第12話 ココの誕生祭

 眩しかった太陽が徐々に傾き始めた頃、ルルとロロが本を片手に、読んだ本の感想を話しながら自分達の部屋へ続く階段を上がっていた。

 二人が、ドアを開けて薄暗い部屋に入った。

 西の空は夕焼けに染まっているが、東の塔までは届かないため、この部屋の中は薄暗かった。

 一番隅のベッドにココは、布団も掛けず寝ていた。

 ルルとロロが、顔を見合わせた。

「ココは昼寝をしてたのか」とルル。

「てっきり誰かについて行ったと思ってた」とロロ。

「読書に誘ってやればよかったかな」と眉を下げるルル。

「一人でやることがなかったのかもな」

 二人が話し声で、ココは目を覚ました。

 ココは、伸びをして目を擦った。

「あれ?僕、寝ちゃってたみたい」

「ココ、ごめんな。誕生日なのにつまんなかっただろ」

ルルとロロが心配そうにココの顔を見た。

「ううん。二人とも謝んないでよ。僕が勝手に寝ちゃっただけだよ。それに誕生祭はこれからでしょ」

ココは、笑顔で二人に問いかけた。

 そんなココに、ルルとロロも安心したように笑顔を返した。

 部屋の外からガヤガヤと話し声が聞こえて来た。そして、順番にジジ、が部屋に入って来た。

「さあ、着替えましょう」

一番最後に入ってきたロニが言った。


 王子たちがロニに続いて部屋を出て、ある部屋に入った。明るい部屋の中には、ずらりと横一列に並んだ人型の洋服かけに服が掛けられている。足元には、ピカピカに磨かれた黒い編み上げブーツが置かれ、横の台にはキラキラと輝く王冠が置かれていた。

 この国の正装は、マントような服だった。このマント型の服はキイマと呼ばれている。膝下丈のキイマには、大きめのフードがついて、裾と袖が下にいくほどやや広がっているデザインだった。

 今日、用意されているキイマは、黒色で控えめな光沢がある生地に、裾とフードに金色の縁取りがしてあった。腰より少し高い位置にベルトより幅が広い帯があり、その帯を自分から見て右側にキュッと結ぶようになっている。帯と呼ばれる部分はマントの生地よりツルツルと光沢がある生地だ。帯の結び方は何種類もあり、人々がこのキイマを好む理由の一つだ。

 この服が正装だが、この国の人々は普段も愛用していた。季節によって生地の種類や厚みを変えたり、自分の好きな色に出来るのだ。寒い季節は厚い生地でコートがわりに、暑い季節はさらりとした薄手の生地で日除けに。色や生地に特別決まりはなかった。

 王子たちはそれぞれ着替えをし、係の者が髪を整え、ココ以外は頭に王冠を載せた。

 王冠は、王子たちが十五歳の成人を迎えた時に与えられたものだ。

 この王冠は、透明度が高いガラスで作られていて、とても繊細だった。王子たちの頭にピッタリ合うように設えてあり、一人一人デザインが違っていた。王妃様が、王子たちの特別な髪の色に合うようにと作らせたものだ。光を受けてキラキラと光る王冠は、王子たちの髪色と瞳をより一層鮮やかに見せてくれる。

 支度が終わって髪を整えてもらったココは、兄たちの王冠を見ていた。どの王冠もキラキラと輝いていて、とても綺麗だった。

 兄たちが王冠をもらうのをずっと見ていたココは、やっと自分の番だと、この日を心の底から楽しみにしていた。この日に初めて、自分の王冠と対面するのだ。ワクワクと胸を弾ませていた。

「さあ、いきましょう」

 ロニの言葉に王子たちは頷き、部屋を出た。

 縦一列に並んで歩き、ココもトトの後に続いた。光の石とランプで照らされた廊下を進んでいく。

 ココの前を歩く、ココより少し背が高いトトを見上げた。  

 トトの王冠は細かいダイヤ型の線がたくさん彫られている。その線にランプの灯りが当たり、トトの銀色の髪がまるで内側から輝いているように見えた。

「わあ、きれいだ………」

ココは、思わずその輝きに見惚れるように呟いた。

 城の玄関口に近づくにつれ外の音が聞こえて来た。

 城には、正面玄関と小玄関と二つがあった。普段は正面玄関はあまり使わなかった。こういった催しなど特別な時に使用するのだ。

 今は、外階段の正面の玄関に出る扉に向かっていた。中の階段を上がり、大きな両扉の前まで来ると列が止まった。

 扉の左右に、一人ずつ門番が立っていて、扉を開ける合図を待っていた。

ココは、ソワソワと扉が開く瞬間を待っていた。緊張よりもワクワクしていた。

 その時、法螺貝の低い音が響いた。その音が響くと、人々のざわざわとした声が消え、静けさに包まれた。

 ギーっと軋む音と共に、重い扉が開かれた。

 先頭のジジが、扉の外に出た瞬間、割れんばかりの拍手と歓声が湧きあがった。

 王子たちが、扉を順に出ると左側に曲がっていく。ココもトトの後に続き、扉を出ると、さらに大きい歓声が湧き上がった。ココの誕生祭に多くの国民が、お祝いのために城を訪れていた。皆、口々に「おめでとうございます」と言っていて手を振っていた。

 王子たちも手を振り返し、声援に答えた。

 ココも照れながら、はにかんだ笑顔で手を振った。

 王子たちが、一列に並んだ椅子の前に立った。

ココは、いつもなら一番外側の席なのだが、今日は扉の一番近くだった。なのでココの左側の席にはジジが、一番外側の席にはトトという席順だった。

 城の前庭は、集まった国民たちで埋め尽くされていた。

ランプと光の石に明るく照らされ、人々の色とりどりのキイマがさらにその場の雰囲気を盛り上げた。

 城をぐるりと囲む城壁にそって、長方形のテーブルがずらりと並び、たくさんのご馳走や飲み物が並ぶのを待っている。

 明るく照らされた階段や王子たちの前には、様々な濃淡の紫の花々が埋め尽くされ、魔法の石の放つ光が、その花びらに透けて幻想的な色合いに染まっていた。

 もう一度、法螺貝が鳴り響くと再び静寂が訪れた。

 王と王妃が扉から現れると、再び割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。王と王妃が階段の手前で立ち止まり、笑顔で声援に答えた。

 そして、王が右手を顔の高さまで持ち上げる仕草をすると、拍手と歓声がピタリと止んだ。

「皆のもの、お集まりいただきありがとう。今日は私たちの末の王子、ココの誕生祭だ。そして十五歳を迎える。いつも暖かく見守ってくれる国民たちに深く感謝する。これからもどうか、見守ってほしい。さて、七番目の王子、ココに王冠を授ける」

 ココが王と王妃の元にいくと、二人に笑顔で迎えられた。そのまま、王と王妃に向かい合って立った。

 ココが後ろを振り向くと、兄たちも笑顔で見守っていた。

それから、再び前を見ると、王がロニが運んできた王冠を受け取ったところだった。

ココのために用意された王冠は、思わず息を呑むほど美しかった。その王冠は、細い氷柱を逆さまにして何本も組み合わせた様な形だった。一本一本が、上に行くほど細くなっており、滑らかな凹凸があった。その凹凸に光が当たると、ゆらゆらと揺れるように光を反射している。

 ココが一歩前に出て、王の前にひざまずいた。頭を差し出すと、王がココの頭に王冠を被せた。

 王冠は、想像よりも遥かに軽かった。ガラス製なので、重くて被り心地もイマイチなのかなと勝手に想像していたけれど、軽くて、ココの頭にピッタリと収まった。

 王冠に当たる光がココの紫がかった黒髪をさらに際立たせた。そして、ガラスの王冠の凹凸に煌めく光が、ココの髪だけでなく、紫がかった黒い瞳まで輝かせていた。

ココの瞳が明るく光を増したようだった。

 ココが立ち上がると、王と王妃と順番に抱きしめた。王に促されて、階段の先まで歩いて行き、階段の手前で止まった。

 ココが照れ臭そうにぎこちなく手を振ると、城は今日一番の拍手と歓声に包まれた。その歓声に答えるように、満面の笑みで国民に手を振った。王と王妃がココを挟む形で横に並び、三人でさらに歓声に答えた。

 それから、三回目の法螺貝が響き、宴が始まった。軽快な音楽が始まると、たくさんのご馳走がテーブルに運ばれてきた。国民たちは、音楽に合わせて歌を歌ったり、踊ったり、様々な料理を楽しんでる。

 兄たちがココの元にやってきて、おめでとうと言いながら順にココを抱きしめた。

 王子たちも人々に混じり、歌を歌ったり、踊ったりと宴を思う存分に楽しんだ。

 その夜、王子たちが部屋に戻り、眠りについたのは真夜中をとうに過ぎてからだった。

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