第15話 勉強

 当初の予定とは異なり、一緒に勉強こそするものの、僕がゆいぴょんに勉強を教えるという方針になっていた。

 しょうがない。

 僕のほうが勉強できるんだから。

 それにコスモスとして活動を始めて一週間、僕はあまり勉強できてなかったことと同じような理由でこれまでもゆいぴょんはあまり勉強に真剣に向き合うことができてなかったのだろう。


「――この問題は図形に表して考えなおして、こことここの図形の面積が同じものであるってわかるから………」

「なるほど、なるほど……それで計算の部分を大分節約することができるね。この問題の解法は暗記することが一番早かったりするの?」


 僕が勉強を教える立場になっているものの、ゆいぴょんの集中力というものはすさまじいものがある。

 一を教えたら十を知るといえるくらい抜きんでて優れているわけではないけど、一度教えたことをしっかりと理解して次の問題に応用しようとする姿勢が見えて正直感心してしまった。


「ねぇ、亜樹?明後日ぐらいにテストがあるんでしょ?私の勉強ばかり見てもらってもいいの?」

「まぁ、僕だって一通り勉強してきているわけだし、問題ないよ。それに本番は半年後なわけだから友達の中には全くテスト勉強なんてしない奴もいるしね」

「そう?ならいいけど、私もこれからは勉強を頑張ることにするね。同じ大学に行きたいし……」

「うれしい。これで大学生になっても友達が一人保証されたわ!ゆいぴょんなら頑張ればできる!」


 頑張ることが一番難しいんだけどね。

 まぁ、普段から人を助けるために頑張ることができてるんだ。

 難しいことではないだろう。



「……疲れん?」

「……どうしたの?亜樹。そりゃもう疲れはしたけど」


 そろそろお昼時だろうか?

 僕は部屋のあちこちに隠し持ってあるお菓子やご飯をつまみながら勉強していたから気づきにくいけど、そろそろ十二時だ。

 ゆいぴょんは僕の家に来てから何も食べてないし、そろそろお腹が減ってきたころだろうかな?

 四時間近く休憩なしに勉強しい続けたことになるが、ゆいぴょんに疲れた様子はない。

 たしかにいろいろ教えながら進めていったし、あの後物理をやったりしたときは僕のほうが全然できなくて教えてもらうことが多かった。

 気分転換になるような楽しい会話もいっぱいしてたけど、ほとんどは受験生らしい勉強に費やしてた。

 これほどの集中力……これを続けることができたら僕なんかより全然すぐに頭よくなるわ……


 生まれ持ったものというのを久々に実感した。

 まぁ、僕より頭がよくなってしまってもその時は僕が必死に教えてもらえばいっか。

 そういえば、僕、母さんに今日のご飯どうするか言ってなかったな。

 どうしようか……


「そろそろお昼時だけど、どっかにご飯でも食べに行く?」


 まぁ、最悪、母さんが僕の分まで作ってくれてたとしても、あとで食べたらいいし気にする必要ないよね。


「いいね。ここら辺は立地もいいし、おいしい料理出すところを教えてよ」


 ゆいぴょんも外食することに賛成のようだ。

 それもそうか。

 今もあんな団子三兄弟みたいになってる人たちと一緒にご飯を食べるなんて僕だったら気まずくて仕方がない。


「いいよ。今回は量よりも質を重視して店を選ぶよ」


 普段から大量の食糧を必要としている僕にはコスモスに入るまでできなかった外食の際の店選びを最近の僕はできるようになった。

 食べ放題に行っても余裕で原価で元を取ってしまう僕は頻繁に安くて量が多い店に通っているから、高い店に行くという機会は本当に貴重だ。

 今日のゆいぴょんの恰好的に汚れてしまうような食べ物はNGだし、どうしようか?

 適当に近くにある個室がありそうなレベルの料亭にでも行けば間違えはないだろうけど……そういう店は予約しておかないと入れないだろうしな。


 そういえば莉緒がちょっと前に学校に通う道においしいレストランがあったとか言ってたような気がする。

 莉緒と僕は同じ高校だし、これまで通ってきた道のレストランっぽいところに入ればきっとあたりを引くことができると希望をもっていってみようかな?

 いつまでも悩んでいるポーズのままでいるわけにはいかない。


「いい感じのお店、思いついた?」

「うーん。おいしいお店ってちょっと前に部屋をのぞいてた妹が紹介してくれたお店が気になってたんだけど、お店の名前を忘れてしまったからどうしよっかなって」

「へぇ、あのかわいらしい子が……あえて触れなかったけど、変わったご家族だね」

「確かにね……普段は本当に普通の人たちで、僕も今日初めてあんな一面があるって知ったんだよ。なんだか、やっぱり、血のつながりがあるんだなって思えたよ」

 僕自身も反応に困ってしまってこれまで触れることができなかった話題に頬が引きつってしまう。

「変わってるかもしれないけど、なんだか、亜樹に対する愛情っていうのかな?愛情は感じれたよ」

「……なんだか恥ずかしいな」


 これまで、必死に僕の体を慮ってくれていた記憶が思い出される。


「お店がどこかわからないなら妹さんも誘ったらどうかな?気まずかったりするかな?」

「そんなことないと思うよ。あいつもゆいぴょんに興味深々だったし」

「なら、言うだけ言ってみようか」

「まぁ、そうだね。電話するから外出の準備でもしててよ」


 僕も勉強をやるために集まったという名目を守るために無駄な時間を過ごさないように準備を始める。


「……もしもし」


 僕が莉緒に電話をかけると二拍ほど時間をおいて出た。


『もしもし、お兄ちゃん……もうゆいさん帰るの?』


 優衣ぴょんが帰ると思ったのか、普段より、明らかにテンションが低かった。


「いや、これから外食しに行こうと思って、この前莉緒がおすすめしてくれたレストランに行こうと思ったんだけど、場所がわからないから一緒に行かないかな?って思って」

『えっ!マジで?行きたい!』


 見違えるようなハイテンションだ。

 隣のケータイからと隣の莉緒の部屋からの両方から聞こえる声量で耳が痛い。


「よし!ならこれから出るから僕の部屋に来てよ」

『うん!すぐ行く!』


 電話を切ると隣の部屋からドタドタと音が聞こえてきた。

 そういえば今日、ゆいぴょんが来るから気合を入れた格好をしてたし、ちょうどよかった。


「じゃあ、行こうか」


 どうせまたここに戻ってくるので、軽く荷物をまとめただけのゆいぴょんが僕の後ろで待っていた。


「待たなくていいの?」

「大丈夫だよ。もともと外出しても問題ないような恰好をしてたし」

「そっか。なら行こ」


 僕たちが部屋から出るのと莉緒が準備を終えて部屋から出る時間はほぼ同時だった。

 早いなぁ。


「ゆ、ゆいさん。初めまして。橘莉緒です」

「あ、これはどうも……一橋優衣です。亜樹君にはゆいぴょんって呼ばれてるけど、真似しなくていいよ」


 僕の呼び方嫌なのかなぁ?

 結構気に入ってるのに。


「この前は兄を助けていただきありがとうございました。うちの兄、馬鹿だから自分の手に余ることでもやろうとするから、私としては気が気でなくて……馬鹿な兄ですがよろしくお願いします」


 いつになく真剣な莉緒に僕の悪口を言っているにも関わらず注意することができずにいた。

 ゆいぴょんもそんな莉緒の様子を感じ取ったのか、感心しているようだ。


「亜樹君には私もよく助けてもらってますので、気にしないでください。もちろん、亜樹君は私の仲間ですから困るようなことがあれば全力で助けますよ」


 なんだかこしょばゆいなぁ。


「じゃあ、行こうか」


 僕たちは両親に何も言わずに出て行った。

 僕とゆいぴょんの普段の会話はスターダストとか受験の話になることが多いけど、今日は莉緒がいるので、僕を仲間外れにして恋バナをしている。

 というよりも、莉緒が質問攻めをしている。

 僕もゆいぴょんの個人的な話には興味があるので耳を澄ませている。

 ふーん。


 ゆいぴょんはこれまで女子校で周りに男子があまりいない環境で過ごしてきて、放課後は訓練とかに追われて彼氏とか作ったことないらしい。

 小者な莉緒は僕が気を使ってしまってなかなか聞くことができないことを同性であることもあってかズバズバ聞いてくれるから僕としても参考になる。

 その対価としてなぜか僕の個人情報をぺらぺらしゃべるのはいただけないなぁ。


 僕たちが通学路として利用していた橋はこの前の豪雨で流されてしまったせいで、ちょっと遠回りをしているが、莉緒が言うにはあとちょっとでつくらしい。

 コスモスとしての活動には対価が支払われるという話をしたが、その報酬について、コスモスに所属しているというだけで、一切スターダストを倒していなくても基本給は受け取ることができる。

 そのうえで、スターダストを討伐したり、掲示板で張り出される依頼を達成するとそのたびに報酬が支払われるシステムだ。


 コスモスとして活動するために必要な経費はすべて国が持つことになるし、経費の範囲も結構広い。

 これもすべて先人たちが自分の権利を力ずくで主張した結果なのだと思うと涙が出る。

 ここ最近頑張って他県にも渡って活動をしていた僕の銀行口座には驚いてしまうほどのゼロの桁がある。

 これなら僕がお腹いっぱいになるまで注文しても大丈夫そうだ。

 どうせ後で経費として却ってくるし。


「あっ!あの店だよ」


 莉緒が指をさした先には、モデルハウスのようなおしゃれできれいな建物があった。


「え、結構いい感じのお店じゃん。結構高そうだけど、大丈夫だったのか?」


 これならゆいぴょんもきっと満足してくれるだろう。

 事前情報でおいしいと聞いていても育ちのよさそうなゆいぴょんに満足させることができるかどうか不安だったので、結構安心した。


「大丈夫だよ。ここは一応料理屋さんだけど、デザートを単品で頼んでただけだから」


 その時の味を思い出したのか、おいしかった~とつぶやく。

 とりあえず店に入ってみるとお昼時ということもあり、席は満席に近かった。

 行列になってないだけありがたい。


「いらっしゃいませ!三名様でよろしいでしょうか?」


 店に入ると各々のグループである程度騒がしかった店内が突然静まり返った。

 店に入ったことで少し注目された僕たちを目にした客たちの動きが突然止まったのだ。

 普段から人に注目されることに慣れてなくて、人前に出ることが苦手な僕と莉緒は突然集めた視線に気後れして足が止まってしまった。

 店のBGMとして流されていたクラシックミュージックが気まずい思いを増長させる。

 僕たちの隣を歩いていたゆいぴょんが僕たちよりも三歩ほど前に出た時、店の中の喧騒は元より内緒話をするような声で戻った。

 これがゆいぴょんの見る世界かぁ。

 僕のものとは大違いだ。


「亜樹、莉緒、置いていくよ」


 ゆいぴょんに呼びかけられたことで一歩を踏み出す勇気ができた僕は僕と同じように小心者の莉緒の背中に手を回して歩く。

 ゆいぴょんと一緒にいることで僕を見定めるような視線にさらされた僕はそれだけで肩に力が入ってしまう。


「じゃあ、亜樹と莉緒はそっちの席に座ってよ……メニュー何にしようかな――んん?」


 メニュー表を見た優衣ぴょんが怪訝な声を出す。

 その声につられてさらに視線を集めてしまったが、僕もそろそろこの視線を気にしても意味がないことを悟ってしまった。

 せいぜい動画配信者にでもなったような気持ちで変な言動をしないように気を付ければいいや。


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