第1話 伝説の幕開けは実は単なる偶然の結果で・・・

その五日間はこの港町ポルテアで今も語り草となっている。


代々沿岸守護の任を拝してきたフォルンコート伯爵家はこの地の守り人として尊敬を集めてきた家柄だ。


現当主ダフネス=フォルンコート伯爵が次女にして、賢姫として名高いレイチェル=フォルンコートの名声はこの港町を災厄から救った時に始まる。


実は何でも欲しがるこのご令嬢が、

その欲望のままに、

我がままを押し通した結果、

偶然街を救っただけなのだが・・・

ほとんど誰一人疑わなかった事の方が実は重要なのだ。


何故なら彼女の日常はそれだけ思いがけない奇跡に満ちていたのだから。

その起こした奇跡の積み重ねが彼女の過去の行為すらも上書きした結果とも言える。



それは彼女が7歳の誕生日を迎えスキルを授かった時に遡る。

彼女はその日大変珍しいスキルを授かったのだ。



【お気に召すまま】:欲のままに突き進む事が思いもよらぬ好結果となる豪運スキル



これまで誰も見聞きした事のない未知なるスキルであったが、この令嬢はいたく気に入り、これからの生き方を全肯定されたのだと信じた。

曰く、私は思うままに行動して良いと認められたのですわ。これからも欲しいものは全力で欲しがるのですわ。


この令嬢はなんでも欲しがる上に、思い込みも激しかったのだ。

だが、これによって彼女の行動が変わるような事もなかった。


何故なら父ダフネス=フォルンコート伯爵の寵愛を一身に受け、蝶よ花よと育てられてきたため、そもそも我がままで何でも欲しがり、思い込みの激しいご令嬢だったからだ。


彼女の誕生日を祝う盛大なパーティーが催されたその日もいつものように思うがままに振舞った。伯爵家お抱えの一流料理人たちが総出で用意したご馳走を満足げに平らげ、その中でも特に気に入った貝料理を盛大にお代わりしたのだ。



「シエラこの料理はなんと申しますの?大変気に入りました。まだあるようなら持って来て下さらない?」

その言葉を聞いた側付きメイドのシエラはすぐに料理人達に伝え、ある限りを持ってこさせた。


「まぁなんて美味しいのかしら。食べても食べても飽きないですわ。」

そう言って運ばれてきた皿も全て平らげたのだ。


彼女は我がままで何でも欲しがり、思い込みの激しい上に食いしん坊だった。



翌朝余韻の冷めない令嬢は側付きメイドのシエラに昨日のお気に入りを朝食でも食べたいとゴネた。

こうなると何を言っても聞いてくれないのがこのご令嬢。

再び料理人たちにその旨を告げると


「あの料理はもうこれ以上用意できない。何故と言うに、年に一度だけしか振舞う事ができない貴重な食材だから」との説明を受けた。


普段は海底の砂深く潜んでいるため見つける事はほぼ不可能だ。

だが毎年同じ時期にその貝が這い出してきて恋のダンスを繰り広げるのだ。

その際に貝が放つ青白い幻想的な光を頼りに漁師たちはその貝を捕獲する。

そう、ポルテアの海を鎮護する海神に感謝を捧げる鎮潮祭のたった5日間だけがその貝を収穫できる唯一の機会なのだ。



だがこのもっともな理由を聞かされても尚、ご令嬢は駄々をこねた。

一旦こうと決めたらテコでも動かない。

「食べたいものは食べたいのですわ。」とこうだ。


そして、こうした時悪知恵だけは働くのだ。


「それなら何か理由をつけて1週間くらい入港禁止にすればいいのですわ!」


目をキラキラさせ、さも良案であるかの如く宣言する令嬢の言葉を聞き、シエラは膝から崩れ落ちそうになった。


確かに、湾内が静かになれば貝も恐らく捕獲できるだろう。

かつて鎮潮祭以外のなにがしかの理由で湾内への船舶の出入りを禁じた事があった。記録によるとその際夜の海に青白く光る貝のダンスが観察されたとある。


賢いメイドはなんとかしてこの我がままな令嬢の願いを聞き届けようと頭を捻る。

そうして捻り出したのが陰謀論だ。


よからぬ積み荷が運び込まれようとしている・・・

そんな根も葉もない噂を広げ、その調査のためにどうしても必要だと言う理屈を捏ねて無理くり港を閉鎖するよう仕向けたのだ。


当然、噂の拡散には時間がかかる。

加えて、各方面への根回しも必要だ。

その期間概ね1か月そこそこ。


令嬢をなだめすかして、どうにかその間我慢してもらい、

実行への目途を立てた。


港湾関係者や領民への告知を10日前に済ませいよいよ入港禁止となる前日に令嬢はまた閃いてしまった。


「私も潮干狩しおひがりに参加致しますわ!」


さすがにこの思い付きには周囲も面を食らってしまった。

特にこの日に向けて調整を行ってきた側付きメイドのシエラにとって寝耳に水もいいところ。

要人が街中にふらりと出かけるわけにはいかない。

相応の護衛が必要となるからだ。


ただでさえ港湾の閉鎖に人手が取られる状況で一体何を考えているのか?

そんな不満を口にした所でどうにもならないから余計質が悪い。

無理言って協力を取り付けた漁師達の手前もある。

突然我がまま令嬢が漁に参加するなんて聞いたらどんな反応が返って来るのか考えただけで頭が痛くなってくるというものだ。


それにしてもこの大がかりなイベントを単なる潮干狩り程度にしか考えていない事にも驚くばかりだ。いかにもこの令嬢らしいと言えばそうなのだが・・・・。



こうして迎えた当日。

港町ポルテアは騒然としていた。

港湾の入り口を塞ぐ多数の軍船。

街中に配置された沿岸守護兵達。


常にない緊迫した雰囲気の中でただ一か所だけ緩み切った一団がいた。

いや緩み切っているのはただの一人、そうレイチェル=フォルンコートその人だった。



「シエラ私の乗る船はどれになりますの?」

さも当然の事のように尋ねてはいるが動揺は隠せない。

まさか漁船だけで30隻以上、封鎖や警備のための軍船を合わせれば100にも迫る船が出動しているのだ。

お気に入りの熊手を握りしめて参加していた自らの滑稽さをごまかそうと必死だった。

側付きメイドのシエラはその気配に気づかぬふりをしつつ、無理を承知で漁師の代表者に頼み込みなんとかご令嬢が漁船に乗り込めるよう取り計らった。


だが出港後30分も経たずこの令嬢を乗せた船だけが引き返す事となった。

さすがの我がまま令嬢も船酔いには勝てなかったのだ。

何度も海に向かって嘔吐し、真っ青な顔をして陸に戻ってきた。



「地面がぐるぐるして、気持ち悪いですわ。もう二度と船になんて乗りませんわ!」

弱々しくシエラに告げると、生涯決して船に近づこうとはしなかったと言う。

代々沿岸守護を任じられてきた家柄としてどうなのか。

妙に人徳のある彼女を悪し様に言う者はついぞ現れなかったのだ。



こうして、漁に参加できなくなったご令嬢は、回復後探検を始めた。

暇を持て余したのもあるが、意気込んで参加した手前何もせずにはいられなかったのだろう。もちろん普段見慣れない港の様子が珍しかったのも理由の一つだ。


沿岸で働く人々に気軽に声をかけ、自ら進んで交流を深めた。

好奇心旺盛な彼女は目につく建物内にも躊躇なく突進し質問攻めにする。

そうしてある倉庫内に立ち入った時それは起こった。



「困ります、今立て込んでおりまして中に入るのはどうかご遠慮ください」

レイチェルの側付きが関係者と思しき人物と立ち入りのための交渉をしているのを横目にこの令嬢はかまわず中に入り込んだのだ。

そうなれば身辺警護をする沿岸守護兵も雪崩れ込んでくる。

途端に中にいた怪しい一団が慌てふためき騒動に発展したのだ。



結果的にはこれがクリティカルヒットとなった。



実は陰謀論が現実だったのである。

王国一の港町と称される繁栄ぶりに嫉妬したとある貴族が爆発物を仕掛ける計画だったのだ。


本来は船ごと爆破させて港の重要施設や停泊中の船舶に決定的な損害を与えるつもりだったのだが、寸前に港湾が閉鎖されるとの情報を知り、急遽計画を変更した。

予定の半分以下となった爆発物を前日に運び入れ、攻撃対象を絞り、さぁこれから爆発物を各所に設置しようという段階でいきなり兵士が殺到したため計画が寸前で防がれてしまったのだ。



我がままに振り回された周囲の者達はこの陰謀を防ぐために敢えて我がままを押し通す風を演じたのだとこのご令嬢を聖女の如く扱い始めた。


「万物を見通す深淵なる智謀の君!」

「いやそれだけではない、身の危険を顧みず皆を救った英雄だ!」

「ポルテアを導く聖女様よ!」


ご令嬢の声望はここで頂点に達した。

こうして港湾を閉鎖したわがままも、

突如現地に赴く身勝手さも見事にスルーされた。


船でをしてまで相手を油断させた知略の権化。

身を危険に晒してまで調査を行った献身。

爆発物をいとも簡単に見つけ出した心眼。


全てが彼女に都合よく誤解された。

お気に召すまま行動した豪運がここに極まったのだ。


代々沿岸守護を拝してきたフォルンコート伯爵家令嬢レイチェル=フォルンコート。

我がままで何でも欲しがり、思い込みの激しい上に食いしん坊だが凄まじい豪運の持ち主。

彼女が巻き起こす数々の伝説が今始まった。

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