよろしいでしょうか」
「『絵の件でアルバンが来た』と言えば、分かってくれると思います」
そう言うと、彼は「分かりました。すぐに伝えてきますので、店内を見ながらお待ちください」と答えて足早に店の奥に引っ込んだ。
言われた通り、大人しく待つ事にする。
店内を見るのも中々楽しい。
これまで旅をするにあたり、様々な都市や町、村などを渡り歩いたけど、そのどこよりも品ぞろえが豊富かつ、少し変わったものも置いているという印象で、目がまったく飽きないのが助かる。
「いつまでも見てられるし、長居したらした分だけ、予定外の買い物をたくさんしちゃいそうだよなぁ」
「そう言ってもらえて、非常に光栄です」
見知った声が背中越しに掛けられ、振り返ると案の定の人がいた。
「イーサンさん」
「お久しぶりですね。七カ月程ほど前に王都でお会いして以来でしょうか。その時にされた賭けの買い物の結果は――あぁ」
いつものように僕の首に巻き付いているリーベに気が付いて、彼は少し楽しげに目を細めた。
「どうやらいい買い物になったようですね。何よりです」
「キュ?」
自分の事? とでも言いたげなリーベの首をコショコショと撫でながら、僕は「お前の事だよ」と小さく笑う。
「追い出せるかどうかは、時間さえかければ五分五分だと思っていましたが、まさかそこまで手なずけるとは。とても驚きました。もしかして、アルバンさんには妖霊使いの才能があるのでは?」
「妖霊使いって、妖霊属の生き物に芸を教え込んで見せて回る興行の事でしょう? 流石にそんな才能はありませんよ」
元々妖霊属との親和性が高い生活をしてきた人や、三十五歳で他種族の使役スキルを取得した人などの中には、そういう生活をしている人もいる。
あちこちを巡るという意味では僕がしている旅と似たようなものだし、それはそれできっと楽しいのだろうが、リーベを見世物にするというのは少し違うなと思う。
「それで、本日はもしかして」
「はい。前回お会いした時に、話をしていた絵の件で」
そう言うと、彼は「では奥でゆっくり見せていただけますかな?」と言われた。
どうやら奥に、商談用の個室があるらしい。
所謂VIPが買い物をする時に使ったり、逆に大きな仕入れ元との会談部屋だ。
そんなところに通してもらわずとも、とも思ったが、こんなところで絵を広げるのも少し憚られる。
「分かりました」
そう言って、彼の案内について行った。
流石は見た目より、売値より、品質重視で商品を勧めてくれるイーサンさんの商会の商談部屋だ。
案内されたのは、豪奢が過ぎないデザインの、しかし質のいい家具で統一された、僕みたいな人間でも居心地が良いと感じる事のできる部屋だった。
ソファーに腰を下ろすと、部屋に入ってきたのは商会の人なのだろう。
動きやすそうな仕事着の女性が、紅茶を運んできてくれる。
お礼を言ってティーカップに口を付け、思わず「あ、うま」という声が出た。
飲み物にそれ程拘りがある訳ではない僕だけど、好みもあれば王城時代に上等な茶葉には慣らされてもいる。
半年前の味の記憶がどれほど確かなのかは分からないが、その時と何ら遜色のない味なのではないか、などと思った。
「気に入っていただけたなら何よりです。この茶葉は、最近他国からの仕入れルートが確立できたもので」
「へぇ」
先程店内の品ぞろえを見た時にも思ったが、半年前には中規模の商会も、最早大規模商会にも引けを取らない。
どうやら商売はうまく行っているようだ。
何よりだなぁと思いながら、カップをソーサーに置きリュックを漁った。
「絵は今八枚あるのですが」
言いながら、出した長筒の蓋をキュポンと外す。
「拝見しますね」
そう言って、イーサンさんが筒の中を検めた。
出されたのは、予告通り八枚の絵たち。
勿論どれも、道中で僕のスキルが発動した結果の産物である。
「……うん、いいですねぇ。なんというか、普通に景色を見るよりも妙に味があって、違う場所なのに同じ作者特有の癖もあって。この特別な絵の味というか、見ていて感じる温かみは、アルバンさんの動かされた心の機微を内包した主観の産物だからなのでしょうか。実にいい」
思わぬべた褒めを正面から食らって、何だか嬉しいやら恥ずかしいやら、少し難しい感情になる。
そんな僕の顔を、リーベが「キュウ?」と首を傾げながら小さな顔で覗き込んできていた。
イーサンさんの目が未だ絵に落とされているだけまだマシだけど、それでも人差し指で頬をポリポリと軽く掻きながら、照れ隠しに苦笑を浮かべて尋ねた。
「この絵に、他の人にも見てもらう場を作る程の価値が果たしてあるのかどうか」
僕自身は、この絵に価値を感じている。
でなければ、そもそも旅を続けてはいない。
しかしそれはあくまでも、僕がその場に直接出向き、僕自身の心が動いた景色だからである。
他の人にとっても同じ感動を与える事ができる光景なのか、心奪われる景色なのかは、僕だけの価値観では測りかねた。
そんな僕に、絵から顔を上げたイーサンさんが言う。
「もちろん、ありますよ。大いにね。画廊を作るだけの魅力は十分だし、それを商売に発展させるだけの意味も算段もある」
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