涙を誘う崖

平中なごん

一 某サスペンスの崖

「──あなたが、犯人だったんですね」


 お決まりの〝崖〟で真犯人の美女と対峙し、船小路恵一郎ふなこうじえいちろう演じる刑事がやはりお決まりの台詞を口にする……。


 休日出勤の振り替えで平日が休みになったある日、わたしは午後にやっていた二時間サスペンスの再放送を何気なく観ていた。


「いつ、わたしだと気づきましたの?」


「あなたがわざとお茶を溢した時です。あれは、無関係の人間に誤って毒を飲ませないための咄嗟に出た行動だったんでしょう……あなたの良心から出た行動です」


 寒風吹き荒ぶ冬の断崖に立ち、カーキのトレンチコートを着た船小路となんとかいう若手女優は、少々わざとらしいベタな演技を披露する。


「……あれ?」


 だが、そんな特に感動する要素も見当たらない、ありふれたサスペンスドラマだというのに、なぜかわたしの両の瞳からは自然と涙が流れ出ていた。


「あれ? なんで……?」


 ゴミでも入ったのかと目を擦り、頬を伝う涙を拭ってみるが、その端からとめどなく涙は溢れ出してくる……そこで自身の心を見つめてみてもやはり感動などしていないし、さっぱりその理由がわからない。


 まあ、ドラマの内容は「母親を医療ミスで殺され、それを隠蔽した大病院とその院長の息子の執刀医への復讐」という、同情する余地がないわけでもない筋書きではあるのだが、だからといってこんな大泣きするようなことはまず考えられないだろう。


 そもそもわたしは泣き上戸ではないし、ドラマや映画を観て泣くこともほぼほぼ皆無なのである。


 ただ、あえて心に引っかかることといえば、そのロケ地である〝崖〟であろう。


 そこは一見、よく使われているロケ地のように見えなくもないが、よくよく観察してみると違うように思われる。都合がつかなかったのかなんなのか知らないが、とにかくいつもの場所とは違う、よく似たロケーションの断崖のようだ。


 そんな心の動きに気づき、内容そっちのけでその景色に意識を集中させていると、今度はまた違った感情が自分の中に湧き上がってくる。


 この場所……なんだか懐かしいような……でも、とても怖くて嫌なような……。


 なぜか、わたしはこの崖に見憶えがある……そうだ。わたしは前にこの場所へ行ったことがあるのだ……。


 けど、いつ行ったのだろう? 子供の頃に家族旅行とかでか? でも、こんな断崖絶壁のある観光地へ旅行したような憶えはない。


 それなのに、行った記憶はないというのにこの崖の景色は強烈に心の奥底へ焼き付けられている……。


 もしかして、実際に訪れたわけではなく、テレビかネット動画か何で見たものが無意識下に残り、記憶が混乱してただ行った気になっているだけなのか?


 つまりはただの勘違い──既視感デジャヴュというやつだ?


 だが、それにしても妙に気になったので、わたしはスマホでネット検索すると、そのドラマのロケ地を調べてみた。

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