第14話 デート



「じゃ、行こうか」

「ええ」


 翌日。着る服を悩みに悩んでドバスに「新しく買ったのでいいじゃねえか」と呆れられ、いつもより時間をかけたメイクとヘアセットで「ねぇマジで遅れるよ〜!?」とザバシュに蹴り出され、「その状態で本当に一人で行けるのか?」とブジーに心配されながらもシェリルは無事に隼斗との待ち合わせに成功した。ちなみにゼルハム船長パパには面倒なので言っていない。


 にやにやと笑う杢田に送り出されて、繁華街とは反対方向へと歩いていく。すれ違う人が少なくなるほどに建物の様子が変わっていくのを、シェリルは興味深く眺めていた。


「まるで過去に向かって歩いているようね」

「このあたりは特にそうかもな」


 近代的な建物がどんどん減っていく。代わりにこの星、この国特有であろう建物が増えていく。集合住宅が高層から中層へ。その先には同じようなデザインの家が並ぶエリア。低層の集合住宅が出てきたあたりから、古い家が多くなる。


「あの屋根は何?」

「瓦だな。粘土を焼いたもの」

「あんなに窓が大きくて、プライバシーは?」

「カーテンがあるからいいんじゃないか?」

「あの四角い箱は?」

「洗濯機」

「どうして外にあるの?」


 すれ違った散歩中のシバイヌという日本固有種の犬を撫でさせてもらったり、塀の上を歩いていた猫を眺めたり。

 沢山の星に訪れたことのあるシェリルだったが、その殆どは海賊業でのことだ。主要な観光地であればついでに足を伸ばすことはあっても、こんなふうに現地人の案内で一般居住区に入ることなどまずない。見るものすべてが旧式のくせに真新しくて新鮮。

 あれは何、これはどうしてと子供のように聞くシェリルに、隼斗が笑いながら答えていく。


「チキュウのネコ、連れて帰れないかしら……」

「昔実家で飼ってたよ」

「写真みせてちょうだい!」


 そんな会話をしていたら、あっという間に目的地までたどり着いた。隼斗の喫茶店と同じくらい古い建物。


「すごい香りね……」

「ここでコーヒーの焙煎もしてるんだ。試飲もできるよ」


 木製のドアを開ける。カラコロと鳴るベルとともに、コーヒーの

香りがいっそう強くなる。

 くるりと見渡した店内は吊り下げ式のランプに木製の棚。棚の中にはコーヒー豆や器具がところ狭しと並んでいる。

 シェリルにも用途がわかるもの、まったく見当もつかないもの。天井までずらりと並んだそれらは壮観でつい見入ってしまう。


「こんにちは」

「いらっしゃい。おや、これまたえらい別嬪さん連れて」


 店主の男が気のいい笑顔を見せる。「隅に置けないねェ」なんて言われた隼斗は「そうでしょう」と軽い調子で答えるものだから、冗談だと分かっていてもシェリルはドキリとしてしまった。


「下ボールがひとつ割れてしまって」

「あれま」

「それから濾過布とランプ用のアルコールもお願いします」

「あいよ〜」


 隼斗の注文に、店主が棚から商品を取り出してカウンターに並べていく。


「これはサイフォンの?」

「そう。下のガラスだな」

「これは?」

「これもサイフォンの部品。コーヒーを濾すところ」

「そんなのあった?」


 ここでもあれはこれはと質問するシェリルに、店主は「仲良しだねェ」と笑いながらも今度はコーヒー豆の袋を手に取った。


「こっちはどうするかい?」

「いつも通りで」


 カウンターに並べられていくコーヒー豆。セラープ産、ブラジル産、ニカラグア産……。


「セラープは分かる。天の川銀河で一番のコーヒー産地ね」

「ああ。その他はこの星のものだな」

「味が違う?」

「けっこうな。今度飲み比べしてみるか?」


 地球にきてからは隼斗のいる店でコーヒーを飲んでいるが、いつもはそこまで好んで飲まないから細かな違いまではシェリルには分からない。

 バルバトス宇宙海賊団の船にも、バーはあるがカフェはない。ソフトドリンクは飲めるし、コーヒーも紅茶もあるが、本格的なカフェを併設するというのはアリかもしれない。


 もしも、そこに隼斗がいたなら。

 ちらりと頭をよぎった想像。それはとても楽しそうで、そうなったら嬉しくて、けれど実現は到底難しそうなものだった。


「シェリー?」

「……なんでもない。そうね、飲み比べは今度お願いする」


 その想像が、頭からなかなか離れてくれなくて困る。


「あー。そうだ、隼斗。今度珍しいコーヒーが手に入るかもしれないんだ。マスターに声かけといてくれるかい?」

「へぇ、どこのです?」

「アジャンゼって星のコーヒーなんだが、その星が特殊でなぁ」

「……アジャンゼですって?」


 店主の説明によると、アジャンゼという星は雨季と乾季が数年おきに交代する特殊な気候で、コーヒーを含む農業は乾季にのみ行われる。そのため輸出品は数が少なく希少性が高い。

 それはシェリルも知っている情報だった。差異はない、しかし。


「シェリー、どうした?」

「その取引は、よく知る業者から?」

「いや、飲料関連の展示販売会で売り込んでいてね」

「………………あくまで噂だけれど」


 話すかどうかを迷い、結局こう前置きをすることにした。

 

「近々、アジャンゼでクーデターがあるかもしれない。星の機関すべてを標的にするという話だから、輸出が止まる恐れがある」


 この情報は、シェリルが海賊という立場にいるからこそ仕入れられるもの。裏稼業の者しか知らないものだ。当然、情報の信憑性は高く噂などというレベルではなく、未来の確定事項。

 政権転覆クーデターとは言っているものの、実際は星内に入り込んだ別の星の者が主導している。星の乗っ取りなんて、よくある面白くもない話だ。 


「信憑性は?」

「まぁまぁね」


 シェリルの素性を明かすことができないから、情報元の開示は不可能。こう言うしかない。信じるか信じないかは本人の自由だ。


「けれど……そうね。その商品は注文後すぐに手に入る契約?」

「いいや。あそこの星はいま雨季の終わりだから、次の乾季での仕入れを確約するっていう触れ込みでさ」

「前金は?」

「あるね。希少性を考えたらそこまで高いわけでもないけど」

「その業者の名刺はある?」


 店主がデバイスに表示した名刺を確認しても、当然ながら会社名も名前も聞いたことがない。けれど、念の為こっそりと写真をとって保存する。どこかで何かと繋がることがたまにあるから。


「購入する前に、あのマスターに相談してみて」


 杢田ならば、情報を持っている可能性がある。そうでなくとも、シェリルからの情報だと分かれば裏を取るだろう。


「いや、お嬢さんが言うなら今回はやめとくよ」

「……情報提供した私が言うのもなんだけど、いいの?」

「いいさ。返事はまだしていなかったからね。それに、ちゃんと信頼できる業者だったら即決してるよ」


 信頼できる取引相手かが分からなかったから決めあぐねていたらしい。この店主はそういう鼻がきくのだろう。怪しいと思えることはとても大切なことだ。


「いやぁ、隼斗が今日恋人さんを連れてきてくれてよかったよ」


 恋人、という言葉を隼斗は否定しなかった。肯定もしていないが、この場合は肯定したも同然になるだろう。

 それをわかっていて、シェリルも迷った末に沈黙を選んだ。

 





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