第29話おやすみの前に伝えたかったこと

夜の部屋は、静かで、あたたかい。


間接照明の灯りがゆらゆら揺れて、まるで時間までゆっくり流れているようだった。


「……眠い?」


ベッドに入って、隣にいる駿に遥が声をかける。


「ちょっとだけ。でも、まだ寝たくないかも」


「なんで?」


「なんとなく、こうしてるのが幸せだから」


その言葉に、遥は枕をぎゅっと抱きしめた。


「……ずるい」


「え?」


「私も言いたかったのに、先に言われた。ずるい」


「じゃあ、先に言ったほうが“もっと好き”ってことで」


「むっ、それもずるい!」


ふたりでくすくす笑い合って、それでも声は小さくて。


まるで、寝る前の魔法のように、ふたりの言葉はどれもやさしく響いた。


「ねぇ、駿」


「うん?」


「毎日、こうやって眠れるのって、すごく幸せだね」


「うん。“当たり前”にしちゃいけないくらい、特別だよね」


「……ありがとう、隣にいてくれて」


「こっちこそ、ありがとう。隣にいてくれて」


沈黙のなか、ふたりの呼吸が重なる。


すこしして、遥がぽつりとつぶやいた。


「今日も、明日も……できるだけ、いっぱい“好き”って言うね」


「俺も。忘れられないくらい、言うよ」


「忘れたら?」


「そのときは、また恋させるから」


最後の言葉に、遥はふふっと笑って、そっと目を閉じた。


“おやすみ”の前に伝えたその気持ちは、

どんな夢よりも、あたたかかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る