第6話 同性愛者

 車のトランクから死体が発見されるという事件が起こってから、半月が過ぎたくらいのことであった。

 警察の方でも、少し進展があったようだ。

 もっとも、この情報は、梶原探偵の助手の方でも掴んでいる情報であり、

「ただ、この事実が、事件の核心を掴んでいる」

 という確証がないことから、

「一つの情報の一つ」

 という認識は、警察側でも、探偵の助手側でも、認識としては同じであった。

 河原で死体となって発見された被害者である原田佐和子であるが、

「彼女には、以前付き合っている男性がいて、その男性とは、すぐに別れた」

 ということであった。

 これだけなら、別に怪しいということではないのだろうが、

「すぐに別れたわりには、付き合い始めは、大恋愛だったというのが、他の人から聞いた話の共通点だった」

 ということであった。

「まるで、原田佐和子が、その男を好きになってすぐに、完全に嵌ってしまった」

 という話は、誰から聞いてもそうとしか言わない。

 しかも、それが、狂気的に見えるほどで、まわりが見ていると、

「確かに、美男子であるということは認めるけど、そんなにのめりこむような男には見えない。むしろ、のめりこむと危ないと思わせるところがあり、私だったら、こんな男、最初からまっぴらごめんだわ」

 と、まるで、

「思い出しただけでも、背筋が凍るくらいだわ」

 と、完全に毛嫌いしているようだった。

 そういう、

「人の見る目によって、まったく正反対に見られる異性」

 というのは、今に始まったことではなく、そういう人は少なく無いだろう。

 それを思うと、警察も探偵側も、

「どういう男なんだろう?」

 と思うのだった。

 警察は、実際にその男に会って話をしていたが、探偵側は、話まではしていない。

「まず、まわりの話をしっかり聞いたうえで、話ならその方がいい」

 と思ったのだ。

「警察の訪問を受けたあとで、今度は探偵事務所から?」

 ということになると、警戒されるのは当たり前のことだ。

 特に、

「殺人事件の捜査」

 ということを警察は最初にいうだろうから、もし、この男に、事件と何らかの関係があったりすれば、完全に殻に閉じこもるだろう。

 だから、探偵側とすれば、

「警察に藪をつつかせておいて、こちらは、客観的に相手の動きを探るという方が、都合がいい」

 と思っていて、

「せっかくだから、警察を利用させてもらおう」

 と考えたのであった。

 実際に、警察にはこの助手の面は割れていなかった。だから、まさか警察も、

「自分たちが見張られている」

 ということを考えるわけもない。

「策を弄する人は、自分がやられるということに対しては、意外と気づかないものだ」

 と言われるが、まさにその通りであった。

 実際に、警察が、

「形式通りの聞き込み」

 という形で、

「被害者の元カレ」

 に接するということで、警察としては、相変わらずの、

「通り一遍の捜査」

 ということでしかないように見えたのだ。

 もちろん、その時、

「捜査員が何をどのように感じたのか?」

 つまりは、

「被害者の元カレを、どういう男だと思ったのか?」

 ということは分かっていないようだ。

 探偵の助手は、警察が喫茶店で事情を聴いているところを、一つ飛ばしたテーブルという、

「適度な距離」

 で聞くことができた。

「喫茶店での事情聴取」

 ということになったのは、そもそも、警察がこの場所を指定したわけではなく、事情を聴かれる男の方が、

「この場所ではちょっと」

 ということで、喫茶店に呼び出したのだった。

「この男、まわりに聴かれたくないという思いがあったのか?」

 と思ったが、

「警察が事情を聴きに来た」

 ということ自体をNGだと考えているとすれば、それも確かに無理もないことであろう。

「聞かれたくない」

 ということがあるとすれば、

「昔付き合っていた女が殺されたということで、自分が警察から容疑者に去れてしまっている」

 ということを危惧してだというのが一番考えられることであろう。

 しかも、被害者のまわりからの意見では、

「被害者が過去に付き合った男性遍歴」

 ということで出てくる名前は、彼しかなかったのだ。

 つまりは、

「後にも先にも、その男だけとしか付き合ったことのない女」

 ということで、

「一途な女だった」

 ということになるのだろうか?

 しかし、そのわりには、

「すぐに別れてしまった」

 ということで、当然、まわりからは、

「何があったんだろう?」

 といろいろウワサもあっただろうが、

「その真相は、闇の中だった」

 ということである。

 実際に、その彼女も殺されたのだから、

「秘密は墓場まで持っていこう」

 と彼女が考えていたとすれば、図らずも、

「秘密は墓場まで持っていくことになった」

 ということであった。

 だが、これが殺人事件ということである以上、その墓をあばいてでも、その秘密というものを引きずり出すしかないということになるのであった。

 警察が事情を聴いたその男は、桑原譲二という男で、年齢は30歳。

「工芸作家」

 のようなことをしているということであった。

 まだまだ修行中ということで、プロということではないが、年齢的にも、

「まだまだこれから」

 ということで、彼の作品に関しては、一定の評価を、陶芸業界でも、

「期待の若手」

 という目で見られていたようだ。

 彼には、どこか、

「耽美主義的」

 なところがあるということであった。

「何にも優先し、美というものを追求する」

 ということで、聞こえはいいが、どうにも変質的な臭いがあり、同じ音を踏んだ言葉として、

「偏執的」

 という言葉もあてはまるといってもいいだろう。

 彼は名前を

「譲二」

 というだけあって、見た目は、

「男らしくて、頼もしい男を求めたいと思っている女には、きっと好かれるんだろうな」

 と思えるところがあった。

 しかも、

「職業が陶芸作家で、繊細なところがあり、作品の傾向は、耽美主義」

 ということになると、女性に好かれるとすれば、

「そのギャップからではないか?」

 と言われるのであった。

 そんな桑原は、刑事から、原田佐和子のことを聴かれて、最初は、しおらしくしていたが、慣れてきたのか、口数も増えてきた。

 そこで、彼はいうには、

「自分は、耽美主義の工芸作家」

 ということを強調し始め、警察の質問からその回答が逸脱しているように感じられた。

 軽擦の方としても、

「実際に聴きたかったことを聴き出すことができなかった」

 という感じで、

「これではらちが明かない」

 とでも思ったのか、必要以上に聴くという感覚ではないようだった。

 それを見ると、警察も、

「これ以上は時間の無駄」

 とでも思ったのか、質問を打ち切り、失意の元、すごすごと引き上げていくという光景が感じられた。

「警察としては、この男は、容疑者の一人として残すかも知れないが、重要容疑者とまで考えることはないだろうな」

 と思ったのだ。

 しかし、探偵の助手は、

「犯人かどうか分からないが、無視はできない」

 と感じていた。

 助手は、さらに、この男のことを調べてみることにした。

 そして、この男は、さすがにその日は、おかしな行動をすることはなかった。警察にこられたその日は、自重していたということであろう。

 しかし、この男、耽美主義ということであったが、見るからに、

「こういう性格ではないか?」

 ということを疑うことのできないようなものを感じられた。

「人は見かけによらない」

 とはよく言われることで、それを一番警察というのも分かっていて、しかも、

「先入観からの捜査は禁物」

 ということであり、さらに、

「捜査本部で決定した捜査方針には、管理官であっても、逆らえない」

 という、

「警察としての、鉄の掟」

 のようなものがあるといってもいいだろう。

 それを考えると、

「余計に、勝手な捜査はできない」

 と考えることだろう。

 それこそが、

「公務員気質」

 というのか、

「お役所仕事」

 というのか、

「それだからこそ、警察官は、証拠を地道に積み上げるという捜査になるということであろう」

 だから、小説やドラマでは、

「推理力を発揮して、警察の通り一遍の捜査に歯向かう形で犯人を逮捕するというような、はみ出し刑事のような人がテーマになりやすいということになるのであろう」

 と助手は、苦笑いするのであった。

 もっとも、

「そのおかげで、自分たちの飯が食える」

 ということも事実のようで、

「やはり、警察組織というものは、どこをどの角度から見ても、納得できるというものではない」

 と感じるのだった。

 彼女は、この桑原を追いかけているうちに、

「この男は、動物的な感性がある」

 ということに気づいた。

 そもそも、

「芸術家などというものは、感性が勝負」

 ということで、それも、

「動物的な感性」

 というものがものをいうといってもいいだろう、

 だから、ミステリーであったり、耽美主義と呼ばれるものの中には、

「どこか、偏執的なところ、もっといえば、変態であればあるほど、その素質というものが、潜んでいる」

 といえる気がしていたのだ。

 だから、もちろん一概には言えないが、

「やつのような雰囲気を醸し出している男は、我慢することができず、自分の感情に逆らうことをしない」

 つまり、

「我慢というものを知らない男ではないか?」

 ということで、少し見ていれば、

「この男の本性は、その化けの皮がすぐに剥がれる」

 と思っていたのだ。

 だから、

「数日は、この男を気にして見ていくことにしよう」

 と思っていると、、さっそく、警察が来てから、その翌日に動き出した。

 彼が行ったのは、

「ゲイバー」

 のようなところで、その筋では、

「本当の衆道が集まる」

 という場所だという。

「なるほど、この男は、同性愛者だったというわけか」

 と思った。

 そしていろいろ探ってみるために、

「虎穴に入らずんば虎子を得ず」

 ということで、彼女は、変装することもなく、その店に入った。

 最初は、女性が来たことで、異様な雰囲気になったが、それも一瞬で、

「そもそも、その場の空気に女性は必要ない」

 ということで、誰も、彼女を気にする人はいなかった。

 彼らは、これまでさんざん、

「同性愛者だということで、世間かた冷たい目で見られていた」

 ということで、ここでは、自由なんだと思えることが嬉しいと感じているわけだ。

 そんなところに女がいたって、それはただの、

「路傍の石」

 ということであり、

「意識しなければいい」

 というだけのことだった。

 それを彼女は、昔捜査した中で、同じようなゲイバーに潜入したことがあったので分かっていた。

 この店も類に漏れることはなく、完全に、

「路傍の石」

 というものに徹していたのであった。

 ただ、この日、彼女が仕入れてきた情報で、

「桑原という男が、同性愛者だった」

 ということだけではなかった。

 一つ気になるということであれば、

「桑原という男、ある意味、見掛け倒しだった」

 ということであり、それは、彼女が勝手い思い込んでいたことなので、桑原とすれば、

「何よ。失礼ね」

 ということになるのだろう。

 つまり、この言い方から考えても、

「桑原という男は見かけでは、完全に男として、女装男子をかわいがっているのではないか?」

 と思われたが、実際には、

「この男が、女装男子であり、ここから女とホテルにしけこめば、中で別々に着替えて、

「本来のプレイに勤しむ」

 ということだったというのだ。

 だから、ラブホテルから出てきた二人は、

「本来の姿になっていて、それを知らない人は、もし、二人の性癖を知らずに待っていたとすれば、いつまでも出てこない」

 と思うに違いないのだ。

 何しろ、二人は、

「入った時と、正反対の、自分たちの本性をあらわして出てくるのだから、分かるはずがない」

 ということになるのであった。

 それを知ると、梶原探偵は、それ以降の捜査がぐっと焦点が定まっていき、事件の解決に近づいていくということであったのだ。


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