第6話 亜樹の覚悟

「は?」


 いくら何でも出来すぎじゃないか?

 こんな無理滑稽な話と、あまりにタイミングのいい登場を信じられるほど、僕はできた人間じゃない。


「私は急いで向かう!いい?敵はスターダストだけじゃない。時間との勝負でもあるの。私たちの日常は立った三つの『家』、特別な力を持つ一族の協力で成り立ってるの」

「三つの『家』」


 口の中で反芻するように言う。

 時間との戦いといいながら、優衣さんは到着したばかりのパスタを勢いよく口に含む。


「え、急ぐんじゃ……?」


 思わず口にすると、彼女は口をもぐもぐさせながら、それでもなお上品に答えた。


「腹が減っては戦はできぬ、でしょ。それに、少しだけなら時間に余裕もあるから」


 なるほど。

 ……妙に説得力があるな。

 それを見て、僕も慌ててピザをかき込むようにして食べた。

 少し下品な食べ方になってしまったかもしれないが、急いで食べればこの程度の量一分かからない。

 お会計は命を助けてもらった恩があるということで無理やり払わせてもらい、店を出る。

 ここまでに四分かかった。


「私はこれから戦うけど、ここからは命がけ……それでも来ます?」

「今更、それを聞きます?」

「確かに」


 優衣さんは僕に何か小さい金属製のバッチを差し出してくる。

「このバッチを身に着けていればパラレルワールドの世界の情報を覚えておくことが出来るよ」

 これは私の予備の分ですと一つ貸し出してくれる。


「パラレルワールド?」


 何の話だ?

 何の変哲もない小さなバッチのように見える。

 よく分からない花の絵が彫られているがそれだけのような気がする。


「それを身に着けておいてね。五分でこの店を出るよ!」


 僕たちは走ってショッピングモールを出る。


「あなたはこれまでスターダストの存在を把握してなかったはずです」


 優衣さんと人込みをかき分けるように外へ急ぐ中、隣から声が聞こえる。

 そうなんだよな。

 これまでテレビでもネットでもそんな話なんて聞いたことがないし。


「その理由がそのバッチにあります」


 階層間を結ぶ階段を一足で飛び降りるので、僕もそれを見習う。


「私たちの組織、『コスモス』を支える三つの『家』のうちの一つ、『観測者』の一族がさっきみたいにバッチを通じてスターダストの出現を教えてくれるの」

「確かにありがたい」


「ここからが重要。さっきも言ったように、私たちの戦いは時間との勝負。時間との勝負でいられるのは『管理人』の一族が、スターダストが出現した瞬間からパラレルワールドを作り出してくれるから。一時間以内に倒せたら起きたことのすべてが『なかったこと』になる。被害は完全に消えるわ」

「なかったことに⁉まるで夢みたいな話だな」


 だから僕たちにスターダストについて知る機会がなかったのか。

 納得はいく。

 このバッチはパラレルワールド内での出来事を記憶しておくことができるようにする能力も含まれているらしい。


「……じゃあ、もし倒せなかったら?」


「それが三つ目の『編纂者』の出番。彼らが一時間を超えて、パラレルワールドから戻った後の惨劇を『大規模な自然災害』として、人々の記憶と歴史に記録しなおすの。……そこで死んだ人は、もう二度と生き返らない」

「……大規模な自然災害」


 僕の脳裏にある一つの出来事が思い浮かんだ。

 これはこの恵まれた世界に起こった、一瞬にして十万人を軽く超える死者と二十万人を超える行方不明者を作り出した大災害。


「分かったみたいですね。十年前の大災害はスターダストによるものです」


 ゴクッと生唾を飲み込む。


「あれ?ビビると思ったのに、結構前向きになりましたか?」


 優衣さんとショッピングモールを抜け、車道を車よりもや拍は知っていると、興味深そうに眼を覗き込まれる。


「分かりますか?こんなチャンス滅多にない!」


 あの大災害を引き起こしたのが……敵?


「僕が英雄になれるチャンスなんて!」


 もしもあの被害をもたらしたスターダストを倒した英雄に成れたら僕はきっと自分が人を殺した過去を許すことができるはずだ。

 助けることができる命に口角が上がる。


「優衣さん!地球外生命体降り立ったっていうのはどこですか?」


 周りの人を傷つけることが無いように意識はしているものの身体能力をあげている僕に優衣さんは問題なくついてくる。


「公民館が近くにある小学校に発生したようです。ここからおよそ十キロ、五分で移動しますよ!」


 大型ショッピングモールから出て人通りの少ない広い道に出ると優衣さんは僕を追い越し、さらに加速していく。

 並走していた車を超える速度に、来るまでは出来ない三次元的な移動。

 これまでこんな動きをこれまでしたことが無かったので、目まぐるしく変化していく景色について行くだけで頭が回りそうだ。


「……優衣さん。もし僕がこれから壊したものは一時間後元に戻るんですよね」


 現在の所持金は両親からのお小遣いだ。

 掘り返せば別の物もあるにはあるが僕には使えない。

 責任のとれない行動をしないための確認をする。


「ええ、問題ないです。私たちが破壊したものそしてその記憶は他の人には無かったものになります」

「なら大丈夫です……三十秒かかりません」


 後ろから優衣さんにタックルするようにして抱き着き、抱えるようにして地面を踏みしめる。


「――な、ちょ……」


 踏みしめた地面にはクレーターが出来上がり、その反動で体に常人には耐えられないような負荷を与えながら空を駆ける。


「や、やめて!……速すぎ!」


 耳元で誰かの声が聞こえたような気がしなくもないが、風圧のせいで僕の耳には何の音も入ってこない。


 通り過ぎた後ろから悲鳴が聞こえてくる。

 速度がまだ音速を超えられていないのだろうか?

 屋根を翔き、橋を蹴り、僕の進行を妨げる電柱を蹴り崩しながら歩くと何時間もかかりそうな距離を四十秒ほどで移動する。

 少し遅めだ。

 通った道を振り返ると屋根は剥がれ落ち、地面は抉れ、橋は崩れ、電柱は倒壊して千切れた電線からは放電し、ビリビリと音を発しながら火花が散る。

 まるで悪魔の通り道だ。

 さらにこの速度で止まろうとすると地面のコンクリートは薄氷を砕くようにしてボロボロ剥がれていく。

 恐らく今履いている運動靴には穴が開いているだろう。

 ……ちゃんと直るよな。


 途中から気が付いていたが、僕の前に怪物がいる。

 錆色の体表に頭に大きな突起物が付いており、四足歩行でいびつな体を持つ。

 大きさは一般的な一軒家が二件分だろうか?

 確かにこんなものが地球にいるわけがない。

 小学校にたどり着いたとき、いや、小学校跡地にたどり着いたとき、辺りは更地と化し、圧倒的な暴力を振りまいていた。


「……これが地球外生命体ですか……」


 呆然とつぶやく。

 そう呟きながら優衣さんを優しく立たせる。

 短い移動時間であったが、無理やり行動したせいで優衣さんの足はガクガクだ。

 屈伸してごまかそうとしているが僕の目は誤魔化せない。 


「……ええ、これが地球外生命体、私たちの組織ではスターダストと呼んでおり、この個体名はサギッタと呼んでいます」


 サギッタは僕たちの存在に気が付いていないのか,僕たちを取るに足らない存在としか思ってないのか、僕たちには目もくれず近くの建物を破壊して回っている。


「こんなに大きな生き物とどうやって戦うっていうんですか……」


 ある程度近くに来たもののその圧倒的な存在感、迫力に足がすくみ、情けないが後ずさりしてしまう。

 こんな生き物と戦うという優衣さんを頼るようにして向いてみると、足の震えは収まったようだが、相も変わらず気持ち悪そうな顔をしている。


「……ふ、普通は平均五人ほどでチームを組んで倒しますが、思ったよりも移動が早く済んだのでまだ、誰も到着してませんね」


 少しずつサギッタを刺激しないように意識しながら後ずさっていると優衣さんに肩を掴まれ、固定される。


「大丈夫です。今は恥ずかしい姿を晒していますが、私は強いんです。この個体も何度も倒してきました。見ていてください」


 そういうと、優衣さんは地面を蹴り上げ、一気にサギッタの頭を超える。

 地面から伝わる反動からこれほど高く飛べるほどの力が込められているとは思えなかった。

 恐らく自身に掛かる重力を操作した結果なのだろうが、どこまで重力を変化させることが出来るのだろうか?

 さすがに自分の上を飛ぶ生命の存在を無視することが出来ないのか、サギッタが優衣さんの存在をはっきりと意識し、臨戦態勢をとる。

 身に着けていたウエストポーチの中から野球ボールサイズの金属光沢のある重量感のある球をすばやく取り出す。


「ヘビーオブジェクト!」


 空中で体を捻りながら全身を使って球を投げる。

 ブフォッ!っと音が鳴ると高い身体能力を込めて投げた球が明らかに僕たちが普段過ごしている重力加速度とは異なる加速でサギッタを潰す。

 最初ここに来るときに蹴り上げた地面のクレーターを遥かに上回る大きさの穴に僕の身体能力に対する自信が崩れる。

 いや、でもあのときは周りに気を使って本気を出してなかっただけだし、地面を破壊することが目的ではなかったと、心の中で誰かに言い訳をする。

 優衣さんの一球はサギッタの足に当たり、当たった衝撃で足が根元から引きちぎれた。

 すごい威力だ。


 だが、これくらいなら僕にも出来る。

 僕ならもっと高威力で高速で繰り出せる。

 嫉妬だろうか?

 先ほどまで感じていた、未知のものに対する恐怖心が何もせず見ているだけで優衣さんだけに戦ってもらっている罪悪感に変わる。

 足を失うと甲殻類の足をもいだような気持ちの悪い汁は出てくるが、特に痛がったそぶりは見せない。

 そのまま優衣さんは空中に留まり、カバンから次の球を取り出す。


「ブゥモォォォオオ!!」


 頭に響くような騒音を鳴らしながらまだ空中にいる優衣さんの方へ咆哮を上げると頭の突起物から圧倒的な量のエネルギーが光線となって放出される。

 優衣さんを取り巻く重力が歪み、横に落下するように移動するが、加速度であるため、初速はゼロ。

 とてもではないが避けられない!


「優衣さんッ!」


 二日前と同じように僕の身体は考えるよりも先に優衣さんを助けるため跳躍していた。

 僕にできる最大限の身体能力を用いて音速を超える速度でサギッタと優衣さんの間に割り込む。


「ちょッ!亜樹さん!」


 優衣さんが叫び声をあげるが、後悔はない。

 たとえ死んだとしても、二日前に命を助けてもらった恩を返すだけだ。

 恩を返すことが出来ないまま、目の前で死なれるなんて絶対に嫌だ!

 眩いばかりの光が僕を包み、思わず目を閉じる。

 太陽が目の前にでも落ちてきたのかというほどの熱量と隕石でも落ちてきたのではないだろうかという衝撃が襲う。

 必死に頭だけは守る。


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