進学はデジャヴと共に(2/2)

 三人でリビングに降りると、テポドンが椅子に腰かけており、出された茶を飲んでいた。

「お邪魔してるぞ」

思わぬ来客にヒトミが思わず身構えた。やっぱりテポドンは鷹の件を聞きに来たのだろうか。ヒトミも覚悟を決めたのか静かに俺へ告げてくる。

「周平さん、今までお世話になりました。今日まで楽しかったですっ。色々とありがとうございました」

相変わらずニコニコしながら母親が人数分のお茶を淹れてくれる。

「あら、テポドンちゃん、この子とはお知り合い?」

俺が二人を席に勧めるとヒトミがしょんぼりした様子で切り出した。

「テポドンさん、見ての通り妹が見つかったの。約束通りわたしをあの工場へ連れていって下さい」

すると、その言葉に少女が反応した。

「やだ!なんで、おねぇちゃんが!」

「ごめんね。あなたを見つけるまでわたしを連れ戻すのを待っててもらう約束だったから」

ヒトミの言葉を聞き、少女が更に語気を強めて言った。「あんな、人がすぐ死んじゃうとこ、やだ!」

その言葉に俺は驚いてすぐさま聞き返した。

「なぁテポドン、その工場ってどこにあるんだ?」

その言葉に彼は答えた。

「街の外れにある森に囲まれた工場だ」

俺は少女の言うことが気になったが、ヒトミの件について先に切り出す事にした。

「テポドン、彼女達の事だが。やっぱりヒトミを連れていくんだよな」

伏せ目がちになるヒトミと、悲しい表情をした少女は目をうるうるさせた。

しかし発せられた言葉はその場にいた全員を驚かせる。「何を言っているのかさっぱり理解できないな。私は"鷹をまだ見付けていない"と言っている。聞きたいことはそれだけか? ならもう帰るぞ。来週からは登下校を共にして貰うからな、周平」

どうやらテポドンの言葉を噛み砕くと"鷹の姿ではないので捕獲しない"という事になるのだろう。  

 バタンと玄関が閉まる音を聞いたヒトミが俺に駆け寄ると、ぺたん。と縋るように座り込んだ。

「周平さん。ぐすっ、わたし、テポドンさんにも助けられちゃった。妹が鷹の姿じゃないからって……優しいね」

俺はテポドンの温情と情け深さに終始驚いていた。

「あら、テポドンちゃん帰っちゃったの? ご飯用意しようと思ってたのに」

何も状況を理解していない母親は『またお昼誘ってみようかしら』と言うなり再びキッチンの方へと戻っていった。時計を見ると家族団らんの時間をとっくに過ぎていた。

 ヒトミが少女と風呂に通されて順番を待つ間、俺は彼女の名前を考えていた。

「あら、周平どうしたの? 考え事?」

キッチンに立つ母親がこちらの表情を伺ってきたので、先程の件についてを聞いてみることにした。

「母さん、街の外れにある工場で何か知ってる事はある?」

「ええ、化学製品と人体に対する健康被害を研究をしているところよね。普段使う化粧品や薬品について実験したり公表しているわ。これから周平達の通う学校とも繋がりがあるそうよ」

「あのさ、その工事で『死人が出てる』って聞いたんだ。それが何だか気になって……」

俺の言葉に、母親は驚きつつも頬に手を当てて返事をした。「んー、過労死とかかしら?」

すると帰宅した父が、リビングに入るなりそれを否定した。

「周平の考えは多分当たってるぞ。その噂を裏付ける証拠こそないが、過労死以外にも事故が頻繁に起きている。対外的には"事故"とされているみたいだけどな。実際に工場で働く同級生に同窓会の案内を持っていった事があるが、あの近辺は異様だったね」

親父は白衣を戻しつつそう言って情報を付け加えた。「え、父さんは行ったことあるの?」

「数年前の事だけどな。正面はマトモなんだが、裏手に回ると敷地の半分が森に覆われて何も見えないんだ。そこからさらに近づくと舗装がない砂利道になっていてね。そびえ立つ鉄条門が二重に施されているんだ。監視カメラとセンサーが大量に設置されていたよ。防犯対策にしてはちょっと過剰に感じて怖くなったから手前で引き返したよ。何でも衛星画像で見ようとしても規制が入っていて工場そのものが真っ黒に覆われているんだ。噂止まりの情報だけど、そこは動物の遺伝子や肉体までもを改良する実験に手を出しているそうなんだ」

親父の言葉が気になった俺は、自身の端末を使いホームページを検索した。表示されたページには多種多様な動物に協力して貰い、化粧品や洗剤を飲み込んだ際の安全性などを実際に検証したりする内容が記されている。白衣の研究員数人が笑いながら仕事に従事する様子の写真が添えられていた。

さらに親父の話から詳細を聞くと、薬品工場の社長は、俺の進学予定先である高校の会長である事も判明した。所有する土地もどうやら同じ管轄内らしい。

俺は更に端末へ指を滑らせ、衛星画像でその位置関係を見た。そこには四方に広く陣取られた敷地の左側に"工場"が、その反対側に"高校"が位置している。その立地に何かしらの意図があるようにも思えた。それぞれの建物に至るまでの道も一つしか存在しておらず、敷地内に生い茂る森にポツンと佇んでいるのが分かった。

「今の話を聞くと写真の胡散臭さ倍増だなぁ」

うへぇ。と顔を背けた俺は検索画面を終了させて端末をポケットへとしまう。すると父親は現代に似つかわしくないワードとその詳細を教えてくれた。

「ところで周平は"ビジースパイダー"って言葉を聞いたことないか?」

「何それ」

「ああ、別名『蠢く蜘蛛』って言ってな。国内に存在する武装組織の名前なんだ。これもかなり情報が統制されていてね、ごく僅かの人しか知らないんだよ」

その物騒な言葉の並びに俺は眉をひそめた。

「と言うことはその組織が今の話と繋がってたりするのか?」

俺の質問に親父が頷く。

そして知れば知るほど『蠢く蜘蛛』はおぞましい存在であることを思い知った。

「組織に属している者は首筋に"赤黒い外来種の蜘蛛を現す紋様"が漏れなく刻まれているんだ。これが名前の由来だな。そこには特殊なチップが埋め込まれていて、管理者の許可なく指定エリアを出ると自爆するそうなんだ。だから命令にも逆らえず、危険な事や法に触れる事も平気でやるんだ」

そんな非人道的な扱いをすることに驚いた俺は更に聞き返した。

「そんなのが国内に存在してたの? しかもそれって所属したら二度と抜け出せないんじゃないのか?」

「ああ、今時GPSでいくらでも追跡できるから脱走は不可能だな」

あっけからんとして言う親父を見ていると、それが出任せや嘘ではないと直感で分かった。

「進学を前に何だか申し訳ないな」

少し後ろめたさを感じている親父に対し、俺は首を振って気にしていないことを伝えた。

「ううん。親父もよくそんな話知ってるんだなって思ったよ」

「まぁ、オレも仕事柄色んな人と話したりするからな。今の話は心の内に留めてくれ」

親父はシーッと人差し指を立て、俺は頷いた。

「ああ、そうするよ」

 俺が返事をしたタイミングで、ちょうど二人が風呂からが出てきたのが見えた。それを見た俺は立ち上がり風呂に向かうことにした。その前に端末を充電しておこうかな。

 二階へ上がると、俺は気の抜けた声を漏らした。

「あれ?」

そこにいたのはヒトミと、先程まで少女だったはずの鷹だった。俺はヒトミの隣に腰かけ、鷹を肩に乗せて話しかけた。

「どうした?」鷹の頭をチョイチョイつつくと、しばらくして鷹は少女の姿に戻った。これもカミドリの能力だよな。という事は、発動相手によって効きにくいとかあるんだろうか?少女は俺にスッポリと収まると小さな顎を上げ、俺にその理由を告げた。

「しゅうへ。アタシ、あんまし長くこの姿になれないの」

思わぬ効果時間の違いに驚き、ヒトミも疑問を投げ掛けた。

「この子、周平さんから離れるといつの間にか鷹の姿に戻ってしまうようです。何でわたしと違うんでしょう?体質?」

そう言うヒトミの推察を、少女がすっぱりと否定した。

「違う、元々アタシ達はジッケンで生まれたの。おねーちゃんもアタシも、ヒトの姿にヘンシンできるの。とくべつなクスリでね」

「えっ、それって」

俺は聞きなれない物騒な単語に耳を疑った。

「おねーちゃんは"工作兵"。アタシより人でいられるじかんが長くて知能が高く、ちからもち。アタシは"偵察兵"。おねーちゃんより高く長く飛行ができて、キオク能力と視力がいいの」

確信を持って話す彼女に、先程の発言が現実味を帯びてくる。

「それってさっき言ってた工場と関係あるのか」

少女はコクンと頷くと続けた。

「アタシはコージョーを脱走するまで、色んな"ジッケン"や"ジコ"を見てきたの。キオク能力のおかげでね」

そう告げる彼女は少し傷心気味に語り出した。

少女が言うには、工場を仕切っている社長が交代してから全てがおかしくなってしまったそうだ。それは地獄以外の何物でもなかったという。彼女が初めて目を覚ました瞬間、立ち会っていた研究者が突如社長に殺害されたそうだ。『見るなバカ。親鳥がお前で良い訳がなかろう、失せろ。さぁ、かわいい小鳥ちゃん、こちらにおいで』返り血まみれの社長は当時鷹であった少女にそう言ったらしい。様々な実験や投薬によって、彼女達は今の肉体を手にしたと語る。

「そのケッカ、たくさんのキョーダイがしんじゃったの。生き残ったのは、アタシとおねーちゃんだけ。アタシ達の生まれてきたリユウは、"どーぶつへーき"だよ。だけど、アタシ達は"ヒトの姿になるクスリ"が必要だから、出荷をホリューにされた。その後もアタシ達の飼育はケーゾクされていたの」

俺は彼女の言葉に思わず目を丸くした。

「"出荷"って……本当に兵器としてなのか」

その言葉に少女は無言で頷いた。俺はとんでもない事実を耳にした。それも信憑性の高く、組織にとっては都合の悪い情報だ。ヒトミも思わず目を伏せる。

「そんな事があったんですね。わたしは工場の爆発に乗じて二人で逃げ出すことしか考えてなかったから」

うんと頷く少女は、これまでの日々を振り返って言った。

「さいしょ、とおくに逃げてた。でも、だんだんとおねーちゃんが恋しくなって。あの時ね、アタシを逃がすために、おねーちゃんが、"オトリ"になって追手の気を引くのに、わざと森に落ちたの、知ってる。だからアタシはもどってきた。そしたらおねーちゃんが人間と生活してた。アタシ、いじめられてるんじゃないかって。いろいろ考えてた。それで」

「力尽きて学校の校庭に不時着した、と」

コクンと頷く少女を見て俺は続けた。

「まぁ、これも一つの運命なのかもな」

しかし、それと同時にひとつの疑問が浮かぶ。

「つまりテポドンはその工場の差し金ってところなのか?だとすれば説明がつくけど、どうしてわざわざ見逃したんだ?連れていくことなんて造作もないのに」

彼に何かしらの考えがあっての事だと思ったのだが、納得できる理由が思い浮かばない。そのモヤモヤを引きずったまま俺は風呂へと向かうのだった。一旦気持ちの整理もしたい。


「ふぅー」

相変わらず早風呂の俺が、いつものように風呂から出て脱衣所に上がった。するとそこで思わぬ人物と鉢合わせした。

「「え、」」

そこには俺の服を抱いて顔を埋める少女の姿だった。当然のように目が合う。彼女はびくぅ!と飛び上がり、俺を見てワナワナ震えている。うん、タオルで前を隠してるとはいえ普通に恥ずかしいや。

「どうかしたの?忘れ物?」

「ふ、ふぇっ」

少女は涙目になってこちらを見ると、観念して本音を漏らした。

「初めて優しい人間に会えて嬉しかったの。それにアタシを包み込んでくれた匂いが忘れられなくって、それで」

俺は嬉し恥ずかしい気持ちになり、その場に屈んで彼女に微笑みかけた。

「いつでも甘えていいよ」

 ふと彼女と目が合ったそのとき、蒼く透き通った瞳がキラキラ揺れているのが強く印象に残った。すると俺は自然に思いついた愛称を口走っていた。

「"フタミ"……鷹のフタミってどうかな?」

それを聞いた少女はギュッとこちらに抱きついてきた。「あっ、名前の事覚えててくれたの。うん、いい名前。今日からアタシは"フタミ"ね。貰ったナマエ、大事にする」

ドクンドクンと心音を確めるように目を伏せて頬を赤らめる彼女ことフタミは、俺の背中に回した手に力を込めた。

「周平さーん、妹を見ませんでしたか?開けますよー」そう言うなりガラリと脱衣所の戸を開けたヒトミが顔を出す。そこには色々と丸出しの俺と涙目のフタミが抱き合う様子を不意にお披露目してしまう結果となった。端から見ると事後そのものでしかない。必死の弁明も通じず、我が家の夕食には恒例の赤飯が登場してしまうのだった。

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