とある不良少女が可愛い系男子を極めちゃった生徒会長に告白される話

緋色友架

プロローグ

100平米のトロイア

「あ、あぁああぁあ、あ、あ、あ――――あまら、い、しょーこ、さん……ですよね……?」


 凹の字型をした校舎の屋上、無計画な増改築で前後を進入不可能な壁に囲まれた狭小空間。校門とグラウンド方向へ延びる幅は20メートルもあるくせに、壁同士の距離は5メートルしかない、圧迫感を禁じ得ない領域。


 コンクリートで固められた床面に腰を下ろしながら、天雷あまらい輝子しょうこは、僅かに顔を上げた。


 女子高生という肩書を鑑みれば、彼女の格好は『異様』と言っていいだろう。荒れ放題伸ばし放題な焦げ茶の髪の毛、肩に羽織る学ラン。折り目正しくボタンを締めたワイシャツはしかし、彼女の豊満な胸をいっそう強調している。スカート代わりに時代錯誤なボンタンを穿きこなし、今にも壊れそうなローファーが大きな足を包んでいる。



 そしてなにより、見る者を圧倒し畏怖させる異様な威容――――天雷輝子の、



「……なんだおまえ。誰だ……そんでなんの用だ」



 問いかけの声は、あくまで穏やかだ。どこか眠そうでさえある。


 しかし、余人にはそうは聞こえないだろう。地鳴りを想起させる重低音に、不機嫌を極めた口調、怒気と殺意すら孕んだ剣呑極まりない声音に聞こえるに違いない。



 たとえ彼女の姿から、肩にかけられた木刀を取り除いたとしても。


 輝子の目つきは、それだけで十分に攻撃として、威嚇として、凶器として機能する。



 ――――声をかけてきた少年も、輝子が顔を上げただけで、びくんと震え上がった。



「……誰だか知らねーけど、用がないならさっさと帰れ。ここにはオレしかいねーし、だからここでは、つまらねーことしか起きねーよ。巻き込まれたくねーだろ? だから――」



 少年の顔もロクに見ず、眼を閉じ顔を伏せ溜息交じりに諭しながら――――輝子は、周囲への警戒を怠らなかった。



 ――……高い声、随分と低い背丈。

 ――喧嘩慣れしてるような奴じゃなさそうだし……誰かにパシられたかね……。



 投げ出した左脚に緊張を漲らせ、肘を置く右膝に力を入れておく。木刀を握る手をいっそう強くし、凭れる壁に左手を添えておく。いつでも立ち上がり、得物を振るえるように。


 見た目が弱々しい奴で油断させて襲いかかる。そんな奇襲、飽きるほど味わってきた。


 天雷輝子の眼は。あまりにも凶悪で、人が見れば恐怖を抱かざるを得ないその眼は。


 己を無辜と信じる人間たちに、防衛と反撃を決意させる。決行させる。



 輝子自身がなにもせずとも、なにをするつもりすらなくとも関係ない。その眼で見られること自体が侵犯行為。故に、大義名分を振りかざす暴力が、常に彼女を襲ってきた。



 だから、当然のように、今日もそうだと思っていた――――だから。




「かっ、帰りま、せん! 用だって、ちゃ、ちゃんとあるんです! しょ、しょーこさん……あなたに、あ、あなたに! 伝えたいことが、あるんですっ!」



 そんな風に、たどたどしくも切られた啖呵が、予想外だった。



 輝子の気を引くために用意された囮が、これほどまでに意味の通る言葉を紡げたことはなかった。大抵は彼女を前にして、口も舌も喉も震え切って、まともに声も出せなかった。



 だから、思わず輝子は、顔を上げる。



 そしてようやく――――屋上への扉を背にして立つ、の姿を見止めるに至る。




「…………!」




 少年は、あまりにも、可愛らしかった。



 陽光を煌めかせる栗色の髪、輝くサファイア色の瞳、ややサイズの大きなブレザーに、蒼いタイがよく映える。中学生と称してもなお幼い相好に背丈。柔らかそうな頬、やや低めで控えめな鼻、薄い桃色の唇――――その全てが、理想や人智を凌駕して可愛らしい。



 だからこそ、余計に分からない。



 こんな可愛らしく可憐で華奢で、暴力という単語から最も遠い妖精じみたこの少年が。


 自分なんかのところに赴いた理由が、輝子には皆目分からない。



「えっと、えと、えぇっと……あ! そ、その、ぼ、ぼくはあの、えっと、き、希代きだいともえっていいます! せ、生徒会長です! その、こ、この前の選挙で、えと、選んでいただいて、だから、その、えっと、えぇっとぉ――――しょ、しょーこさんっ!」



 とはいえ、分からないと混乱していたのは、輝子だけではない。


 希代巴と名乗ったこの美少年もまた、混乱のさなかだった。



 怖がっているのではない。恐れているのでもない。単なる純然たる緊張によって、なにをどう伝えるべきなのか、事前に練った台本など頭から消し飛んでしまっていた。



 故に、巴は叫ぶ。なにを伝えたいのか、その根源たる原動力を。



 考えようともまともに機能しない頭は、論理や理性を捨てた感情を吐き出した。





「ぼ、ぼくは、ぼくは――――あ、あなたの、ことが、好き、です! 大好き、ですっ‼」




 天雷輝子とある不良少女希代巴可愛い系男子の頂点を極めちゃった生徒会長に告白される――――そんな珍妙な物語は、こんな風に。



 ぐるぐると目を回して、とにかく言わなきゃと焦燥感に背中を押された巴と、それを聴いて僅かに目を丸くした輝子という、なんとも締まらないふたりから始まるのであった。

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