第28話 グラヴェル・ドレイヴン(3)

 グラヴェル・ドレイヴンは初めて対話が成立する言葉を発した。

 だが、その言葉は無視する。

 ただ、一歩、歩みを進めて戦意を示す。


「来い!もう――逃げない!」


 足元の瓦礫が軋み、戦鎚を構える。

 僕が戦鎚を構えるのと同時にグラヴェル・ドレイヴンは地面を蹴る。


「≪一閃・屍刻≫」


 空気が再び裂きながら、地面に塵が直線を描く。

 その直線上においる僕も避けることなく、腰を据えて、戦鎚を構える。

≪命穿の一鎚≫

 グラヴェル・ドレイヴンの放った≪一閃・屍刻≫と僕の振るった戦鎚の軌道が交差する。

 ――ガギィィン!

 戦鎚とグラヴェル・ドレイヴンの斬撃が重なった瞬間、辺りに響き渡る大きな金属音とともに僕の全身に大きな衝撃が走り、斬撃が霧散した――直後、眼に映ったのは眼前に迫ったグラヴェル・ドレイヴンだった。


 まるで僕が先ほどの斬撃を防ぎきることがわかっていたかのような対応に思わず力が籠もる。

 グラヴェル・ドレイヴンが一瞬で距離を詰めた。

両の肩をねじ込み、全身の軸を震わせるように刀を振り下ろす。

刀の軌道には空間の裂け目が生じさせながら僕を襲う。


「≪地哭斬≫」


 回避こそできないものの、振り下しに合わせて戦鎚を振り上げる。

 戦鎚が刀を受け止めた瞬間、火花が弾け、金属と金属が軋む悲鳴に耳が痛くなる。

 ≪地哭斬≫、名が泣くほどの一撃とはまさにこのことだ。

 僕の足が地面にめり込み、全身が悲鳴を上げている。


地面にじわりじわりとクモの巣状の亀裂を作り上げながらもなんとか受け止めた。

 受け止めこそしたものの、グラヴェル・ドレイヴンの刀と僕の戦鎚で鍔迫り合いが生じる。

 グラヴェル・ドレイヴンは両腕が健在であるのに対して、僕の腕は左腕が切り落とされて右腕だけで受け止める形だ。

 お互いの武器がぶつかり合い、火花が飛び散る中でゆっくり、そしてじんわりとグラヴェル・ドレイヴンに抑え込まれていく。


「っ……!」


 肘にかかる重みが増していき、呼吸が浅くなっていく中でグラヴェル・ドレイヴンと視線が交差する。

 ギラギラと輝く瞳に負けじと奥歯を噛みしめながら全力で剣力から耐え抜く。


「……っはぁ、っはぁ……」


 何か効果的な攻撃を加えたいが、何か別の行動を移そうとしてしまえば途端にグラヴェル・ドレイヴンの剣圧に押しつぶされてしまいそうだ。

 全身の力を使いながらなんとか耐え続けている中、わずかに――ほんの刹那、グラヴェル・ドレイヴンの力が弱まった。


「――っ!」


 突然の状況の変化に疑問が頭に浮かぶよりも早く、この機会を逃してしまえば勝てないと悟り僕は反撃に転じていた。


「――ォラァ!」


戦鎚を僕の体に当たらないように刀を逸らすように引き、軸足を切り替えながらグラヴェル・ドレイヴンの右足に戦鎚を叩き込む。

僕の一撃は恐ろしいほど正確にグラヴェル・ドレイヴンの脛に吸い込まれた。

金属が歪む感触を感じながら、間髪入れずに後方へ跳躍して距離を取った。

全身にたまった疲労を少しでも軽減させようと息をつこうとしたものの、滴り落ちる汗を拭う暇もなく、眼の前が獰猛な殺意をたぎらせる巨影で埋まる。


「≪千裂・廻旋≫」


――すさまじい剣戟が始まった。

 斬撃が風を裂く。

 空気が悲鳴を上げ、視界が抉られ、刀が走るたびに残像が幾重にも交差して現実と幻の境界があいまいになる。

 戦鎚を振り回し、受け止めようとはするものの――重い。

 一撃一撃にまともに喰らってしまうと死んでしまうほどの威力が籠もっており、きちんと逸らしながらさばいているにも関わらず体が鈍くしびれる。


「ッ――!」


 左肩が焼けるように痛む。

 大振りな僕の戦鎚の間を縫うようにしてグラヴェル・ドレイヴンの刀が肩に突き刺さる。

 あまりの痛みに脂汗が滴り、涙で視界がかすむ中、それでも瞳は逸らさない。

 僕のグラヴェル・ドレイヴンの脛に攻撃した影響は確実に出ている。

 あそこまで甲冑をめり込ませたんだ。

 骨くらいは折れているはず。

 実際に最初の一歩は我慢できるのかもしれないが明らかの足を使って翻弄するつもりはなく、最小限の足運びで戦おうとしていることが明らかだ。

 だが、僕の腕が切り取られても死ぬ気で動き回っているのと同じように命を懸けて必死に戦っているのは同じこと。

 防戦一方だといずれ僕の方が先に潰されてしまう。


 僕が攻めなければ!

 左肩に突き刺さった刀を体を逸らすようにして肉ごと引き抜き、そのまま走り出す。

 グラヴェル・ドレイヴンの左側へ回り込みながら戦鎚を振り上げるとグラヴェル・ドレイヴンもそれに反応する。

 刀と戦鎚が再び交錯する。

 だが、そこには防御の意味は含まれていなかった。


「――ッ!」


 僕の左肩に一閃、グラヴェル・ドレイヴンの左腿に重撃。

 互いに止まらない――止まれない。

 ここで止まってしまえば、ここで防御に回ってしまえば確実に死んでしまうことだけを僕たちは戦いの中で悟っていた。




***

 

 亜樹が戦っている。

 全身から血をまき散らしながら。

 自分の誇りのためにわざわざ一人で戦っている。

 もちろん私も亜樹が助けを呼ぶなら即座に参戦するつもりだった。

 むしろグラヴェル・ドレイヴンが今回の敵だと知った時から参戦する準備は済ませていた。

 なのに……


 戦鎚と刀がぶつかるたびにかなり離れたこの位置にまで金属音が響き渡っている。

 いや、これはむしろ爆発音と表現する方が正しいのかもしれない。

 亜樹は片腕を失い、体が切り刻まれてしまっているにも関わらず私に助けを求めない。

 仲間が切り刻まれている中ただ見ているだけの私に何があるのだろうか?

 ここは私が助けに入って、確実に助けるべきなのではないのだろうか?

 いろんなことが頭をよぎるが、実行には移せない。

 ここまで助けを求めない亜樹の覚悟を感じてしまったから。

 同じことを感じたのか、隣でカナリアの主砲のスイッチを握っている佳那ちゃんも目をそらさずに亜樹に戦いを見守っている。


 きっとここで助けてしまったら亜樹は格上に対しても助けがあることを前提に動いてしまう。

 なぜかそう確信している亜樹を感じることができた。

 なら、私は見守るべきなのだろう。

 すでに私は出していた専用武器を片づけてしまった。

 先ほどから亜樹は防御をしていない。

 ただ、攻撃を喰らいながら相手を倒すことしか考えていない、獣のようだ。

 グラヴェル・ドレイヴンからの攻撃を最小限の動きで避けながら重い一撃を叩き込む。

 死の淵で明らかに亜樹の動きの精度が向上している。

 亜樹の動きに合わせて、カウンターを喰らっていた状態が続いていたのに、今ではグラヴェル・ドレイヴンの動きに合わせたカウンターを亜樹が行っている。

 グラヴェル・ドレイヴンの斬撃は確かに恐ろしいが、亜樹の戦鎚の威力も相当だ。


 このあたりには戦時中といわれても納得してしまうような爆撃音が絶えず響いている。

 明らかに血まみれでかなり足元がおぼつかなくなっている亜樹もかなりの重傷だが、それに隠れてグラヴェル・ドレイヴンもかなり重傷を負っているのは間違いない。

 亜樹のような部位損傷、深い切り傷こそないものの、あの鎧の下にはかなりの骨折や打撲、筋挫傷が広がっているはずだ。

 鎧の凹み方から頭蓋の一部でも損傷しているはず。

 決着は近いように感じた。


「……亜樹、お願いだから……どうか……勝って――」


***




 不思議な感覚だ。

 この戦鎚は振れば振るほど僕の体に正しい振り方を、敵に対する正しい攻撃の仕方を教えてくれる気がする。


 『顕録・積津ノ大鎚』

 これのサポート能力は戦い始めて経験不足な僕に足りない技量、経験値を補ってくれるものだったのか。

 僕の体はいったいどれだけ切り刻まれてしまったのだろうか?

 全身の血を抜かれすぎて死の淵にいるはずなのに逆に冷静になってしまっている。

 グラヴェル・ドレイヴンが僕に向けて刀を振るう。

 その軌道に合わせて体を逸らし、細やかに戦鎚を振り降ろす。

 体中に刻まれたこれまでの傷、一つ一つが僕に最適の動きを教えてくれる。

 専用武器を初めて開花させようとしたとき、僕は初めて漠然と感じていただけのエネルギーを初めてわかった気がした。

そして今になって戦鎚が僕にエネルギーをとにかく籠めてぶん殴れと囁く。



 お互いに攻撃を喰らいながら喰らいついていく中、ギリギリにまで迫ってくる自分の限界というも僕の冷静な部分が感じ取っていた。

 グラヴェル・ドレイヴンの途轍もなく速い切り返しに避けきることができず、瞼ごと右眼球を切り裂かれる。


「っ――!」


 だがそれと同時に振るった一振りがグラヴェル・ドレイヴンの側頭部に命中し、巨体が吹き飛ばされていく。

 かろうじて形の残った鉄筋コンクリートを吹き飛ばしながらグラヴェル・ドレイヴンは態勢を整え、刀を収め、居合の態勢をとる。

 ――あの構えは!

 僕は回避を諦めた。


 同時に体中から絞る取るようにして集めたエネルギーを戦鎚に詰め込み、グラヴェル・ドレイヴンに飛び掛かる。


「≪寂光ノ瞬≫」


 悪あがきのつもりで空中で体を捻らせながら少しでも回避しようとするがグラヴェル・ドレイヴンの凶刃は僕の両足を太ももから切り落とした。

僕は空中で下半身と別れを告げ、そのままグラヴェル・ドレイヴンに突進する。

≪寂光ノ瞬≫は大技なのかなかなか次の動きに結び付けられない。

ふと、グラヴェル・ドレイヴンと目が合ったような気がした。

一体何を考えているのだろうか、僕には一切わからない。


「――修羅の小僧、見事であった」


 グラヴェル・ドレイヴンが最後にふと呟いた。

≪断光ノ劔槌≫

 そのまま僕の決死の一撃がグラヴェル・ドレイヴンの頭部に吸い込まれる。

 同時にグラヴェル・ドレイヴンの頭部と胸部が抉られたかのように爆ぜ散った。

 僕はそれを確認することすらできず、倒れ伏す。


******


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