第16話 優衣ぴょんがいる故の出来事
「優衣ぴょんどうしたの?」
「いや、メニュー……これ見てよ」
「どれどれ?……子羊の腸とコンソメジュレ ~アワビとともに~、バロット、鴨血……おい、莉緒!ゲテモノ料理ばかりじゃないか!」
バロットというのは付加する直前のアヒルの卵でどこかの国の伝統料理だったはずである。
鴨血も結構高級料理として扱われるれっきとした食材だ。
子羊の腸については何を考えて料理をしているのかわからないけど、これを頼むやつはいないだろう。
「――ゲテモノ⁉なんてこと言うのお兄ちゃん!ここはいろんな国の料理を楽しめるレストランだよ。失礼なこと言わないで!」
わ、忘れてた!
僕は小さいころから暴飲暴食を繰り返してきて、莉緒が小さいころとかは莉緒の皿からたまに料理をとったりしてた。
そのせいで、莉緒は小さいころから大衆受けするような料理よりもあまり日の目を浴びないような料理を食べる機会が多くて、いつしかゲテモノ料理を好むようになったんだった。
そのような経緯があるせいで、僕は莉緒のゲテモノ好きに関して強く言うことができないが、最近はそのようなこともなく、大衆受けするような食事ばかりとってたはずなのに……
それも、こんな時に発揮しなくても……
「優衣さんもきっと気に入るよ。ここは普段扱わないような食事を引退した高級ホテルの料理長が趣味で開いたお店だからね」
自信満々に言う莉緒に言い返すことができなかったのか、ゆいぴょんは気圧されたかのように一番被害の少なそうなワニ肉を注文する。
莉緒はどうやって、そんなすごい人が経営するこんなゲテモノやを見つけたのだろうか?
ゲテモノを扱ってるのにこの数の客がいるということはそれだけおいしいということなのだろう。
最初ははずれを引かされた気持ちになったけど、優衣ぴょんがこれまで食べたことがないようなものを食べさせてあげたいとは思ってたし、これでよかった気がする。
「じゃあ、僕は何にしようかな……」
メニュー表をしばらくめくっていくとハンバーグにピザ、シチューにグラタン。
僕が日常的に見るようなレシピがしっかりと載っていた。
なんだ、普通の料理もあるじゃん……
「じゃあ、ハンバーグとグラタンとシチューでもとりあえず頼んでみようかな」
そういいながらタッチパネルを操作して注文を完了させる。
優衣ぴょんがメニュー表の二ページ目以降に目を通して落ち込んでいるがそんなことは気にならない。
「……お、お兄ちゃん、勇気あるね。私でも、そこら辺を頼むのには躊躇したのに……食べることに関してはお兄ちゃんにはかなわないや」
ン?
変なことを言う莉緒だなぁ?
僕が普通の料理を頼んだことを怒ってるのか?
「あ、亜樹……ちょっと引くわ」
え?なんで?
料理が来るまでの間、周りから視線を感じるので、個人的な内容には深く触れることがなくなったが、それでも最近の流行について楽しく語り合えたと思う。
最近の流行なら僕も莉緒と一緒に過ごす中で学ぶことができているから話題に入っていくことができたしね!
「お待たせいたしました」
お?
料理が来たのかな?
「こちら、ワニ肉のソテーとバロットと鴨血、あとタランチュラのハンバーグ、サソリのピザ、幼虫のグラタンでございます。……それでは失礼します」
店員さんが愛想よく料理を提供してくれるが、料理を見る視線には怯えが含まれていた。
きっとこの人はただバイトとしてここにいるだけで、ゲテモノ料理とか好きじゃないんだろうなぁ。
賄いはどうしてるんだろ?
それはそうとして、今、なんていった?
タランチュラ?サソリ?幼虫?
食い物じゃないでしょそんなの!
丁寧なことに料理の横には調理する前だったタランチュラたちの写真が飾られてある。
趣味が悪すぎるだろ!
何だろう?
優衣ぴょんのワニ肉がとんでもないごちそうに見えてくる。
莉緒、あいつはだめだ。
あいつのバロットの孵化する寸前の生々しい肉体がそのまんまだ。
とても食えたもんじゃない。
僕と莉緒の料理に視線をやった後に自分の料理を見たゆいぴょんはとても満足気だ。
「わー!おいしそうだね。私、バロットを初めて知った時からずっと食べてみたかったんだ!」
そういいながら莉緒が、アヒルの有精卵のゆで卵の殻を剝きながら話す。
うーわ、生まれる前の足までどこにあるかしっかり見れるじゃん。
こんなの見てよく笑顔でいられるな。
「早くお兄ちゃんもタランチュラ食べて感想教えてよ。一応はハンバーグとして出してるけど、タランチュラを焼いて味付けしただけの奴もあるから、頼んどこうか?」
「すまん莉緒、タランチュラとか僕の前で二度といわないでくれ」
「亜樹、早くそのタランチュラと幼虫とサソリを食べて次の料理でも頼みなさい。どうせお腹いっぱいにならないでしょ」
テーブルマナーまでしっかりしているゆいぴょんが一口サイズにワニ肉を切り取りながら僕に語りかける。
命の恩人で感謝し続けないといけない立場であることは自覚しているけど、ぶちのめしてやろうかと思った。
莉緒は莉緒で、笑顔のままアヒルの有精卵を頬張ってるし、僕の味方はいないのか?
「あ、これ普通のゆで卵みたい」
莉緒が鴨血にスプーンを伸ばしてるのを見ながら僕も覚悟を決めた。
「……クソ、食うしかないか――ウマ!」
ゆいぴょんに倣って僕も一口サイズに切り分けたハンバーグを口に放り込むと想像して他のよりもずっとおいしい口当たりに思わず声が出る。
鶏肉に近いのかな?
正直ハンバーグとは合わないような気がするけど、これは見た目のインパクトを軽減するものだと思えばそれも納得できる。
「え?それおいしいの?」
ワニ肉のソテーを頬張りながら驚いた表情でゆいぴょんが尋ねる。
「すごいよ!もしかしてここの料理人って天才なの?」
「えーいいな。私のワニ肉はソースはおいしいけど、肉の臭みっていうのかな?それがきつくてちょっと苦手かな」
勝ち誇ったような表情をしてたゆいぴょんの料理がそこまで辺りではなく、僕の奴があたりだったことで、感じてた敗北感が一転して優越感へと変わる。
こうなると見た目のインパクトに引きずられて手をつける気になれなかったほかの料理にも手を出す決心がつく。
「うーん、これも……甲殻類を食べてるなって感じはするけど、ピザ自体の味がおいしいから全然気にならないや」
ハンバーグ、ピザと僕の想像してたものよりずっとおいしかったという裏切りがいつもより僕の咀嚼を早める。
「……じゃあ、最後はグラタンを――おぅえ⁉まっず!」
「――おお、三個目で落ちを作ったかぁ。さすがお兄ちゃん」
莉緒が鴨血を頬張りながら感心したように言う。
「大丈夫?亜樹?一口分でしょ?頑張って飲み込んで!」
ゆいぴょんは言葉の上では僕を気遣っているかのようだが、その表情を盗み見ると、殺気僕が勝ち誇った表情をしたので、その憂さが晴れたかのような清々しいものだった。
口の中に必死に唾液をため込んで胃の中へ無理やり流し込むと目の前にゆいぴょんの顔がある。
その作り物のような美しさにあてられて心臓を引き締められるような感覚に襲われ胃から食べたものが逆流しそうになったが、我慢する。
「ちょっと!私の顔見て苦しそうな表情をするのはどういうこと」
僕が苦し気に顔をしかめるとゆいぴょんは怒ったような表情になる。
そりゃ、ゆいぴょんほどの人が顔を見られて苦し気な表情をされるのは初めてか。
「いや、顔をあげたら思ったよりも顔が近くにあっただけだから驚いただけだよ。他意はない」
僕が水を流し込みながら言うと渋々ながら納得したように引き下がる。
「それよりどう?このグラタン。結構おいしいよ。試してみてよ」
「いや、食べるか!」
ゆいぴょんにグラタンを進めてみるがとても処理してくれそうにない。
莉緒のほうに望みをかけてみてみるが、こっちは鴨血のスープを平らげてお腹がいっぱいになってそうな雰囲気を醸し出している。
莉緒はマイペースな奴だからどうせ食べてはくれないだろう。
「困ったなぁ」
これまでのおいしかった料理との差にうなだれてしまう。
ちょっとにおいをかいだだけでも胃がむかむかしてしまうほど柄だが拒絶してしまっている。
……どうしたものか。
「ねぇ、そこの美人さん!」
莉緒が“ん?”と反応したが、隣にゆいぴょんがいるのを思い出し、恥ずかしそうに下を向いた。
……可哀そうに。
普段、かわいい、かわいいって褒められてる立場だろうから、こういう時の勘違いは相当響くだろうなぁ。
声を聴く感じだと、僕たちがこのレストランに入った時、真っ先にこちらに注目してゆいぴょんに対してかわいい、かわいい言ってた奴だろう。
同性だから何となく察することができるが、ゆいぴょんのあまりのかわいさ、美しさに声が上擦りそうなのを必死に慣れてる雰囲気を出してごまかそうとしてるのがわかる。
「……何ですか?」
ゆいぴょんとしては自分が美人だと自覚していることをあまり知らしめたくないのか、少し間をおいて、自分以外の選択肢を除いたうえで振り返った。
僕もつられて視線を話しかけてきた男性に移す。
男性グループは四人組で、夏が近く、最近何もしなくても汗ばんでしまうというのに上には何枚か重ね着して、下はジーパンをはくというファッションに対する気合の入りっぷり。
顔に関しては男がかっこいいかどうかなんて正直トップレベルの俳優ぐらいにならないと判断つかない。
たぶん不細工ではないと思う。
ゆいぴょんが振り返って、間近にその顔を見た四人組が息をのんだのが伝わってきた。
「この店に入ってきたときにさ、もしかしたら初めてなのかなって思って、何頼んだの?俺は子羊の腸頼んだけど……タランチュラ?やるね君」
「あ、どうも」
あんまりうれしくない感心のされ方のような気がする。
ふと、何となく莉緒のほうに視線をやると四人組とは必死に視線が合わないようにしてた。
普段と違うように疑問を抱いていると、話しかけた四人組のうちの二人が莉緒のほうを見て、気まずそうにしている。
なるほど、クラスメートだったか。
てことは、こいつら高校二年生……
高二で街中のゆいぴょんに声をかけるなんてすごい勇気だな。
「それで、何か用ですか?」
頑張ってあれやこれやして関心を引こうとしている男の子たちにはあまり興味がないご様子のゆいぴょん。
確かに非常識な男の子たちではあるけど、勇気を出したんだなって思うと少し同情してしまう。
「俺ら、これからカラオケとボーリングをやる予定なんですけど、お姉さんとも一緒に遊びたいので、一緒に遊びましょう」
だらだらと興味を引こうと話してた彼らに対するゆいぴょんの冷たいともいえる返事に意気消沈した子に代わって二人目が出てくる。
二人目の子は少し厳つ目の子で、一人目の話してた子よりもかなり横柄な態度だ。
「ごめんね。このことはこれから一緒に勉強する予定だから君たち四人で遊んでよ」
きっとゆいぴょんはこんな人たちのあしらい方とか心得ているんだろうけど、ここは僕も男としてただ見ているわけにはいかない。
「は?誰だよお前。お前以外の二人を誘ってんだよ。関係ないやつは引っ込んでろよ」
ハウッ!
突然の年下からの暴言に僕のガラスハートは砕ける寸前だ。
それでも、後ろで、この横柄なガキ以外の三人が、びっくりしたような表情で止めようとしている様子を見て、この子の頭がおかしいだけなんだと思えて安心する。
「お、おい。さすがに失礼すぎるだろ。一緒に遊んでもらえればそれでいいだろ?」
莉緒のクラスメートらしき一人が必死になだめようとするが、止まらない。
こんなひどいやつに友達がいるのが不思議だ。
もしかしたらこいつ、ゆいぴょんの前でかっこつけようとして暴走してるのかな?
ならむしろかわいいやつだと思えるけど、どうやらそうっぽい気がするな。
「私はいいや、これから亜樹のテスト勉強に付き合わないといけないし」
ゆいぴょんが僕のほうに視線をやりながらそういうと、直接断られた生意気な男の子はキッ!っと僕のほうをにらんで僕のほうによって来る。
「おい!亜樹君」
なんだかこの子の思考が読めてきたぞ。
きっと、この子は自分の容姿と力にかなりの自信を持ってるんだ。
それでゆいぴょんに誘いを断られたことの理由を見出そうとして僕に目を付けた。
僕とゆいぴょんでは釣り合わないと感じて僕をこの場から追い出したらゆいぴょんも自分の誘うに乗るだろう。
きっとそう考えたんだな。
僕のほうに近寄ると僕の服の襟をつかんで引き寄せる。
凄い力だ。
襟の握り方といい、引っ張る力、これは間違えなく柔道経験者だな。
僕も必死に耐えれば抵抗することもできるけど、そうなるとこの服が伸びてしまう。
おとなしくなすが儘に引っ張られて、席を立つと同時に背負い投げを喰らった。
あまり広いとは言えない店内で、なんで店員さんが出てきて止めてくれないのか気になるところではあるけど、僕を投げる方向にもいろいろ注意したのか、僕はテーブルなどに一切当たることなく地面にたたきつけられた。
バチンッ!と地面につくと同時に音が響いたが、思っていたほど痛くない。
僕が抵抗しなかったのもあるけど、この子かなり痛くない投げ方を意識して丁寧に投げてくれたな。
「よし、これでいいね。君も俺たちと一緒に遊ぶでしょ?」
手加減しているとはいえ、いきなり暴力を振るってくるカスは莉緒にも目を付けたようで莉緒の腕を引っ張りながら遊びに誘う。
「え、お兄ちゃん……うそでしょ?」
莉緒は僕の家族であり、当然僕の能力については知ってる。
だからだろう、僕があっさりとやられたことにびっくりしているようだ。
ゆいぴょんはゆいぴょんで僕の心配は一切してないが、この男の子についてはかなり腹が立ってるようでそろそろ手を出そうとしていた。
出そうとしただけで済んだのはその前に動いた人間がいたからだ。
「ねぇ、君、僕に手を出したことは百歩譲っておとがめなしで許してあげられるけど、女の子に手を出したらいけないでしょ」
僕は投げられて這いつくばったまま莉緒の腕をつかんでいる男の子と金玉を握った。
莉緒の腕をつかんでた男の子は冷や汗をかいてピクリとも動けずにいる。
ある程度の力で握ってるし、恐怖で固まっていることだろう。
柔道をやってるなら金玉を潰されかけるような経験もしてきているだろうし。
「……は、はい」
先ほどまでの威勢はどこへやら敬語を使って話す男の子、僕が金玉から手を放して立ち上がり、莉緒の腕をつかんでいた腕をつかむ。
「――イタタタタ、イッタイ!」
今度は骨が折れないようにだけ注意をしながらかなりの力を籠める。
しばらく力を籠めると男の子は膝をついて、涙目になる。
かわいそうに……プライドはもうズタズタだろう。
「言うべきこと、わかる?」
腕を握りながらそう尋ねると狂ったようにうなずいたので腕を放してあげた。
「あ、あの……」
膝をついてた体勢からスムーズに土下座の態勢に移行する。
「女性方二人には無理やり遊びに誘うような真似をして、亜樹さんには暴言を吐いて、地面にったきつけるような真似をして大変申し訳ありませんでした」
「よし!」
僕は大きくうなずいて立つように指示をする。
安心したような表情で立ち上がると仲間を連れて元の席に戻ろうとした。
「ちょっと待ってよ」
僕がそういうと絶望したような表情で振り返る。
「これ、罰ゲーム。君たちで処理してね」
僕はそういいながら幼虫のグラタンを有無を言わさずに差し出した。
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