第3話 ジジ

 王子たちの部屋は、城の東側の一番高い塔にあった。

カーテンが締め切られた薄暗い部屋には、静かな寝息と誰かのいびきが混ざり合って聞こえている。

 まだ日の出には、少し時間があった。

 次に、目を覚ましたのは一番目の王子、ジジだった。

 太陽の恵みをたっぷりと浴びた、みずみずしい果実のようなオレンジ色の髪をモシャモシャとかきながら、体を起こした。あくびを噛み殺しながら、伸びをし、足音がしないようにそおっと歩いて、寝室の隣の洗面室に入った。ドアを閉め、冷たい水で顔を洗い、くしで髪を整えた。眉毛より少し長い前髪を左側に流した。細身でヒョロリと背が高く、ビー玉のような丸い目にいたずらなオレンジ色の瞳がよく似合っていた。ジジは、運動が嫌いというわけではないが、鍛えたりするのは苦手だった。

 洗面室を出て、そのまた隣の衣裳部屋に入る。衣裳部屋には、兄弟別々の棚が順番に七個並んでいる。ジジは自分の棚から、目についた服を引っ張り出した。ゆったりとした白い半袖の上着に、細身の灰色のズボンを合わせる。

 ベッドに戻り、枕元に置いてある短刀を腰のベルトに挿した。そして、ベッドに腰掛け、この国の兵士と同じ黒い足首丈の編み上げのブーツを履く。キュッと紐を締め、兄弟たちが眠る部屋を出た。

 後ろ手に、そーっとドアを閉めたところで、王子たちの世話係のロニと出会った。

 ロニとは、ジジが生まれた時から一緒だから、かれこれ、二十一年も経つ。

 ロニは、白髪混じりのチョコレート色の髪をぴっちりと後に流し、真っ白いシャツを濃い灰色のズボンにキチンとしまい、腰には短刀を挿している。王子たちと同じくらい背が高く、スタイルかいい。一見、優しげでいつもは穏やかだが、たまに怒るとすごく恐い。真面目できっちりした性格で、王子たちの世話係にはぴったりだった。シュッと細く、上に走る眉毛の下のチョコレート色の瞳が、常に王子たちを見ているのは言うまでもない。

「おはようございます、ジジ様。相変わらずお早いお目覚めですね」

「まあね。ロロには負けるけど」

相槌を打ちながら、ロニと一緒に階段を降りた。

「ロロ様なら、中庭で読書をしておられましたよ」

ロニが教えてくれた。

リズム良くタンタンと階段を降りながら、尋ねた。

「ロニは、僕を起こしに来たの?」

「はい。今日は、特別な日ですからね。その特別な日に、ジジ様と一緒に朝日を見ないわけにはいきません」

「ハハハ。確かに特別な日だね。それじゃあ、早くしないと日が昇っちゃう」

そう言い、早足に城の正面扉の横のドアを抜け前庭を突っ切った。

 これまたリズミカルに城門の階段を上り、王国全体を見せる城壁の見張り台にやってきた。

 息を弾ませるロニの横で、ジジは涼しい顔で片眉を上げ、ニヤリとした。

「もう若くないんだから、無理しないでよ」

「まだ四十代ですので、このくらい平気です」

フーフーと息を整えながら、ロニが負けじと言い返して来た。

ジジは、白い歯を見せてハハッと笑った。日が昇る前から雲一つない空を見上げた。この空は、ロロのおかげだと既に分かっていた。

 ジジはロニと一緒に、見張りの兵士たちの横に並んだ。

 遠くに見える水平線が、既にオレンジ色に染まり始めていた。海と空の境目の色がなんとも言えず美しかった。

横のロニが呟いた。

「ジジ様の瞳の色にそっくりですね」

 たった今、自分が美しいと思った色合いが、自分の瞳と同じ色をしているなんて、なんだか照れ臭かったが、単純に嬉しかった。

 眩しい光を放つ太陽が徐々に顔を出し、王国に暖かな日差しが降り注がれていく。

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