第26話 グラヴェル・ドレイヴン(1)

 ここまで僕の、いや、僕たちの小さなころの夢を実現するとは、僕は佳那ちゃんを見誤っていたようだ。

 手に汗握りながら佳那ちゃんがカナリアを動かす様子を見守る。

 そんな僕を見る優衣ぴょんの目はとても覚めたものだった。


「亜樹、これからB級スターダストと戦うんだからもっと集中しときなさい」


 興奮気味な僕の様子を見て優衣ぴょんがあきれたように言う。


「亜樹、もう着くよ。外に出て戦う準備でもしてなさい」


 ロボットが動き始めて数秒。

 ロボットが移動する際に周りにもたらした自体は甚大なものだったが、僕と同等の移動速度を持っていた。

 佳那ちゃんの警告からあたりを真剣に見渡してみると一軒家から頭が一つ突き抜けるくらいの巨体を見つけた。

 その巨体は堂々と街中で車道を歩き進んでいた。


「優衣ぴょん、あれは……」

「グラヴェル・ドレイヴン……通称、咆哮の牙」


 優衣ぴょんの声には不安が込められていた。

 街中を歩いていたグラヴェル・ドレイヴンは特に何かを自発的に壊すわけでもなくただ淡々と街中を練り歩いていた。

 ただ淡々と、グラヴェル・ドレイヴンがいることで交通の邪魔となり、立ち往生してクラクションを鳴らしている車を気にも留めずに踏みつぶす。

 辺りにはボンネットが潰れる音と人々の悲鳴が響き渡っていた。

 佳那ちゃんが街へかなり近づくと、街の人々がこちらを指さして話し合っている様子が見て取れる。

 グラヴェル・ドレイヴンも同様にこちらに気が付いたようだ。


「大丈夫、近接戦闘タイプならむしろ僕と相性がいいよ」


 気負った様子を見せることなくただ淡々と佳那ちゃんの隠れ家から出ていく。

 僕が佳那ちゃんの助けを借りて、巨大ロボットの胸に設置されていたコックピットから出たのと同時に頭が痛くなるほどの咆哮が鳴り響いた。


「グゥオオオォォォ!」


 腹の底から鳴り響いたかのような低い方向は町中の窓ガラスを割り、古い建物は倒壊した。


「これは……共振?」


 物理の授業で習った気がする。

 僕のつぶやきとともに街が捲りあがった。

 僕の目の錯覚なのではないかと思うほど、家が、道路が、車が人がいきなり宙を舞って土ぼこりと化した。

 ただグラヴェル・ドレイヴンが踏み込んで走り出しただけだと気が付いて衝撃に備えようと構えをとった途端、僕の目の前に壁が迫っていた。

 僕の真後ろには佳那ちゃんと優衣ぴょんがいる。


 その存在を肌で感じているからこそ僕の頭に避けるという選択肢は思い浮かばなかった。

 とっさに両手で殴りつけるように迫ってくるグラヴェル・ドレイヴンの腕を殴りつける。

 肘に肩、腰に膝、全身を突き抜けるような衝撃に地面を抉りながらなんとかカナリアの足元で完全に勢いを殺しきる。

 グラヴェル・ドレイヴンは落ち武者のような風貌をして、その顔は鬼のようでもあった。

 勢いを何とか殺しきって安心したのもつかの間、初めは巨大で目立つカナリアを攻撃しようとしていたのだろうグラヴェル・ドレイヴンは、僕たちから距離を取ろうとするカナリアから自身に敵対して向かってくる僕に瞬時に狙いを変更して、殴りかかってきていた右腕を軸にして瞬時に左ひじを僕に叩きつけてくる。


 その瞬時な切り替えと自然でしなやかな身のこなしの肘打ちに僕は飛びのくようにして避ける。

 ――よし!戦える!

 一軒家を超える巨体から繰り出される素早くてしなやかな肘打ちは飛びのいた僕の足、音にクレーターを作り出した。

 これまでの僕ならきっと二撃目をよけきることはできなかっただろう。

 たとえ圧倒的な体格差があったとしても、相手が人型であるなら戦い方は大きく変わらない。

 相手をしっかりと観察しさえすればB級スターダストとは言っても僕でもしっかりと戦える。

 僕は優衣ぴょんに選ばれた人間なんだ。


 とっさに肘打ちから回避した僕は着地すると同時に膝を右側に崩れ落ちるような重心のかけ方で流れるように孤を描くように走るとグラヴェル・ドレイヴンの背中を取る。

 トリッキーな戦い方は隙が大きくできてしまう。


「ふん!」


 背後から頭を叩きつけるように拳を振り下ろす。

 僕の拳は回避する隙を与えずにグラヴェル・ドレイヴンの後頭部に吸い込まれた。

 金属を殴りつけた鈍い音があたりに響く。

 拳に感じる確かな感触。


 これまで通りの敵なら確実の地面にめり込ませるほどの威力だったはずなのに首の筋力の脱力で僕の拳の勢いを軽減しやがった。

 体格差のでかさ、それゆえの軽い脱力で殺せる威力の大きさ。

 グラヴェル・ドレイヴンは僕の攻撃を受け流すと羽虫をたたくように空中にとどまっている僕をはたき落とした。


「――ぶべぇ」


 リーチの違いが大きすぎる。

 ……だけど、戦える。

 自分と同じくらいの大きな腕の叩き落とされたからこそ確信した。

 こいつは僕よりも弱い。

 着地と同時に態勢を整えるとグラヴェル・ドレイヴンからの追撃に備える。

 グラヴェル・ドレイヴンは間髪入れずに僕の着地点に踵落としを繰り出してきた。

 僕自身よりも体積が大きそうな足。

 まるでトラックの突進だ。


 軽いステップで踵落としから体を逸らすと足元がなくなったかのようにグラヴェル・ドレイヴンを中心としたくぼみが発生して体勢が崩れる。

 だが、重力を操作する優衣ぴょんと一緒に訓練をしている僕にとってとっさに地面が逆さまになるくらいのイレギュラーにはもう慣れた。

 地面が崩れていくのと同時に飛びのき、グラヴェル・ドレイヴンといったん距離をとる。


「ふぅー」


 足が地面に埋もれているグラヴェル・ドレイヴンの様子を観察しながら一息つく。

 背後から聞こえる悲鳴の声がかなり大きい。

 グラヴェル・ドレイヴンに弾き飛ばされてしまった際に市街地にかなり近づいてしまった。

 どうやって戦ったらいいものか。

 グラヴェル・ドレイヴンの突進で一部倒壊した街を見ながら考える。

 そして僕は決心した。

 ぴちぴち県の皆さんごめんなさい。


 心の中で一時間経てば記憶にも残ることなく生き返る命であるとはいえ、積極的に死地へ変貌させようというこれからの僕の行いを心の中で謝罪する。

 グラヴェル・ドレイヴンの初めの突進のせいで倒壊した建物の破片が近くに散らばっている中、手ごろな位置に街路樹が倒れていた。

 グラヴェル・ドレイヴンの片足が地面に埋まっている中、僕が攻撃しなかったことから、グラヴェル・ドレイヴンも落ち着いて僕の方を振り向き、態勢を整えていた。

 街路樹に近づき、両手を使って持ち上げる僕の様子をグラヴェル・ドレイヴンは興味深そうに観察しながら一歩ずつ近づいてくる。


「――ふん!」


 遠心力を使いながら倒れた街路樹を全力でグラヴェル・ドレイヴンに投げつける。

 同時に僕は振り返り、街中へと全力で走りだす。

 背後から重たい荷物を地面に叩きつけたような音が聞こえる。

 僕の投げつけた街路樹は特に意味を成すことなく破壊されてしまたのだろう。

 そんなことを思いながらグラヴェル・ドレイヴンによってひっくり返された地面を走り回り、一軒家よりも大きなグラヴェル・ドレイヴンから身を隠す。


 周りの人間たちは再び近づいてくるグラヴェル・ドレイヴンの巨体に恐怖して我先にと逃げ出そうとしている。

 そんな人々を尻目に、あえて街中に誘った。


「ふぅー」


 命を懸けた戦いであるが故の高ぶる気持ちを落ち着かせる。

 さぁ、追いかけてこい!

 物陰に潜みながら念じ続けているとゆっくりと警戒した様子を見せながらグラヴェル・ドレイヴンが街中へ入ってきた。

 街中へ二歩目を踏み出した瞬間、僕は全力で駆け出す。

 《踏鉄ノ釘》

 僕が地面を蹴ることで発生する爆発音が届く前にグラヴェル・ドレイヴンの背中に飛び蹴りを喰らわせる。

 腰部分の鎧の金属に僕の足がめり込み、完全に僕の足跡をつけてやったぜ。

 グラヴェル・ドレイヴンは仰け反るようにして前へ重心が移動し、体勢が崩れる。

 飛び蹴りを喰らわせるのと同時にグラヴェル・ドレイヴンの鎧の一部を握りしめる。

≪伏落ノ鎖≫

 握りしめた鎧を引き寄せるように地面に向かって加速し、通りすがりにグラヴェル・ドレイヴンの膝裏を重い蹴りをぶち込む。


 グラヴェル・ドレイヴンの膝は木の枝でもへし折れたかのように勢いよく崩れ落ち、それに連動して体勢が崩れる。

 足が崩れた隙を見逃さず、僕は地面を蹴り、建物を土台にグラヴェル・ドレイヴンと同じ目線に近づき、頑丈そうな歩道橋を支点に、グラヴェル・ドレイヴンの鎧を掴み背負い投げを喰らわせる。


「――うぐぅ!」


 思いっきり地面に叩きつけると道路が陥没し、クレーターが出来上がる。

 グラヴェル・ドレイヴンの兜の中からうめき声のようなものが漏れ出た。

 ――とどめだ!

≪天雷華≫

 歩道橋から飛び降りて、踵落としを決めようと足を振り上げる。


「グゥオオオォォォ!」


 刹那、グラヴェル・ドレイヴンは獣のような咆哮というにはあまりにも濁った絶叫のような声をあげた。

 理屈ではない。

 ただ、僕の心臓は締め付けられたかのように跳ね上がり、僕の本能が逃げろと叫んでいた。

 押し寄せる謎の恐怖を跳ね除けるように僕は振り上げた足を振り下ろす。

 全身の力を足に集中させて決めにかかる。

 僕の足が兜を踏みつぶそうとした瞬間、地面が弾けた気がした。

 気にせず足を振り下ろすも、本来あるはずの感触がない。

 地中に埋め込まれていた爆弾が爆発したかのように僕の踵落としが決まった場所を起点に地面が捲りあがる。


 ――クソ!周りを確認したいのに土ぼこりが舞ってしまってよく見えん。

 とっさの状況の変化についていくことができず、ただ慌てて辺りを見渡すも視界が悪く、ろくに状況を把握できない。

 奇襲を受けて、一撃で死んでしまうということがないよう、ひたすらにあたりを警戒しているものの状況はいまだによくわからない。


 この場から動くかどうか必死に頭を回していると目の前の空気が二つに割れた。

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