第5話 目撃者
そんな時、
「梶原探偵事務所」
というところに、一人の青年が相談に訪れていた。
彼の相談内容というのは、
「ある殺人事件を目撃したのだが、それを警察には訴えることはできない」
というものであった。
探偵もいきなりの話しでびっくりして、
「それは、一体どういうことですか? 普通は事件を目撃すれば、訴え出るのが普通だと思いますよ。」
と、ごく当たり前の一般論を梶原探偵がいうと、
「いろいろな理由があって、そうもいかないんです」
と言ったその男は名前を、
「川口治夫」
といった。
「何か複雑なお話のようですね?」
と、話が複雑で、それが、依頼人の事情にあるということを考えると、ますます興味が湧いてきた。
「探偵というと、浮気調査であったり、人探しというようなものばかりで、時間外労働のわりには、あまり金になるわけでもなく、思っていたような仕事ではない」
ということで、少しがっかりしていたところであった。
だが、
「この依頼は、少しどころか、かなり入り組んでいそうだ」
と思うと、
「俺って、こういう捜査をしたかったんだよな」
と思うのだった。
だが、その反面、
「あまり危ないのは困ったものだしな」
という気持ちもないではない。
とにかく話を聴くしかないのだった。
「ということは、警察に届けてはいけないということになるんですな?」
と聞くと、相手は、一瞬戸惑って、頭をこくりと下げたのだ。
「それは、内容がまずいということになるのか、それとも、自分が警察に通報することがまずいということでしょうか?」
という質問である。
つまり、自分が警察に通報すれば、犯人は、
「通報者が誰なのか?」
ということを容易に知ることができるということで、
「この人が命を狙われる」
ということになるからなのか、それとも、
「信じている人を裏切ることになる」
ということなのかということも考えられる。
それが、恋人であったり、家族などであれば、
「簡単に警察に通報できない」
というのも分かり切ったことだといってもいいだろう。
それを考えれば、
「私にとって、今度の事件がどういうものになるのか?」
ということを、考えているに違いない。
そこで、
「急いては事を仕損じる」
ということで、自分だけで判断を下せないということになると、一番信頼できるというのは、
「探偵」
ということになるだろう。
「お金さえ払えば、悪いようには決してしない」
ということであり、守秘義務ということであれば、
「警察よりも安心」
といってもいいだろう。
何しろお金がかかっているわけであり、警察のような、生半可なことはしないだろう」
と思っているのだった。
川口治夫は、見るからに、
「中性的なところがある」
といってもいいだろう。
なよなよしていて、
「実に頼りない」
という雰囲気が漂っていた。
そういう意味で、初見は、
「顔を覆いたくなるような、まるで苦虫を噛み潰したくなる男」
ということで、
「「依頼人でなければ、決して、知り合うことがない」
といってもいいくらいの、まるで、
「住んでいる世界どころか、次元が違う」
と思えるほどの男であった。
それでも、相手は依頼人、むげにはできないし、久しぶりに
「大金が入ってくる」
といっても過言ではないだろう。
確かに、
「大金でもなければ、ひょっとすれば、断ったかも知れない」
といってもいいくらいの人物で、そういう意味で。
「こいつは、最初から嫌な思いの事件だ」
とは思っていた。
しかし、金に目がくらんだというのは、これが、
「探偵」
という仕事である以上、仕方がないことであり、
「仕事の遂行」
ということであれば、却って、余計な感情が入ることもなくそれでいいということになるのではないかと考えたのだ。
まずは、
「相手が話しやすいところから話をさせないといけないだろうな」
ということで、下手をすれば、
「支離滅裂な話になるかも知れない」
ということで、
「とりあえず、メモを取りながら利かないといけない」
と思った。
本当であれば、
「ボイスレコーダー」
を持っていたのだが、ちょうど故障していたので、
「手帳にメモ」
という形での、原始的な方法となってしまったが、そのおかげか、聞いた話が、想像以上に、頭の中に入ってきた。
相変わらず、手書きというマニュアルなので、字は汚かったが、その分、頭には入ってくるからなのか、それなりに整理もできるということであった。
「ちなみに、事件というのは、どの事件のお話になるのかな?」
と梶原探偵が訊ねると、
「それはこれです」
ということで、彼は新聞を取り出した。
その新聞は、地元紙としては大手であり、地元の記事が一番よく載っている新聞だった。
その
、「裏の一面」
といってもいい、ちょうど、テレビ欄が乗っているその裏の、トップに大きく出ていた事件ということで、
「ああ、これか」
と、梶原探偵にもすぐに分かったのだった。
しかも、新聞社としても、
「同じマスコミ関係の人が殺された事件」
ということで、この面に持ってきたのも当たり前だといえるだろう。
そこには、
「マスコミに対しての挑戦か? マスコミ関係者殺人事件」
ということで載っていた。
正直、ハッキリとまだ事件の概要が分かっているわけではないので、せめて、発見現場と、殺害推定時刻(これは、解剖を待たなければいけないという但し書きがある)であったり、被害者についての、表面上に分かっていることであった。
もちろん、同じマスコミとしては、確かに、
「憎々しい相手」
ということではあるが、マスコミとしては、最低でも、
「死人にムチを打つような真似ができるわけはない」
ということで、性格的なことには触れていなかった。
あくまでも、
「犯人が、一人のジャーナリストを殺害した」
ということで、それが、
「警察だけではなく、マスコミに対しての挑戦だ」
ということで、彼らとしては、
「これで新聞も売れる」
ということから、煽りに徹したといってもいいだろう。
警察はそれを分かっているだけに、
「マスコミというのは、えげつないな」
とは思ったが、
「昨日の聞き込んだ内容が間違いではなければ、それも無理もないということになるのではないか?」
といえるだろう。
「警察も、挑戦を受けているといってもいいだろう」
ただ、警察が、その前に起こった、
「河原での殺人事件」
というものと、若干の関連性を探っているということを、マスゴミには伏せている。
もし、それが分かれば、少なくとも、
「警察の捜査がやりにくくなるだろう」
ということで、
「決して、警察には言わない」
というかん口令が敷かれていたのだった。
それを考えると、
「警察というものと、マスコミというものが、どこか、表裏であり、交わることのない平行線のように見えるというのも、無理もないことではないだろうか?」
と思えるのだった。
そんな警察や、マスゴミを出し抜いた形で、依頼人は、探偵のところに捜査を持ち込んだ」
ということになるだろう。
依頼人がもちろん、どのように考えているのかということを、探偵である梶原がどこまで分かっているのかということは、分かるわけもなかった。
とにかく、
「警察にいえない」
ということとして、最初に被害者が、懸念を持っていたのは、
「犯人が、もし被害者に対して持っていた動機が、復讐だということになれば、私がもたらした情報から、相手は、通報した人間が私だということに気づくのではないか? とううことが恐ろしいんです」
というのだった。
「それはどういうことですか?」
「私は、もし警察がいう時間が犯行時刻だということになれば、私は、そのすぐ後に、被害者と会う約束をしていたんです。結局だいぶ待って現れないから帰ったんですけど、私が、被害者と会う約束をしていたということを知っている人が何人かいるわけで、その中に犯人がいれば、私の立場は危ないものになるわけです」
というのであった。
この場合の、
「立場」
というのは、言うまでもなく、
「命」
ということになるだろう。
被害者は、
「警察にいえない」
というのは、そういう切羽詰まったことから、
「警察では安心できないので、探偵にお願いする」
ということで、
「自分の安全が保たれるのは、犯人が逮捕される場合でしかない」
ということを考えると、
「やはり、探偵が安心だ」
ということになるであろう。
「ところで、あなたは一体、何を見たというのですか?」
ということで、探偵が本題に入った。
「はあ、実は、殺人事件そのものを見たというわけではなく、新聞に載っていた内容を見て、少し気になるところがあったので、そこの問題なんです」
と、川口はいう。
「じゃあ、あなたは、被害者が殺されるまさにその場面を見たというわけではないとおっしゃるわけですね?」
「ええ、そうではありません。ただ、あの場面を警察に証言されると、犯人には都合が悪いのではないかと私は思ったものですから、だから、怖いと思っているんですよ。もし、これを警察に話して、警察が、あなたに危険はないと勝手な判断をされて、実際には、犯人としては、私が邪魔だと思っているとすれば、私は誰にも守ってもらえませんからね。もし、この事実を警察にいって、犯人が、もっと他にまずいことを見られたと思い、それを私が思い出したように警察に後になって言われるとまずいと考えると、私の命を狙いにくるのではないかと思ったんですよ」
「なるほど、それは考えられることですね。あなたは、その目撃を、犯人があなたの命を狙わなければいけないことだ思っていらっしゃるんですか?」
「それは、自分が犯人ではないので分かりませんが、余計なものを見てしまったという気持ちは強いです。時間が経てば経つほど、怖くなってくるという感覚は実際にあります。今は、夜なかなか寝付けないという状態になってきているくらいです」
夜が眠れないというのは、結構大変なことなのだろうと、その話を聞いた梶原探偵は考えていた。
「あなたが、気にしていらっしゃる事件というのは?」
「はい、この間、神社の鳥居前の車のトランクから、死体が発見されたというのがあったでしょう?」
「ああ、あの事件ですね。確か、殺されたのは、ジャーナリストで、結構強引な取材方法だったようで、そういう意味で問題になっていたということですね? あなたは、その被害者をご存じなんですか?」
「いいえ、直接は知りません。ただ、一度前に、ちょっとした取材を受けたことがあります。といっても、私のことに対しての取材ではなく、名前の出ることのない一般的な意見ということでの取材だったので、その記事が出た時も、私の名前が出ることはありませんでした」
ということであった。
「なるほど、じゃあ、面識としては、ないのも同じだといってもいいかも知れないですね」
「ええ、そういうことになります」
それでも、この川口という男は何を心配しているというのだろう?
「ちなみに、殺害現場を見ていなかったのに、何か犯人にとって都合が悪いようなものを目撃したと思う理由は、その男が犯人だという確たる証拠のようなものがあなたにあったということだと思っていいんですか?」
と聞くと、
「ええ、私は、その人が、犯人というか、共犯だと思っています。その意味で、私が狙われるということを、警察は逆に考えないのではないか? って思ったんです」
「ん? そのあたりがよく分からないんですよ」
と、梶原探偵が頭を傾げた。
「私はあの日、ちょうど神社の前を通りかかったのは、時間にして、午後八時頃だったでしょうか? あのあたりは、午後八時ともなれば、だいぶ人通りも少なくなっていますが、まったく誰も通らないというわけではありません。だから、私も神社の鳥居前を通り過ぎるのが、いつも、あまり変わらない時間で、あの日も、たぶん、いつも時計を見なくても、自分が感じている前後5分くらいだといってもいいでしょう。その日も、別に普段と変わっていたわけではないので、たぶん、自分の感覚では、8時10分から、20分、遅くても、25分までの間だと思うんですが、その時間にそこを通りかかったんですね」
という。
梶原探偵は、今のところ、興味深いところもなく、ただ聞き流しているだけであった。川口は続ける。
「すっかり暗くなったその道に、車が入ってきたんですよ。どうやらそれが、止めてあった車だったようで、私はその車が、ここ数日ずっとそこに留めてあり、放置していた車だと思ったので、おやっと感じたんですよ。だから、車を動かしたというのを知ると、不思議に感じたんです」
「それが、死体が発見される前日の夜だったということですか?」
という。
「ええ、そうなんです。ただ、私は、その時、まさかこんな大事件になるなんて思ってもみなかったので、車のナンバーまでは確認しませんでした。実際に、あたりも暗かったし、私がジロジロ見ていることで、変な因縁をつけられたりするとたまりませんからね。それを思うと、結局確認はできませんでした」
という。
「その時、相手はあなたの顔を見たんですか?」
「ハッキリは分かりませんが、見られた気がしました。私も相手の顔を見ましたのでね」
「じゃあ、相手は顔を隠そうという意識はなかったということでしょうか?」
「そうですね、私に見られて一瞬びっくりはしていましたが、夜、暗闇の中で、人に出合い頭で会えば、反射的にびっくりするというそんな感じでしょうか?」
「それは大いにあり得ることですね。じゃあ、何も相手はこそこそとしていたわけではないわけですな?」
「ええ、私にはそう見えました」
「なるほど分かりました」
「あなたは、その人に見覚えがありましたか?」
「実は、その人というのが、どうも、それから近くのキャンプ場で殺された人がいましたよね? その人の写真に似ていたように思うんです。確証というところまではありませんが、何といっても、真っ暗な中で、ちらっと見たわけですし、遭ったことがあるわけでもなく、写真で見ただけですからね」
ということであった。
「それの何を怖がっているんです?」
「だって、その人は、その時、車を乗り捨てて、それから、まわりを気にしながら、大通りに出て、そこからタクシーを拾って、そのままどこかに走り去ったんですよ。そんな怪しい態度を取っている人が、その後で、死体で発見されたということになり、それが殺人事件ではないかということになると、これが本当に連続殺人なのか?」
って考えてしまうんですよ。
それを聴いて、
「じゃあ、共犯者がいて、実際に主犯がどちらなのか分からないけど、君が見た男は、結局殺されることにはなるが、犯人側の人間だったということになるわけだね?」
というので、
「そうだと思うんです。だから、自分が見たことは、もうひとりの犯人にとっては、実に都合の悪いことではないかということでね。実は最初、その人は男だとばかり思っていたんですが、途中から、女だということに気づきました。私が気になって注目したのは、そこもあったんですね。もちろん、トランクに死体が入っているなどと思いもしないので、その時は、ちょっと気になるという程度だったんですけどね」
ということをいう。
「じゃあ、あなたは、どうして狙われると思ったんですか? 相手は、何も隠そうというわけではなかったんでしょう?」
「そうですね。もし、隠すつもりであれば、もっと遅い時間から行動するでしょうし、もっとも深夜であれば、車の音で、却って、その車を動かしたということを、実際に知られたくない、この近所の人に分かってしまうという意識があったのかも知れないですが」「
と川口は言ったが、この観点は、
「するどい発想だ」
といってもいいかも知れない。
確かに、この男とすれば、
「一世一代の推理だ」
といってもいいかも知れないが、悲しいかな、
「それを事件の核心だ」
とは思っていないことだった。
まだ、話を聞き始め、つまり、スタートラインにも立っていない状態である梶原探偵の中で、
「どれが核心部分なのか?」
ということが分かるはずがない。
今はまだ、その話というものを、咀嚼している段階だといってもいいからであった。
この事件において、川口によってもたらされたこと、それは、あくまでも、川口の私見でしかなかったが、梶原探偵が聴いているうえで、気になったのは、やはり、
「殺された人間が、別の事件で、まるで共犯者のような行動をしている」
ということであった。
これが間違いないということであれば、これは、
「殺人事件として、それぞれに関連性があるといってもいいだろうが、同一犯による、連続殺人事件というのとは、少し違った様相なのではないか?」
ということである。
実際に、川口が何を恐れているのかということを、ハッキリとは分かっていないということからも、少し興味があった。
「ところで、川口さんは、私にこの事件を解決してほしいと思っていると考えてよろしいのでしょうか?」
「ええ、私の危険がなくなるには、犯人が捕まってもらうしかないという気がするんですよ。そうじゃないと、枕を高くして眠れませんからね」
「分かりました。何といっても、依頼人の利益を守るというのが、私の仕事ですからね。特に、生命というのは、一番の財産であり、利益のようなものだと思っていますので、そこはお引き受けいたしましょう」
ということで、梶原探偵はこの事件を引き受けることにした。
ただ、依頼人の、身辺警護ということが必要となるので、実際に捜査は、助手にお願いすることになる。
その助手というのは、女性で、女性ならではの視点から、今までも、結構探偵を助け、助手としての任務を十分に果たしてきた。
「今回も、よろしく頼む」
ということで、さっそく、いろいろと捜査に望んでくれることになった。
ただ、今のところ、依頼人の命が狙われるという様子はないようだ。
依頼人も、
「探偵が警護してくれている」
ということを分かっているので、安心してか、
「何かに怯えている」
という様子もなかった。
これは、探偵の方から、
「できれば、普段と変わらないようにしていただく方が、もし、犯人が監視しているとすれば、余計な刺激を与えずに済むと思いますので、あなたも、あまりまわりを気になさらないでくださいね。私の方でも、必要以上に、あなたを意識しないようにするようにしますからね」
というのであった。
数日は、何かを疑われることもなく、過ぎていき、助手の捜査も次第に外濠が埋まっていき、少しずつ、核心に近づいているのではないかと思えたのだった。
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