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「えぇ、彌勒堂で合っていますよ。お客様ですよね? こちらへどうぞ」
汗を拭いながらきょろきょろと戸惑っている男に、蒼司はにこりと微笑み、奥の部屋へと促した。土間から上がるとすぐの場所には応接室として使用している和室がある。硝子障子を開けなかへと入ると、十二畳ほどの和室。床の間や窓などもなく隣の部屋へ続くような襖もない。大きなテーブルに座布団が隅に積まれているだけのなにもない部屋。
男はおずおずと部屋へと入り、蒼司は積まれてあった座布団を二枚取り出し、テーブルに対面して置いた。
「どうぞ座っていてください。暑かったでしょう? 冷たい麦茶でも持って来ますね」
そう言って蒼司は男を座るよう促すと、部屋を出てキッチンへと向かった。男は見知らぬ場所にひとりにされたことに戸惑い、そわそわと落ち着かなく辺りを見回す。
きなこや珠子は男の傍でじっと見詰めているのだが、男がそれに気付くはずもなく。暑い日射しのなか歩いて来たためか、部屋のなかは暗くひんやりとした空気が流れているように思えた。
蒼司は応接室から出ると長い廊下の先、屋敷の奥まで進みキッチンにある冷蔵庫から冷えた麦茶を用意する。冷蔵庫などの家電は新しいが、古い家具が並ぶキッチンにはなにやらふわふわと光の珠が舞っている。白く光るその珠は蒼司の周りを舞い、ふわふわと浮かんだまま付かず離れず傍を浮遊している。
「フフ、珍しく今日はお客さんだよ。皆も大人しくしていてね?」
誰がいるでもないキッチンで独り言のように呟く蒼司。しかし、その言葉に反応するかのようにふわふわと浮かぶその珠はまるで踊り出すかのように、動きを速め蒼司の周りを軽やかに飛んだ。
『普通の依頼なら良いですけどね』
蒼司の肩に乗るトキがぼそりと呟いた。
「うわっ、ちょっとトキさん、そんな不吉なこと言わないでよ」
お盆に乗せ、持ち上げようとしていた麦茶の入ったグラスがぐらりと傾きかけ、蒼司は慌てて体勢を整えた。トキは蒼司の肩で相変わらずスンとしたままだ。嫌そうな顔となった蒼司はトキをチラリと見たが、小さく溜め息を吐くと、お盆を再び持ち上げ応接室へと戻る。トキの予感めいた発言は当たることのほうが多い、と蒼司はげんなりとした気分にもなるが、久々の客にそわそわと落ち着きのない子供のように足早になるのだった。
「お待たせしました」
ガラリと音を立て硝子障子を開けた蒼司の姿を見た男は、あからさまにびくりと身体を震わせ、蒼司の姿を振り返った。先程まで汗だくだった額はすっかりと拭われ、今度は逆に寒くなってきたのか震えそうな姿となっていた。
テーブルに麦茶を置いた蒼司は男の向かいに座り首を傾げた。
「どうかされました? 寒いですか?」
男はそわそわと落ち着きなく、まるで怯えるように周りを気にしている。
「あ、い、いや、なんというか……この部屋……なにかいるんですかね?」
ビクビクと身体を強張らせながら小声で聞く男。その横にはビタッときなこと珠子が貼り付くように隣に座っていた。思わずその姿に「ブッ」と噴き出してしまった蒼司は慌てて取り繕う。男はそんな蒼司の姿に怪訝な顔となる。
「し、失礼……その……貴方は少し感じる方なんですねぇ」
フフッと笑いながら蒼司はチラリと男の横にいるきなこと珠子に視線を送った。その視線に気付いた男は小さく「ひっ」と声を上げ、思わず後ろに仰け反った。
「あぁ、大丈夫ですよ。うちにいる子たちは悪さなんてしませんから」
にこりと笑った蒼司に毒気を抜かれたかのように「はぁ」と間抜けな声を上げた男は、いまだにビクビクとしながらも居住まいを正す。横にいるきなこと珠子は楽しそうに男の身体をツンツンと突いたりしている。そのたびになにやら男はぞわりと悪寒が走るのか、ガバッと背後を振り返り、辺りを見回す、といったことを繰り返しているのだが。
「こら、ふたりとも大人しくね」
「はい?」
「あぁ、いえ、こちらの話ですのでお気になさらず」
きなこと珠子に向かって言った蒼司の言葉に男は怪訝な顔をするが、深く追求すると余計に怖くなりそうだ、と気付かぬフリを決め込む。トキは蒼司の肩に乗ったまま『やれやれ』と呆れ顔だ。蒼司は男に麦茶を勧めると、余程喉が渇いていたのか、男は一気に飲み干した。そしてテーブルにグラスを置くと、口を開く。
「あ、あの、こちらの彌勒堂さんでは怪奇現象を専門に調査してくれると聞いたのですが本当ですかね?」
「怪奇現象……」
この彌勒堂は別段怪奇現象を専門に扱っている訳ではない。『
それは物探しやペット探しだったりもする。通常ならば所謂普通の探偵事務所や便利屋などに依頼をするのだが、そこで発見出来ない場合――なにやら通常では解決出来ない理解不能な場合、この彌勒堂へと客はやって来る。そういったときには必ずと言って良いほどあやかしやこの世ならざるモノが関わっていたりとするからだ。
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