操り人形は恋をする
cat
第1話 私の人生の幕開け
操り人形は恋をする。
「将来薬剤師になったら?あなたは理科が得意なのだし。」
中学生の時、両親が放ったこの言葉は、私を操り人形に仕立て上げるのに十分なものだった。
◇◇◇◇◇◇◇
ビビビビビビビッ
土曜日。
目覚ましのうるさい声で目が覚める。
時刻は9時。
「…準備、しなきゃ。」
のそっと起き上がると、黒いワンピースに身を包む。
今日はある人と約束をしていた日なのだ。
私は薬学部薬学科に通う大学生。
…薬学というパワーワードのせいで、頭が良いと言われがちなのだが、私自身はそこまでのスペックはない、所謂劣等生だ。
そんな私だが、趣味が私の人生を楽しくしてくれていた。
動画編集。
立ち絵や文字を音楽に合わせて動かし、1本の動画にする。
そして作ったものを、動画投稿サイトに流す。
それが高校生の時からの暇つぶしで、癒しだった。
そうしたネット活動をしていると、同じ活動をしている友達が増えるわけで。
その内の一人が、今日のオフ会相手である、霧崎静火さんだ。
静火さんは高校時代から仲良くしていたネット上の友達だったのだが、大学生になってから再び会話をする機会があり、良い機会だからと連絡先を交換。
話の流れで近くに住んでいることを知り、趣味が合うことも起因して、私からオフ会を誘ったのだ。
……オフ会なんて初めてで、アイラインを引く手が震えていたが。
「オフ会楽しんで!」
昨日届いた友達からのLINEを見返す。
良い友達だ。
彼女趣味が同じだし、仲良くなったら紹介しようかな。
そんなことを思いながら準備を進める。
服装は、黒いワンピースに白いコートを着て、東〇Projectの霧〇魔理沙をモチーフにしている。静火さんと私の共通の推しがテーマだ。
私はワンピースなどの可愛らしい服装が好み。
うん、いい感じだ。
髪の毛もそれっぽく結んでいると、もう電車の時刻が迫っていた。
「やばっ!」
急いでマフラーを巻き、家を出たのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
「お待たせしましたっ!」
待ち合わせ場所へ行くと、灰色のコートを着てメガネをした若い青年が立っていた。
「初めまして、catです!」
「霧崎です、今日はよろしくお願いします。」
オフ会は初めての私。
……実を言うと、もしかして年齢を偽ったおじさんの可能性もあるかな、なんて考えていた。
インターネットで知り合う以上、どんな可能性も捨てきれない。
ネット上で年齢や性別を偽って会いに行き、そのまま…なんて事件も珍しくなかったからこそ、不安で仕方なかったのだが…
(こんなにイケメンなんて聞いてない!!!)
という気持ちでいっぱいだった。
自分の容姿には自信が無い。
でもせめて、楽しく過ごしてもらおうと、私は必死になった。
◇◇◇◇◇◇◇
「じゃあ行きますか。」
昨日までLINEで話していた場所へ向かう。
目的地は成〇山新勝寺。
彼は神社やお寺巡りも好きらしい。
「あ、五円玉がない。」
財布を見て少し慌てた様子の彼。
私もかも……
そう思って、自分の財布を確認する。
あった。
しかも2枚。
それならと、1枚の五円玉を彼に差し出す。
「え、いいんですか?」
「はい!五円だし、何かの縁ってことで!」
取ってつけた理由を話しながら手渡す。
私はこう言う性分。
困ってる人には手を貸したくなるのだ。
「すみませんなんか…ありがとうございます。」
そうして2人でお参りをして、御籤を引いて。
そして、たわいない話をしながら、そのままブラブラと近辺を歩き回った。
◇◇◇◇◇◇◇
「へぇ、ここら辺屋台なんてあるんですね!」
「そうそう、ここのラムネが美味しいんですよね〜。」
新勝寺の裏側。
そこには屋台が立ち並ぶエリアがあり、その中のお店で霧崎さんは二人分のラムネを買った。
「すみません!お金払います…!」
慌てて財布を出そうとするも、
「気にしないでください!俺社会人なので!」
と、そのままラムネを手渡してくる。
(スマートだなぁ…)
と思った。
その後のことは、今となってはあまり覚えていない。
それでも、全ての時間が楽しすぎた事だけは頭にこびりついた。
◇◇◇◇◇◇◇
夜を迎えて。
私達は解散する前に、駅前で少し話をした。
前日に、
「良ければ話を聞きますよ。」
と言ってくれていた、私の過去と家族の話。
一人で抱えるには重くて、でも解決もできない、そんな話を、彼はずっと聞いてくれた。
私の両親は、過保護だった。
昔からずっと。
私は昔からドン臭く、おっちょこちょいで人見知り。
だから守ってくれているのだと、最初は感謝していた。
でも、高校生になってから突然、両親は厳しくなった。
「あんたにどれだけ金をかけたと思ってるんだ」
それが両親の口癖になった。
中学生まで好成績だったのに、高校に入ってからガクンと成績が落ちてしまったからだろう。
でも。
多感な時期の私は。
(私の事、お金でしか見てないの?)
と心底悩んだ。
高校に入れば自由になれると言った父も、母も、私を自由にはしてくれなかった。
一度だけ。
反抗したことがある。
「私は操り人形なの?!」
と。
否定して欲しかった。
違うと言って欲しかった。
けれど、父から出た言葉は。
「そうだ。」
あぁ、私は操り人形。
反抗しちゃいけない。
そう思って、ここまで生きてきた。
そんな話を、彼は黙ってうんうんと聞いてくれていた。
「……よく生きてこれたね。」
私の話の後、霧崎さんはそう呟く。
「catさんは頑張ったよ。」
と。
ぽた。
私の目から涙が零れる。
あぁ、受け止めてくれたのか、この人は。
そう思うと、涙が次から次へと溢れて止まらなくなってしまった。
他にも励ましてくれていたけれど、それもあまり耳に入らないまま、私は泣き続けた。
霧崎さんは、私が泣き止むまでずっと、傍に居てくれたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
涙が少し枯れた頃。
ふと思った。
(この人中身までイケメン過ぎない…???)
流石に手は繋がなかったけどエスコートしてくれて、泣きながら語る私の重い話も聞いてくれるという特典付き。
こんなんじゃ私。
私。
(……すきに、なっちゃうじゃんか。)
でもこれはただのオフ会。
それに、先程聞いたのだ。
ネ友同士で付き合うなど、考えられないという彼の言葉を。
恋した瞬間に失恋をする。
何回もしたことのある経験だけれど、やっぱり慣れない。
少し、切なくなった。
でも、まだ、まだ諦めたくない自分もいた。
(苦しいなぁ…)
そんなことを思っていると。
ふと、頭に何かが触れた。
彼の、手だ。
過去の話をして、思い出して辛くなっていると思われたのかもしれない。
もちろん、それも無くはないのだけれど。
甘えたいな。
肩に、寄り添いたい。
未練がまだ残る心が、そう呟く。
でも、私にそんな勇気はなかった。
彼の表情は、見えなかった。
◇◇◇◇◇◇◇
電車に乗って帰る途中。
まだほんのり涙目になっていた私は、LINEで正直に、まだ涙目になっていることを伝えた。
すると。
「家に帰ったらいっぱい泣きなさい。」
「そっち家帰ったら通話するか?」
と言ってくれた。
えっ電話?!
好きな人と?!
と舞い上がる自分を抑えつつ、
いいんですか?
と聞き返す。
「帰ったらゆっくり話そうな。」
その言葉に、耐えきれず疑問をぶつけてしまった。
「なんでモテてないんですか…」
「こんな優しい人世の中の女性が放っておくわけない」
と。
まずった、とも思った。
すると。
「運が悪かったんだよ。」
と帰ってくる。
「昔から厄介事に恵まれてるからなぁ。」
と話を続ける彼。
ダメだ、どうしても諦めきれない。
好きになっちゃったんだもん。
そんな雰囲気が、LINEに現れてしまったのか。
彼もそんな雰囲気に飲み込まれたからなのか。
恋愛の話になった。
きっと、好きになってしまった、という気持ちが滲み出てしまったんだろう。
数言会話をした後。
「…後でちゃんと言う。」
と彼から返信があった。
ちゃんと言う………?
それって……?!
私は浮かれぽんちになり、脳内が騒ぎ始めてしまった。
そしてそんな気持ちのまま、急いで自宅に戻ろうと、最寄り駅から自転車を走らせた。
ちなみに聞いていた曲はDEC〇*27さんのシ〇デレラだった。
◇◇◇◇◇◇◇
家に帰って、すぐさま充電コードを挿す。
スマホの電源が落ちないように。
そして。
「…もしもし。」
通話が始まった。
緊張。
それしかない。
そのせいで、大したことは喋れなかったと思う。
お互いたわいない話をし始めていて、本題に入れずにいて。
痺れを切らした私はとうとう呟いた。
「…………私の事、どう思ってるんですか。」
ここで好きと伝えられない自分がずるいと思った。
でも、その後聞こえてきた言葉は、私の人生の転機の訪れだった。
「…好きです。付き合ってください。」
「………喜んで…!」
続く_____
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます