「あぁ、さっきそこで拾って来たのさ」

「ちょっと銀子さん、そんな簡単になんでも拾って来ないでくださいよ」


 蒼司は銀子の元へと歩み寄るとしゃがみ込み、足元に倒れ込んだ男の姿を覗き込むように見た。黒いTシャツは汗でぐっしょりと肌に貼り付き、身体のラインが分かる。がっしりとした筋肉質な体格。濃紺のジーンズを見るに蒼司よりも背の高そうな脚の長さ。明らかに銀子がひとりで運んで来るには無理がありそうな体格差だが、あえてそのことについては聞かない。銀子のことを常識に当てはめること自体が不可能だということを蒼司は理解しているからだ。


 人間の男を拾って来たなどと、他の人間が聞けば失礼極まりないであろう会話に、きなこは小さく溜め息を吐くが、蒼司と銀子がそのような細やかな気遣いをする者たちではないことを知っているため苦笑した。きなこは呆れつつも銀子を見上げる。


『銀子姐さんが人間を連れて来るなんて珍しいのにゃ。また気に入っちゃったのにゃ?』

「フフ、きなこは鋭いねぇ」


 銀子は着物の袖で口元を隠すとクスクスと笑った。その様子に蒼司ときなこは顔を見合わせ苦笑する。


『鋭いもなにも、姐さんが人間に構ったのはソージだけなのにゃ。分かりやすいのにゃ』

「おや、きなこも言うようになったもんだ」


 にやりと笑った銀子は、しかし目が笑っていない。目を細め鋭い視線をきなこに向ける。妖艶な姿を醸し出す銀子のその気配は傍にいる者に威圧感を与える。ぞわりと悪寒が走ったのか、きなこは毛を逆立てじりっと後退った。


「ちょっとちょっと、銀子さん。きなこさんを威嚇しないでくださいよ」


 きなこは蒼司の背後に隠れ、ひょこりと顔だけを覗かせた。蒼司は呆れるように小さく息を吐くが、しかし楽しそうにフフッと笑う。物腰柔らかな顔立ちの蒼司は、自分が周りからどう見られているかを知っている。なにを考えているのか分からないとはよく言われるが、こういった仲裁をする場合、蒼司のなんとも掴みどころのない性格のおかげで丸く収まることが多い。


「ま、きなこの言う通り、面白そうな奴だったから連れて来たんだけどね。私の気にあてられて倒れちまったからさ。介抱してやんな」

「え、それなら早くそう言ってくださいよ」


 しれっと言った銀子に呆れながらも、蒼司自身も慌てる様子はない。少しくらい慌ててはどうだ、ときなこは呆れているが、蒼司の慌てる姿というものは今まで見たことがない、と思い返し、なにか言おうとしていた言葉を飲み込んだ。

 蒼司は倒れる男の肩を掴んで仰向けにさせる。そのとき掴んだ手からなにやらぞわりと悪寒が走った。蒼司は一瞬ビクリとするが、しかし、そんなものを『感じるはずがない』。それは蒼司自身が一番よく分かっている。だからこそ勘違いだとばかりにそれを振り払い、再び男の様子を伺った。


「うっ」


 男は唸りながら眉間に皺を寄せている。じりじりと熱いアスファルトの上に寝かせたままもどうかと思った蒼司は静かに声を掛けた。


「君、大丈夫? 身体起こせる?」

「うるさい……」

「は?」


 眉間にさらに一層深い皺を刻み込みながら、眩しそうに目を開けた男は思い切り蒼司を睨んだ。


「おぉ、怖い顔!」


 精悍な顔――を通り越し、眼光鋭く射殺しそうな目を向けられ、驚き目を見開いた蒼司は思ったことをそのまま口にした。社交辞令という言葉を知らないのかと思えるほどの遠慮のないひと言だ。きなこはぎょっとし、あわあわと招き猫のような手招きを繰り返していた。銀子はプッと噴き出す。

 ギロリと睨んだ男は身体を起こそうとするが、どうにも力が入らないのか唸りながら身じろぐ。


「ひとの頭の上でごちゃごちゃうるせぇんだよ。どっか行け」


 それでなくとも体調不良で思ったように身体が動かないのだ。介抱するでもなく頭上でごちゃごちゃと会話をされていたら耳障りだろう。こうやって話すのすら億劫だ、とばかりに男は横たわったまま、腕で顔を庇い視界を遮る。


「口も悪っ!」

「ブフッ、蒼司、お前……ブフフッ」

『ちょっとソージも姐さんも遊んでないで介抱してあげるのにゃ。この子、真っ青なのにゃ』

「きなこさん、優しいねぇ。ん、というか、この子、僕らの会話聞こえているんだね」

『あっ』


 そういえば、といった顔できなこは目を見開いた。そしてそろりと男に近付く。


「だからうるせぇんだよ‼」


 ガバッと身体を起こした男は、しかし、まだ気分が優れないのか顔面を手で抑え俯いた。そしてなにやら膝に温かい感触を感じ、そろりと顔を上げる。胡坐をかいた膝の上にはなにやら小さな毛むくじゃらの手……。

 それにぎょっとしたのかガバッと顔を上げ、自身の周りにいる者たちを見回した。そこに並ぶ者たちは……現代では珍しい着流しを着た男、明らかに日本人ではないと思われる銀髪と金色の瞳をした着流しを着た女、さらには猫――――


「えっ……」


 呆然とした男は、ハッとした顔になると慌てて立ち上がろうとし、体勢を崩す。


「おっと」


 蒼司は慌てて手を差し出し、男の腕を掴んだ。倒れそうになった男を支えるが、明らかに蒼司より背も高く体格の良い男を支えるというのにも無理があった。思わず蒼司自身も同様に倒れ込みそうになるが、男は自力で踏ん張り、そして掴まれた腕に目をやった。


「離せ!」


 相変わらず射殺しそうな目で睨んで来る男に、蒼司は気圧されるでもなく笑った。


「ハハ、やっぱり君、『えて』いるんだね?」

「‼」


 驚き目を見開いた男は掴まれた腕を振り払い後退る。相も変わらず気分は最悪な状態だ。顔色は悪いまま。じりじりと刺すような日射しであるにも関わらず、流れる汗は冷や汗なのか、ぞわりと悪寒が走る。

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