銀河姫、制服を着る

すぎやま よういち

第1話 転校生、九条せりか


春の陽射しが校舎の窓から差し込み、淡い光が教室を優しく包んでいた。昼休みが終わり、再び生徒たちのざわめきが落ち着きを見せる頃、担任の神谷先生がドアを開けて入ってきた。背後には、一人の少女が立っていた。


「静かに。えー、今日はみんなに紹介する人がいます」


先生の言葉にクラスがざわつく。新学期が始まってから二週間。転校生が来るには少し遅いタイミングだった。


「今日からこのクラスに転校してくる、九条せりかさんだ。前にいたのは東京の私立校らしい。せりかさん、自己紹介をどうぞ」


その少女が一歩前に出ると、教室の空気が一瞬で変わった。


真っ直ぐな姿勢に、光を反射するような銀色がかった亜麻色の髪。瞳は深い瑠璃色で、どこかこの世界のものではないような、気品と緊張感があった。まるで、物語の中から飛び出してきた王女のようだ――相良ハルキは思わず息を呑んだ。


「九条せりかと申します。皆さんと仲良くなれたら嬉しいです。よろしくお願いします」


その声は澄んでいて、耳に心地よい。それでいて、どこか“演じている”ようにも感じられた。完璧すぎる所作と、隙のない言葉選び。クラスメートたちがどよめく中、ハルキだけが違和感を覚えていた。


「九条さんの席は……あー、相良の隣だな。相良、よろしく頼むぞ」


「……えっ?」


思わず声が漏れた。教室の視線が一斉に自分に集まる。ハルキは気まずそうに頭をかいた。


「は、はい、よろしくお願いします」


せりかは軽く微笑みながらうなずくと、静かに席に着いた。その仕草の一つ一つが、まるで舞台のワンシーンのようだった。


昼休みが終わったばかりだというのに、ハルキの心はなぜか落ち着かなかった。隣からふわりと香る、花のような香り。どこか現実離れした気配。そして何より――彼女の視線が、一瞬、こちらを見た気がした。


了解です!では、休憩時間になって教室がざわつき始め、せりかの周りに人が集まり、彼女の完璧ぶりが明らかになるシーンを続けます。



休憩のチャイムが鳴った瞬間、教室はまるで蜂の巣のようにざわめき始めた。


「九条さん、東京ってどんなとこだった?」 「趣味って何かあるの?」 「どこのブランドのリュック使ってるの?」


せりかの周りには、あっという間に人だかりができていた。女子たちはその清楚で洗練された雰囲気に憧れ、男子たちはその美貌と穏やかな物腰に心を奪われていた。


それもそのはずだった。


立ち姿一つ取っても、彼女は隙がなかった。背筋が自然と伸び、指先まで丁寧に意識された動き。言葉遣いは丁寧で、しかもユーモアも交えながら会話を楽しむ余裕すらある。


「へぇ、数学は得意なんだ?」 「ええ、少しだけ……。でも、物理のほうがもっと好きかもしれません」


「えっ、マジ? この前の小テスト満点だったって……」


「え? 初見であの体育のシャトルラン、最後まで残ったの九条さんだったよな?」


誰かがぽろりとこぼした言葉に、クラス中がどよめいた。


美人で、頭が良くて、運動もできる。まさに“完璧”という言葉を体現したような存在。それが、突如この久留米の高校に現れたのだ。



机に肘をつきながら、ぼんやりとその光景を眺める。せりかは笑顔を崩さず、誰に対しても平等に接していた。だが、その笑顔の奥にあるものは何かを隠しているようにも見えた。


ふと、せりかがこちらを見た。ハルキの視線に気づいたのか、一瞬だけ目が合う。


次の瞬間、彼女はふっと目をそらし、また周囲の話題に笑顔で応じた。


いいですね……では、せりかが新体操部に入部し、相良ハルキがその練習風景をこっそり見に行くシーンを描きます。彼女がまるで天使のように見える、印象的な描写にしてみました。





放課後。グラウンドが夕陽に照らされる頃、校舎の奥にある体育館の一角で、新体操部の練習が始まっていた。


「……本当に九条さん、入ったらしいぞ。あの“完璧超人”がなんでまた新体操なんかに……」


そんな噂を耳にして、ハルキはなんとなく足を向けていた。別に覗くつもりじゃなかった。ただ、少し――彼女の“素”が見える気がしたのだ。


体育館の隅からそっと中をのぞき込むと、そこには信じられない光景があった。


宙を舞うリボン。その先にいるのは、九条せりか。


長い髪が軌道を描くように揺れ、しなやかな肢体が空気を切って滑らかに舞っていた。指先、足先、呼吸までもが芸術のようで、見る者すべてを引き込むような気品と集中力に満ちていた。


光が差し込む窓辺を背景に跳ね上がった瞬間、ハルキの視界に映ったその姿は――


「……天使、かよ」


思わずつぶやいていた。


それは、比喩でも、冗談でもなかった。純粋に、そう“見えて”しまったのだ。人間離れした美しさ、軽やかさ、そしてどこか寂しげな透明感。



そう思ったとき、せりかがふいにこちらを見た。


目が合った。


数秒――いや、たった一秒にも満たなかったのかもしれない。


数日が経った。


気づけば、ハルキは彼女のことを目で追うようになっていた。

教室での横顔。体育の授業で風になびく髪。たまに見せる、ふとした無防備な表情。

そのすべてが、気になって仕方がなかった。


(……せりかって、どこに住んでるんだろう)


そんな疑問がふと浮かび、放課後、気がついたら、彼女のあとを追いかけていた。


理由はわからない。ただ、もっと彼女を知りたかった。


夕焼けに染まる街を、せりかは静かに歩いていく。

制服の上に羽織ったカーディガンが風に揺れ、その姿はどこか、現実感が薄かった。


ハルキは、できるだけ足音を殺しながら、遠巻きに彼女を見守った。


彼女は、商店街を抜け、小さな川沿いを歩いた。

住宅街の奥へと進み、やがて、街のはずれに近い、少し古びたアパートの前で足を止めた。


(え……こんなところに?)


ハルキは驚いた。

せりかなら、もっと高級マンションか、せめて新築の住宅に住んでいてもおかしくない。

だが、彼女が入っていったのは、ごく普通の、いや、やや年季の入った二階建てのアパートだった。


そっと様子をうかがう。

せりかは、手に持っていた小さな買い物袋を軽く揺らしながら、階段を上り、二階の一室に吸い込まれるように入っていった。


カシャン、とドアが閉まる音。


しんと静まり返る夕暮れの中、ハルキは一人、立ち尽くしていた。


(……一体、なんで)


あんなに完璧で、どこかこの世界のものじゃないようなせりかが、こんな地味な場所で暮らしている理由。

胸の奥がざわざわと波立った。


「何をしているんですか?」


背後から声がして、ハルキは飛び上がりそうになった。


振り返ると、そこには――制服姿のせりかが、静かに立っていた。


ドアを閉めたはずなのに。確かに入ったはずなのに。


涼やかな瞳が、まっすぐハルキを射抜いていた。


「……相良くん」


彼女は、ほとんど無表情のまま、でもどこか寂しげな声で言った。


「どうして、私のあとを……?」


ハルキは、何も言い返せなかった。


夕陽が、二人の間に長い影を落としていた。


いいですね、緊張感と感情の揺れが交差する場面……

では、せりかがハルキを問い詰める場面を、静かな怒りと隠された感情を込めて描きます。





「どうして、私のあとを……?」


せりかの声は静かだった。

怒鳴りも、責めるような口調でもなかった。

だけど、ハルキの心臓は強く締めつけられたようにドクンと鳴った。


「いや……その……」


何か言おうとしても、言葉が出てこない。

自分でもどうしてこんなことをしたのか、説明できなかった。


せりかは一歩、近づいてきた。

制服のスカートが風に揺れる。夕陽に照らされるその横顔は、いつもの優しい笑顔とはまったく違っていた。


「尾行するっていうのは、立派なプライバシーの侵害です。わかってますか?」


まっすぐに向けられるその瞳に、ハルキは逃げ場を失っていた。


「す、すまん……!悪気はなかったんだ。ただ、気になって……」


「気になって?」


せりかは、首をかしげた。その動きさえも、どこか機械的に整いすぎていて、逆に冷たく感じられた。


「私のことが気になるから、後をつけたんですか?」


「……そうだよ。気になるんだ、お前のことが。最初はただ“変なやつだな”って思ってた。でも、どんどん目が離せなくなって――気づいたら、お前のこと、好きになってた」


言ってしまった。

隠していた想いが、暴発するように口からこぼれた。


一瞬、風が止まったように感じた。


せりかの目が、かすかに揺れる。

それは、ほんの一瞬の隙だった。


「……そうですか」


ぽつりと、呟くように彼女は言った。


「でも、私は……そういう感情を持ってはいけない立場なんです」


その声には、かすかな震えが混じっていた。

彼女は目を伏せ、ゆっくりと息を吐いた。


「相良くん。あなたにこれ以上近づかれると、困るんです。あなたは――知らなくていいことを、知ってしまうかもしれない」


「それでもいい。俺は――お前の本当のことを知りたい」


せりかは、顔を上げた。目の奥に、一瞬だけ涙のような光が宿っていた。


「……本当に、後悔しませんね?」


ハルキはうなずいた。


その瞬間、せりかの背後で、風が巻き起こった。

空気が震えた。何かが、始まりそうな予感がした――

















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る