100日以内に愛されなきゃ、俺は完全に女になる

紡識かなめ

【プロローグ】忘れられた祠と、過去の約束

春が終わりかけた、ゴールデンウィーク明け。


どこか蒸し暑さすら感じる放課後、俺――相川陽翔は、駅前のコンビニで買ったペットボトルを片手に、小さくため息をついた。



「……やっぱ、神頼みくらいしとくか」



この春、高2になったばかりの俺には、ひとつ大きな目標があった。


それは、志望校に受かること。いや、それ以前に、親に「本気でやってる」って証明すること。



でも本音を言えば、最近なんとなく自分の居場所がわからない。


友達はいるけど“浅い”。家は居心地いいけど、妙に静かすぎる。


そんな「空白」に、俺は気づかないふりをしていた。



神社までは、実家から歩いて20分。


昔、親に連れられて何度か来たことのある小さな神社だった。



鳥居をくぐり、絵馬が並ぶ回廊を抜けた奥――


その先に、なぜか昔から気になっていた“祠”がある。



苔むした石段の先。誰も手入れしていないのか、鳥居の木は朽ち、屋根も傾いていた。


けれど、そこに足を向けると、なぜか胸の奥がざわついた。



(……懐かしい? なんで?)



ふと足元に転がる、色褪せた結び札。


拾い上げた瞬間、風が強く吹き抜けた。



「――お前は、約束を破った」



風に混じって、女の声が、囁いた。


それはまるで、耳の奥に直接流れ込むような、不思議な声だった。



「百日。百日以内に“愛されて、満たされた”ときのみ、呪いは解ける」


「さもなければ、お前は完全に“女”になる」



一瞬、時間が止まった気がした。


頭が真っ白になって、呼吸の仕方を忘れかける。



なにそれ。なにが、“呪い”?


そんな中二病みたいな……と笑い飛ばしたかったのに――



次の瞬間、胸の奥が、ズキンと痛んだ。



(まさか……これって……)



そのときの俺は、まだ知らなかった。


あの風が、あの声が、あの日あの場所で交わした“誰かとの約束”を、俺の無意識が裏切った瞬間だったということを。



時計の針は、動き出していた。



──残り、100日。

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