クルー紹介と嵐の気配

出航から数時間後。


陽も傾き、船の上では束の間のくつろぎの時間が流れていた。




「さて、社長。いい機会だし、改めて乗組員の紹介でもしてみては?」




リリィが紅茶を片手に微笑む。




「……おっと、ついに来ましたこの瞬間!」




レイラは椅子から跳ねるように立ち上がり、カメラのない方向にドヤ顔でウィンクする。




「読者の皆さ〜ん! お待たせしました! ここからは、この商会を支えるクセの強いメンバーたちをご紹介っ☆」




「急に読者意識しすぎでしょ……」




リリィが紅茶をすする手を止めないまま、少しだけ目を細めた。




「ふふん、じゃあ、私から紹介しちゃおっかな〜〜!」「名付けて! “リーフライン商会・金の匂いがする仲間たち紹介タイム”!」




「ネーミングセンスはともかく、進めなさい。」




こうして、ひと癖もふた癖もある仲間たちの、航海前の雑談と自己紹介が始まるのだった。




「じゃあまずはもちろん、この私!」




レイラが両手を広げてポーズを取ると、どこからともなく風が吹いた(気がした)。




「“永遠の17歳”、宝と金と冒険が大好きな社長、深鐘みがねレイラとは、私のことっ☆」




「はいはい、レイラ社長。肩書き盛りすぎ。」




パメラが遠くから書類片手にツッコミを入れる。




「ええー!? でも私、実際に“宝石を抱いて生まれてきた”ってウワサされるほどの幸運体質なんだけどなぁ〜」




「自分で言うあたり、怪しさ増し増しね……」




「そんなことないよ!? たしかに借金あるし、返済滞ってるし、いつもリリィちゃんに怒られてるけどっ! でもっ! ちゃんと! 社長業やってます!!!」




「大声で言うほど誇らしいものじゃないからね……」




そんな調子で、本人はいたってマイペース。だけどどこか憎めない。


彼女こそが《ラ・ミスティーク》の船主であり、リーフライン商会の看板娘(兼・社長)なのである。




「さて、お次は我らが舵取り! 無口な頼れる狼男、ガルド〜〜!」




操舵室の方から、聞こえるか聞こえないかの声で「……呼ぶな」と返ってきた。




「ガルドはね〜、元・王国軍の部隊長で、今はうちの操舵手! まじめで厳しいけど、部下思いのめっちゃいい人なの!」




「任務は完遂する。それだけだ」




鋭い目つきと灰色の毛並み、筋骨隆々の体格に無駄のない動き。


軍人時代の名残を感じさせるその姿は、まさに“頼れる男”そのものだった。




「ちなみに魚が苦手って噂、ほんと?」




「……問題はない。あれは食料ではないだけだ」




「完全に苦手じゃん!」




笑いが起きる中、ガルドはちらりとだけ目を細め、少しだけ口元を緩めた。




「続いては戦闘総指揮、我らが頼れるドワーフ! トール!!」




「おお、ついに俺の番か!」




声とともに現れたのは、がっしりとした体躯の中年ドワーフ。長く編んだ髭をなびかせながら、樽のような腕を組んで笑う。




「見ての通り、豪快で頼れる兄貴分! 元は『黒鉄の誓剣団』って傭兵団の団長だったんだよ!」




「おうとも! 戦の数なら誰にも負けん。作戦立案から突撃の先頭まで、ぜ〜んぶまとめて俺の仕事だったからな!」




「最近はパメラとの賭け事で連敗中だけど……」




「そ、それは運が悪いだけだってばよ……!」




「ちなみに、武器庫でこっそり筋トレしてるの、ちゃんとバレてるからね〜」




「努力を笑うなっ! 肉体は誠実さの証だぞ!」




頼れる兄貴肌で、商会の戦闘面を一手に担う存在。


その場にいるだけで安心感が広がる、リーフライン商会の“盾と剣”のような存在である。




「はいは〜い、次は重たくて優しい力持ち! 倉庫番のリオ・カーゴ!」




レイラの声に応えるように、船尾の方からズン、ズン……と重たい足音が響いてくる。




「倉庫整理、火薬保管、荷下ろし、全部まとめてリオの仕事!」




「ふむ。リオ・カーゴ、荷役および倉庫管理担当だ」




姿を現したのは、青黒い肌に分厚い腕、巨体を揺らしながらも慎重な足取りで歩く巨人族の男。




「彼ね、めちゃくちゃ几帳面なんだよ〜? 在庫の配置ひとつずれると、夜中に直してたりするの」




「秩序は効率を生み、効率は安全に通じる」




「そうそう! しかもね、ぬいぐるみ好きっていうギャップが最高!」




「それは業務に関係ない個人情報だ」




力持ちで無口だが、芯はとても優しく真面目。


商会の物流を一手に担う、縁の下の力持ちである。




「そして交渉の切り札、リーフラインの口八丁代表! カシム〜〜!」




「おっと、それじゃ自己紹介させてもらいましょうか」




ソファに優雅に腰かけた男が、グラスをくるりと回しながら立ち上がる。




「名はカシム。交渉と心理戦が専門、つまり……“言葉で勝つ男”ってところかな?」




「詐欺じゃなくて交渉って呼んでほしいらしいよ」




「ええ、線引きは大事だからね。あとで揉めると厄介だし」




ハーフエルフの彼は、鋭い目と洒落た身なり、そして軽妙な話術で相手を丸め込むのが得意。


これまで数々の交易を有利に進めてきた、商会に欠かせない頭脳派である。




「でも、パメラとの賭け事では連敗中なんだよね?」




「……統計的にそろそろ勝つはずなんだが……なぜか勝てない」




「パメラ強すぎ問題〜」




カシムは小さく肩をすくめながら、グラスの中身を一気に飲み干した。




「次は、料理長にして筋肉の化身! ボルド!」




「おう、腹減ってる奴は手ぇ挙げな!」




豪快な声とともに現れたのは、分厚い前掛けと巨大なフライパンを装備したオークの男。




「料理と筋トレが命! 栄養バランスも完璧、見た目も味もガチなやつ作ってくれるの!」




「食わなきゃ動けねぇ。動かなきゃ勝てねぇ。だから、俺の料理は全部“戦闘食”だ!」




「……なのに、ミネットちゃんにはよく“おかわり”ねだられてるって聞いたけど?」




「アイツは特別メニューだ。甘口対応ってやつだな」




ボルドは見た目こそ猛々しいが、面倒見のいい兄貴分。


厨房と筋トレ場を行き来しながら、今日も商会員たちの胃袋と健康を支えている。




「──って、ボルド〜〜! おなかすいた〜〜〜!」




そんな声とともに飛び出してきたのは、猫耳をぴょこぴょこと揺らしながら駆けてきた金髪の少女、ミネット。




「ミネットはね〜、おやつと甘い話が大好きなうちの情報屋! 裏も表もぜーんぶの噂、握ってるんだからねっ!」




「情報はタダじゃないよ〜? でも、おやつが報酬ならちょっとサービスするかも〜?」




「──で、ボルド〜〜! 情報料としておやつちょうだいっ!」




ボルドが苦笑しながらポケットからクッキーを差し出すと、ミネットは猫のように満足そうな顔を見せた。




小柄な体にしなやかな身のこなし。スラム育ちで、情報収集と隠密行動に長けた影の諜報員。


その軽やかな立ち振る舞いと情報ネットワークの広さは、今日も商会の裏を支えている。




「──で、お次はうちの“金庫番”にして“鬼の経理”! パメラっ!」




「呼び方に悪意ない? ねぇ?」




書類を束ねながら現れたのは、眼鏡をかけた真面目そうな女性──が、実はギャンブル好きという裏の顔を持つ、リーフライン商会の経理・パメラ。




「みんなに“無駄遣いするな!”って言いながら、自分はこっそり賭け事でスッてるタイプです!」




「うるさい。私は“計画的リスクマネジメント”を実践してるだけよ!」




「でもパメラ、あのとき結構な額溶かしてたよね〜?」




「──そ、それは昔の話!!」




そんなこんなでやらかしも多いが、根は誠実で仲間思い。


帳簿管理と契約書の山を誰よりも正確に処理する、真の裏方職人なのである。




「そしてラストは──我らが癒しと毒舌の化身、船医のフィオナ先生〜!」




「“毒舌の化身”は余計よ、レイラ社長」




凛とした足取りで現れたのは、純白のコートを羽織った女性──フィオナ。


透き通るような銀髪と氷のように冷たい視線、それでいてどこか母性的な空気を纏っていた。




「フィオナはね〜、ちょっと怖そうだけど……注射も処置も一流! 見た目も声もクールだけど、頼れる船医なんだからっ」




「“ちょっと怖そう”は否定しないのね……」




「でもでも! 怪我したときに“動かないで”って言いながら的確に手を動かしてくれるの、ほんとプロって感じだよね〜〜」




「当然でしょ。命を預かる仕事なんだから、甘えは許されないわ」




船医としての腕前は確かで、多少の荒療治も厭わないプロフェッショナル。


レイラたちの無茶にいつも頭を抱えつつも、実は誰よりも彼らを気にかけている存在──それがフィオナなのだった。




「──で、レイラ〜? まさか私の紹介、忘れてないよねぇ〜?」




椅子の背にもたれながら紅茶をすするのは、どこか飄々とした雰囲気の猫耳の少女。




「ギクッ!? もっちろん忘れてないよー!?い、今ちょうど呼ぼうと思ってたとこなの!




うちの“借金取り”にして“癒し枠かと思ったら一番怖いやつ”! リリィ・ディビット〜〜っ!」




「うふふ、紹介ありがとう? でも“癒し枠”とか言われるとくすぐったいわねぇ」




リリィは猫耳と、一見ふわふわした口調が特徴の猫族──しかし、その柔らかな雰囲気とは裏腹に、


今はリーフライン商会に同乗し、“借金管理”を口実に、レイラと一緒に航海を続けている。




「インベスト商会っていう大きな金融組織の人で、なんか肩書きがすごいらしいけど──私も詳しくは知らない!」




「ふふ、社長の返済が終わるまでは、ず〜っと一緒にいてあげるから♪」




「ひぃ〜〜〜〜〜〜〜!!」




ときにメスガキ、ときに姉のような包容力、ときに“死の催促人”──


レイラにとっての最大の天敵にして、誰よりも頼れる謎多き存在。それがリリィ・ディビットなのである。




「──ってな感じで、うちのメインメンバー紹介、以上っ!」




レイラが息をついて振り返る。




「よ〜〜し! あとは〜〜……」




ぐるりと甲板を見渡し、手をぐっと掲げて叫ぶ。




「リーフライン商会、その他の社員たち〜〜! みんな〜! 準備できてる〜〜!?」




その声に応えるように、船のあちこちから──




「「「はぁい!! 社長ぉぉぉ!!」」」




「「「いつでも出航OKでぇ〜す!!!」」」




「「「社長のためなら、どこへでも〜〜!!」」」




甲板、マスト、ロープの上──至るところから明るい返事が返ってきた。


まさに一丸となったチーム。騒がしくも頼もしい、リーフライン商会の真骨頂である。




……だがそのとき、空気がわずかに変わった。




「……ん? 空、ちょっと暗くなってない?」




レイラが空を見上げる。いつの間にか、陽は水平線の向こうへと沈みかけ、雲が色を変え始めていた。




「気圧が……急に下がってきてるわね」




フィオナが風を読むように、髪をなびかせながらつぶやく。




「西方の空、雲が渦を巻いてる。おそらく、前線だな」




ガルドは鼻をひくつかせるようにして言葉を継いだ。




「それに……空気が湿ってきている。狼獣人の勘だが、ひと雨来るぞ」




ガルドが静かに呟くと、トールが口笛を吹いた。




「ほ〜ら出た出た。嵐の前触れってやつか」




「えっ、えっ!? まだ宝探しもしてないのに嵐とか聞いてない!!」




慌てるレイラをよそに、クルーたちは慣れた様子で動き出す。


ロープを固定し、帆を調整し、必要な物資を船内へと引き上げる。




「全員、配置に戻って。念のため、戦闘と修理の準備も」


パメラが帳簿を片付けながら指示を飛ばし、ミネットはすでに工具を抱えて走っていた。




こうして、和やかな紹介タイムは終わりを告げ──


《ラ・ミスティーク》は、不穏な風の中へと進み始めた。

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